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『魔王を倒したガチムチ聖者、召喚された日に戻される 〜リストラ帰りの三十歳、能力そのままで現代を生き直す〜』  作者: あちゅ和尚


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第10話 黒いレンズ

《三枚目は、鏡ではない》


 その一文を見た瞬間、スタジオの空気が冷えた。


 鏡ではない。


 だが、映すもの。


 窓。


 水面。


 金属。


 スマホの黒い画面。


 人の目。


 考えれば、いくらでもある。


 御影は封印布で包んだ二枚目の鏡を抱えたまま、顔を強張らせていた。


「反射面です」


「さっきも言うてましたね」


 敦はおにぎりを飲み込みながら言った。


「鏡ではなくても、映すものは道になります。特に、人がそれを見ようとした時」


「見ようとする欲が餌になる」


「はい」


 烏丸が白い杖の先を床に当てた。


 こつん。


 乾いた音が、狭いスタジオに響く。


「外へ出る未来は悪いです」


「外?」


 橘が聞き返す。


「このまま鏡を持って外へ出ると、三枚目を見逃します」


 全員の視線が、スタジオの中へ戻った。


 敦も見回す。


 照明。


 パソコン。


 伏せられたカメラ。


 黒いモニター。


 ステンレスの脚。


 水瀬海斗のスマホ。


 スタッフの腕時計。


 どれも映す。


 どれも、怪しいと言えば怪しい。


「どれですか」


 真壁が短く聞いた。


 烏丸は顔をしかめた。


「近いです。でも、はっきり見えない」


「珍しいですね」


 御影が言う。


「相手が予知を嫌がっています。見ようとすると、黒い画面ばかり出る」


「黒い画面……」


 三上の声が橘の端末から流れた。


「こちらでも動きがあります。さっきの別名義アカウント、投稿を消しました。ただ、その直後から、短い動画が複数のアカウントで転載されています」


「内容は?」


 橘が聞く。


「配信が切れる直前の白飛び映像です。龍宮寺さんの光はほとんど分かりません。でも、動画の最後に一瞬だけ、黒い丸が映ります」


 敦は、床に伏せられたカメラを見た。


 黒い丸。


 レンズ。


 御影も同時にそちらを見た。


「まさか」


 床のカメラは、横倒しになっている。


 配信は切れている。


 電源ランプも消えている。


 それでも、レンズだけがこちらを向いていた。


 丸い、黒い、小さな反射面。


 鏡ではない。


 だが、確かに映す。


 その奥に、薄く黒いものが動いた。


 敦の背筋に冷たいものが走る。


「レンズか」


 レンズの中に、スタジオが映っている。


 そのはずだった。


 だが、そこに映っていたのは、この部屋ではない。


 無数の小さな顔。


 スマホを覗く人間たち。


 目だけが暗い。


 口だけが笑っている。


 見たい。


 見たい。


 見たい。


 さっき配信を見ていた視聴者たちの欲が、レンズの中で薄く残っていた。


 御影が息を呑む。


「配信カメラのレンズ……」


「鏡じゃないですね」


 敦が低く言った。


「でも、めちゃくちゃ映してる」


 水瀬海斗が床に座ったまま、震える声を出した。


「え、カメラ? いや、それ、普通の機材っすよ。俺のじゃなくて、スタジオのレンタルで」


 その声に、レンズの奥の顔が一斉に動いた。


 水瀬を見た。


 水瀬の顔から血の気が引く。


