2-1-8 リアナとアリス
リアナは街の外れにある古びたカフェに立ち寄り、静かに椅子に腰を下ろした。疲れた表情が、隠そうとしても自然と顔に滲んでしまう。国の混乱、妹サーラが女王代理として重責を担う中で、リアナ自身もまた多忙な日々を送っていた。研究所での仕事に追われ、家族を支えるために奔走する毎日。その一方で、心の奥では不安と焦燥が絶えず渦巻いている。サーラが一人で背負っているものの重さを思うたび、リアナもまた、自分の無力さを突きつけられるのだった。
木製のテーブルに手を置き、彼女は深く息をつく。このカフェは、かつて魔法学校の同期生たちとよく集まっていた場所だった。その懐かしさが、ほんのわずかに心を和らげてくれる。棚に並ぶ古書や、どこか温もりのある内装が、穏やかだった過去の日々を思い出させる。だが今のリアナにとって、それらの記憶は遠く、手の届かないもののように感じられた。
「アリス……」
ふと、彼女の唇から親友の名がこぼれ落ちた。魔法学校の同期で、リアナが深く信頼していた友人の一人。だが卒業後、アリスはレガシー魔法の研究に没頭し、次第に疎遠になっていった。それでもリアナの胸の奥には、今もどこかで彼女に助けを求めたいという思いが残っていた。
その考えに沈みかけた瞬間、カフェの扉が開く音が響いた。反射的に顔を上げたリアナの視界に飛び込んできたのは、思いもよらぬ人物だった。
──アリスティア・レイヴン。
長い黒髪を肩に垂らし、自信に満ちた微笑みを浮かべている。まるで昔と何も変わらない調子で、彼女は何の前触れもなくカフェに現れた。
「久しぶりね、リアナ」
アリスが軽やかな声で挨拶する。
「アリス……?どうしてここに?」
驚きを隠しきれず、リアナは思わず言葉に詰まった。この場所で彼女と再会するなど、まったく予想していなかったのだ。
「細かいことは気にしないで。たまたま通りかかっただけよ。昔、よく来てたでしょ?」
アリスはそう言って軽く笑い、椅子を引いてリアナの正面に腰を下ろした。
「そうね、昔は……でも、今の状況を考えると、あなたがここにいるなんて思わなかったわ」
リアナは動揺を抑えようと努めながら答えたが、内心では突然の再会に戸惑っていた。この混乱の最中に、彼女と向き合うことになるとは。
アリスはそんな心情を気にも留めず、カフェのメニューを手に取って軽く目を通す。
「まあ、たまには気分転換も必要でしょ。最近はあんまり人と会ってなかったし、こういう場所も悪くないわ」
その軽やかな態度に、リアナはわずかに肩の力が抜ける。だが、すぐに伝えなければならないことを思い出した。
「アリス、まずは……お礼を言わせて」
アリスはメニューから顔を上げ、意外そうに目を瞬かせた。
「お礼? 何のこと?」
「女王選定戦のときよ。あなたがサーラを助けてくれたって聞いたわ」
リアナは少し照れながらも、真剣な眼差しで続ける。
「私も聞かされてはいたけど、直接感謝を伝える機会がなくて……」
アリスは一瞬考え込むような表情を浮かべたあと、肩をすくめて笑った。
「ああ、そのことね。大したことじゃないわよ。あの子、面白かったから少し手を貸しただけ」
「でも、あなたの助けがなければ、サーラはもっと苦しい状況だったはずよ」
リアナははっきりと言った。
「あなたのおかげで、彼女は乗り越えることができたの」
アリスは少し照れくさそうに笑い、軽く手を振る。
「本当に大したことないってば。でも……あの子には、何か特別なものがあると思ったのよ。だから、ちょっと手を貸したくなっただけ」
リアナはその言葉に小さく頷き、胸の内に温かいものが広がるのを感じていた。
「それでも、感謝しているわ。サーラもあなたのことを話してたし、私も本当にありがとうって思ってる」
アリスは微笑みながら、どこか照れたような表情でメニューを閉じた。
「まあ、そんなに言われると困るけど……サーラは頑張ってたわよ。それに、彼女ならやり遂げると思ったの」
その言葉に、リアナは少しだけ心が軽くなる。だが、不安が消えたわけではなかった。
「それで……実はサーラのこと、まだ続きがあるの」
リアナは逡巡しながらも、現在の状況を語り始めた。十五歳という年齢で女王代理を務め、国の未来を背負わされている現実。選定戦で失踪した候補者たちを必死に捜索しているが、成果が出ていないこと。そのすべてを、言葉にして吐き出した。
アリスは話を聞きながら、真剣な表情で何度も頷く。
「なるほどね……サーラがそんな立場に置かれているとは。でも、彼女ならきっと何とかするわ」
「ええ、そう思う」
リアナは小さく息を吐いた。
「でも……やっぱり一人で全部背負わせるのは酷すぎる。私たちにも、何かできることがあるはずよ」
アリスはその言葉を受け、リアナを真っ直ぐに見据える。
「じゃあ、私に何をしてほしいの?」
その目は鋭く、迷いがなかった。
「力を貸してほしいなら、はっきり言いなさいよ」
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