「うわ……」


 黒いレンズから、細い糸が伸びた。


 鏡からではない。


 カメラから。


 水瀬の目へ向かって。


 敦は一歩踏み込む。


「目ぇ閉じろ!」


 水瀬は反射的に目を閉じた。


 黒い糸が空を切る。


 敦は右手を上げる。


「御影さん、これは焼いてええやつですか」


「レンズに絡んでいる視線は焼いていいです。ただ、カメラ本体は証拠です」


「毎回注文が細かい」


「命と証拠が両方絡んでいます」


「分かってます」


 敦は白い光を指先へ集めた。


 だが、撃つ直前、烏丸が鋭く言った。


「待ってください。正面から撃つ未来は悪いです」


「何で」


「あなたの姿がレンズに映ります。そのまま、白い聖者を餌にされる」


 敦は手を止めた。


 レンズの中に、自分が映っている。


 白い力を持つ男。


 動画で拡散された男。


 相手が測りたがっている男。


 もし、このレンズに自分の力を正面から見せれば。


 それは、相手にとって最高の映像になる。


 敦は舌打ちした。


「ほんま、性格悪いな」


 御影が鞄から黒い布を取り出す。


「映らないように覆います」


「覆ったら中が見えへん」


「私が道を見ます」


 御影の声は震えていなかった。


「烏丸さんは地雷を避けてください。龍宮寺さんは、私が示す場所だけを焼いて」


「できますか」


 敦が聞くと、御影は一瞬だけ眉を寄せた。


「できるかではなく、やります」


「ええ返事です」


 敦は半歩下がった。


 御影が黒い布を広げる。


 カメラのレンズへ直接かぶせるのではない。


 少し浮かせるように、札で四隅を留める。


 レンズと敦の間に、黒い幕ができた。


 御影はその布の端に指を置いた。


 青い線が、布の表面に細く浮かび上がる。


 レンズの奥から伸びた黒い糸が、その青い線に絡む。


 御影は顔をしかめた。


「多い……」


「視聴者ですか」


「はい。さっき切ったはずの配信の、最後の残像に食いついている。アーカイブじゃない。転載でもない。見た人の記憶に、薄く残っている」


 敦は眉を寄せた。


「記憶も反射面になるんですか」


「強い恐怖や好奇心は、時々」


「面倒くさすぎる」


 烏丸が床に杖を置いた。


「でも、根はここです。今ここを焼けば、視聴者側の影は消えます。強く焼きすぎると、視聴者の記憶にまで傷が入る未来があります」


「記憶に傷?」


「配信を見た前後の記憶が飛ぶ人が出ます。命には関わりませんが、騒ぎが広がる」


「なら、細く」


「はい」


 御影が青い線を一本、布の上に浮かせた。


「まず、右下。レンズから外へ伸びる束です」


「右下」


 敦は布を見た。


 直接レンズは見えない。


 だが、御影の青い線が示す場所に、黒い気配が浮いている。


 そこへ白い光を流す。


 細く。


 薄く。


 焼くというより、炙る。


 黒い糸が、じゅ、と小さく鳴って消えた。


 橘の端末から三上の声が飛ぶ。


「体調不良を訴える新規投稿の増加ペースが落ちました。今、何かしました?」


「一本焼きました」


 敦が答える。


「一本でこれですか……」


 御影が次の線を浮かせる。


「左上。これは強いです。見た人の恐怖を束ねてる」


「焼いてええ?」


「待って。少し浮かせます」


 御影の指が震えた。


 青い線が黒い束の下へ入り込む。


 布の表面が波打つ。


 中から、ざわめきが漏れた。


 見たい。


 怖い。


 でも見たい。


 嘘だろ。


 本物?


 聖者?


 もっと見せろ。


 人の声が混じっている。


 コメント欄の声。


 視聴者の声。


 画面の向こうの、無数の欲。


 敦は顔をしかめた。


「これ、怪異だけやなくて人間の欲も混じってますね」


「だから厄介なんです」


 御影が歯を食いしばる。


「怪異だけなら祓える。でも、人間が餌を与え続けると、怪異は道を失わない」


「ほな、餌場を焼く」


「はい」


「人までは焼かない」


「絶対に」


「了解」


 青い線が黒い束を持ち上げた。


 烏丸が叫ぶ。


「今です。ただし半分!」


「半分て!」


「全部焼く未来は悪い!」


「注文が雑!」


 敦は白い光をさらに細くした。


 黒い束の表面だけを焼く。


 芯は焼かない。


 芯にあるのは、人間の記憶だ。


 恐怖。


 好奇心。


 驚き。


 そこまで焼けば、人を傷つける。


 だから、怪異が絡んだ外側だけを剥がす。


 白い光が布の上を走る。


 黒い束が震え、外側の油膜だけが燃え落ちた。


 布の向こうで、レンズが小さく鳴る。


 ちりん。


 鈴ではなく、ガラスが爪で弾かれたような音だった。


 三上の声がまた飛ぶ。


「体調不良投稿、さらに減っています。『画面が黒く見える』という投稿も消え始めました」


「ええ感じですか」


「ええ感じです。ただ、ひとつ増えました」


「何が」


「『白い聖者、今スタジオにいる』という投稿です」


 敦は天井を見た。


「最悪やな」


 橘がすぐに言う。


「位置情報は出ていません。三上さん、関連投稿を押さえてください」


「やってます。けど、完全には止まりません」


 御影が布を押さえたまま言った。


「急いだ方がいいです。人が集まる前に終わらせます」


「次は」


「中央。レンズの奥に残っている核です」


 敦は息を整えた。


「それ焼いたら終わりですか」


「レンズ経由の道は閉じます。ただし、レンズそのものは壊れる可能性があります」


「証拠は?」


 橘が即座に答えた。


「映像データと機材情報は保全済みです。レンズが割れても、現物は残ります。人命優先で」


「分かりました」


 水瀬が小さく声を出した。


「あの……俺のカメラ……」


 真壁が無言で水瀬を見た。


 水瀬はすぐに口を閉じた。


 敦は黒い布を見た。


 中央。


 そこに、確かに何かがある。


 小さい。


 だが、嫌な密度。


 鏡の怪異とは違う。


 これは、通路だ。


 誰かが作った通路。


 視線を集め、記憶に爪を立て、必要な時に引くための道具。


 敦は低く言った。


「御影さん、これ、怪異そのものちゃいますよね」


 御影の表情が変わる。


「分かりますか」


「薄い。嫌な感じはあるけど、さっきの女とか、鏡のざわめきみたいな本体感がない。これ、誰かが仕込んだ道だけや」


「はい。おそらく、レンズを三枚目として使うための術です」


「なら、焼いてええですね」


「はい」


 烏丸が白い杖を強く握った。


「中央を撃った後、すぐ左へ逃がしてください」


「逃がす?」


「燃え残りがあなたの方へ跳ねます。受けると、あなたの視界に入り込む」


「目に入るってことですか」


「はい。あなたの目を、次の反射面にしようとします」


 敦は笑いそうになった。


 腹が立ちすぎると、人間は笑いそうになるらしい。


「俺の目まで使う気か」


「相手は、あなたを測っていますから」


「測りたかったら、勝手に測っとけ」


 敦は右手を構えた。


「ただし、俺の目は貸さん」


 御影が青い線を中央に集める。


 黒い布の上に、小さな円が浮かぶ。


 その円の中だけが、黒く沈んでいた。


「ここです」


「烏丸さん」


「撃って。すぐ左へ流してください。三呼吸以上保つと悪い」


「一呼吸で終わらせます」


 敦は息を吸った。


 白い光を、指先へ。


 強すぎない。


 弱すぎない。


 通路だけを焼く。


 人の記憶は焼かない。


 レンズの情報は残す。


 だが、人へ伸びる道は消す。


 白い光が走った。


 黒い布の中央が、内側から白く染まる。


 レンズの奥で、何かが悲鳴を上げた。


 女の声でも、ざわめきでもない。


 もっと乾いた声。


 紙を裂くような声。


 直後、黒い針のようなものが布を突き破って飛び出した。


 敦の目へ向かって。


 烏丸が叫ぶ。


「左!」


 敦は右手を左へ払った。


 白い光が針を巻き込み、壁際へ流す。


 壁には触れない。


 人にも触れない。


 黒い針だけが、白い火の中で砕けた。


 ぱきん。


 カメラのレンズが割れた。


 黒い布の下で、レンズが沈黙する。


 三上の声が響く。


「体調不良を訴える新規投稿が止まりました。転載動画も、異常反応のない普通の白飛び映像になっています」


 御影が膝から力を抜いた。


「閉じました」


 敦はゆっくり手を下ろした。


「視聴者は?」


「今のところ重症報告なしです」


 三上が答える。


「吐き気、頭痛、目の違和感が中心。こちらからプラットフォームと救急相談窓口へ誘導します」


「よかった」


 敦は本気でそう言った。


 水瀬が床に座ったまま、割れたレンズを見ていた。


「俺……何やってたんだ……」


 誰もすぐには答えなかった。


 水瀬は震える手で、自分のスマホを見た。


 まだ通知が鳴っている。


 コメント。


 メッセージ。


 新規登録者。


 再生数。


 数字が増えている。


 水瀬の顔が、泣きそうに歪んだ。


「こんなんで、増えても……」


 敦は彼の前にしゃがんだ。


「次から、知らんもんを借りる時は、まず疑え」


「はい……」


「あと、怖いもんを見世物にするなら、自分だけやなくて、見てる人間も巻き込むって覚えといてください」


「はい」


「それでも配信するなら、せめて逃げ方も用意しとけ」


 水瀬が顔を上げた。


「配信、やめろって言わないんすか」


「俺が言うことちゃいます」


 敦は少しだけ肩をすくめた。


「でも、人を餌にする配信はやめた方がええです。あれは、見てる方も、撮ってる方も、だんだん人間やなくなる」


 水瀬は何も言わなかった。


 ただ、スマホの画面を伏せた。


 橘が警察と救急への説明を続ける。


 真壁がスタジオの入口を押さえる。


 御影は二枚目の鏡と、割れたカメラレンズを別々に封印布で包んだ。


 敦はその手元を見て、眉を寄せる。


「レンズも持って行くんですか」


「はい。これも呪物化しています。鏡ほどではありませんが、放置はできません」


「漏れてる分は」


「今のでほとんど消えました。でも念のため」


「やります」


 敦はレンズの包みへ手をかざした。


 白い光が、ごく薄く表面を撫でる。


 残っていた黒い粉のようなものが、ふっと消えた。


 御影は小さく頷く。


「これで大丈夫です」


「大丈夫、増えてきましたね」


「あなたがいると、言える場面が増えます」


 敦は少しだけ返事に困った。


 便利扱いされるのは嫌だ。


 けれど、役に立つこと自体が嫌なわけではない。


 誰かが助かるなら、それは悪いことではない。


 問題は、その力を誰が、どう使おうとするかだ。


 その時、橘の端末が震えた。


 橘は画面を見て、眉を寄せる。


「榊原さんからです。三上さんが、古物商の手掛かりを見つけました」


 敦が顔を上げる。


「古物商」


「水瀬さんへの連絡は、匿名アカウントではありません。最初の接触は、店の公式アカウントです」


 水瀬が青ざめた顔で言った。


「そうです。DM来て、企画にどうですかって。俺、店も実在するっぽかったから」


「店名は?」


 御影が聞く。


 橘は画面を読み上げた。


「黒玻璃堂」


 その名前を聞いた瞬間、御影の表情が変わった。


 烏丸も目を細める。


「知ってるんですか」


 敦が聞く。


 御影は、封印布を握りしめた。


「十年前に閉じたはずの店です」


「閉じたはず」


「はい。祓戸連盟の外部保管者だった家がやっていた古物店です。危険物の保管不備で資格を失い、店も廃業したと聞いています」


「その店が、復活した?」


「少なくとも、名前を使っている者がいます」


 烏丸が白い杖で床を叩いた。


 こつん。


 その音は、さっきより重く聞こえた。


「悪い未来が、ようやく道の形を取りました」


「場所は?」


 敦が聞く。


 橘が三上から送られてきた情報を見る。


「表向きの所在地は、浪速区の古い雑居ビル。今は空きテナントになっているはずです。ただ、配送伝票の控えが一件残っています。送り元は別。大正区の倉庫」


「倉庫」


 敦は短く繰り返した。


「次はそこですか」


 榊原の声が端末越しに入った。


「今すぐ突入はしません」


 全員が端末を見る。


 榊原の声は落ち着いていた。


「龍宮寺さん、あなたは今日、すでに三件続けて動いています。春野家、配信スタジオ、レンズ。休息なしで行かせれば、こちらがあなたを使い潰す側になる」


 敦は何も言えなかった。


 言いたいことはあった。


 放っておけばまた誰かが餌になる。


 そう言いたかった。


 だが、榊原の言葉は、ちゃんと刺さった。


 使い潰さない。


 それを約束したのは、あちらだ。


 そして、その言葉を守るなら、今ここで止める判断も必要になる。


 橘が続ける。


「倉庫には、警察と管理会社ルートで確認を入れます。祓戸連盟側も、御影さんから本部へ照会を。今夜は情報を集めて、突入するなら態勢を作ります」


 御影も頷いた。


「私も、その方がいいと思います。黒玻璃堂が絡むなら、準備なしは危険です」


 烏丸が敦を見る。


「今すぐ行く未来は、悪いです」


「便利な言葉ですね」


「今回は本当に悪いです。あなたが負ける未来ではありません。でも、助けられるはずの人を見落とします」


 敦は黙った。


 それは、一番嫌な言い方だった。


 負けるより嫌だ。


 助けられるはずの人を見落とす。


 敦はゆっくりと息を吐いた。


「分かりました」


 その一言を出すのに、少し時間がかかった。


「今は行かん。準備してから行きます」


 榊原の声が、端末越しに少しだけ柔らかくなる。


「ありがとう。あなたが止まってくれるのも、協力のうちです」


「止まるの、苦手なんですけどね」


「知っています」


「まだそんな付き合い長くないでしょ」


「十分分かります」


 御影が小さく笑った。


 烏丸も肩をすくめる。


 敦は気まずくなって、ポケットからもう一つのおにぎりを出した。


 橘が見た。


「また食べるんですか」


「止まるために食べてます」


「便利な理屈ですね」


「烏丸さん、これは」


 烏丸は真顔で頷いた。


「良い未来です」


「ほら」


 橘は少しだけ呆れたように息を吐いた。


 その時、水瀬海斗が小さな声で言った。


「あの」


 全員が振り返る。


 水瀬は震えながら、自分のスマホを差し出した。


「DM、残ってます。黒玻璃堂から来たやつ。消される前に、見てください」


 橘が受け取る。


 画面には、丁寧な文面が残っていた。


《本物をご覧になりたい方へ。あなたの番組なら、きっと鏡も喜びます》


 その下に、もう一文。


《映すものは、映されるものを選びません》


 敦は画面を見つめた。


 人を餌にしているのは、怪異だけではない。


 怪異を知っていて、人の欲を使っている者がいる。


 そいつは、たぶん笑っている。


 安全な場所で。


 こちらを測りながら。


 敦はおにぎりを食べ終え、包装を丸めた。


 白い力は出さない。


 今は、まだ。


 だが、次に焼くべきものの形は、少しずつ見えてきた。


 鏡。


 レンズ。


 画面。


 そして、それを人に向ける手。


 敦は低く言った。


「黒玻璃堂、でしたっけ」


 橘が頷く。


「はい」


「そこ、次に行く時は教えてください」


「もちろん」


 敦は割れたレンズの包みを見た。


「物だけやなくて、人も見ます」


 御影が静かに顔を上げる。


「人?」


「はい」


 敦は水瀬のスマホに残った文面を見た。


《映すものは、映されるものを選びません》


「こういう文を送るやつは、たぶん自分が映される側になるとは思ってへん」


 スタジオの照明が、かすかに揺れた。


 封じられた鏡も、割れたレンズも、もう鳴らなかった。


 それでも、どこか遠くで誰かがこちらを見ているような気配だけは、まだ残っていた。


 敦はその気配へ向けて、声には出さずに言った。


 次は、お前の番や。


 

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