2-3-22 フレヤレイド発射
静まり返った制御室の中、
突如として空間がわずかに歪み、淡い青色の立体映像が浮かび上がった。
映像の中心には、一人の男が悠然と立っている。
黒いローブをまとい、冷たい微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと両手を組んだ。
「ようこそ──私の小さな舞台へ」
その声が響いた瞬間、エヴァたちは反射的に構えた。
しかし男は、彼女たちの警戒など最初から存在しないかのように、落ち着いた調子で話し始める。
「私は帝国魔法最高顧問、ロキスヴェイン・フェルサンド」
名乗りの言葉には、一切の誇張も威圧もない。
それが逆に、絶対的な余裕を感じさせた。
「この施設を訪れた君たちに、まずは歓迎の意を表そう」
淡々とした声音が、冷水のようにエヴァたちの意識を冷やす。
「こんなにも単純な罠に引っかかるとは、正直なところ少々意外だったな」
ロキスヴェインは、興味深げに彼女たちを見下ろした。
「あのサーラとかいう娘が考えたこととは思えんが……」
一拍置き、口角をわずかに上げる。
「さて、お前たちは何者だ?」
誰も答えられなかった。
エヴァたちは言葉を失ったまま、互いに視線を交わす。
──罠だった。
その事実が、遅れて重くのしかかってくる。
だが同時に、そんな可能性を誰も本気では想定していなかったことも、否定できなかった。
「そうか。自己紹介は不要らしいな」
ロキスヴェインは小さく笑い、淡々と続ける。
「安心しろ。ここは単なるダミー施設の一つだ。同様の施設は他にもいくつか用意してある」
ようやく、エヴァは口を開く。
「こんなに大きな施設が……偽物?」
「そうだ。実のところ、この場所は他国のスパイや国内の反乱分子を炙り出すための餌に過ぎん」
エレインの表情が、一瞬で強張る。
「……そんな……」
「せっかくここまで来てくれたのだ」
ロキスヴェインの映像が、不気味に微笑んだ。
その背後で、沈黙していたモニターが一斉に光を放つ。
「特等席で、とびきりのショーを見せてやろう」
「嫌な予感がする……」
シオンが、消え入りそうな声で呟いた。
その予感は、無慈悲な形で的中する。
魔法モニターに映し出されたのは、別々の発射施設の映像だった。
巨大な装置が整然と並び、今まさにフレヤレイドの発射準備が進められている。
「さあ──ショータイムだ」
ロキスヴェインが低く囁くと、
画面の中で五基のフレヤレイドが、次々と稼働を開始した。
鋭い光が走り、膨大な魔法エネルギーが装置に集束していく。
空気が震え、視界が白く滲む。
ロキスヴェインは、もはや興奮を隠そうともしなかった。
口元を大きく歪め、愉快そうに喉を鳴らす。
「はは……ははははは!」
制御室に、乾いた高笑いが響き渡る。
その声に呼応するかのように、モニターの奥で魔法陣が一斉に輝きを増した。
「いい顔だ。実にいい」
彼は両腕を広げ、舞台の中央に立つ指揮者のように振る舞う。
「絶望とは、静かに味わうものではない。
こうして音と光とともに、盛大に迎えるべきだ」
次の瞬間、モニターから重低音が響き渡る。
規則正しい振動が、まるで楽章の始まりを告げる前奏のように、床と壁を震わせる。
「さあ、カウントダウンだ」
ロキスヴェインは、楽しげに指を振る。
「三!」
轟音が一段高まり、魔法陣が激しく回転する。
エヴァは歯を食いしばり、鎖へと意識を集中させた。
まだ“止められる余地”があるのではないか。
遠く、微かな反応はある。
ならば、間に合う。
今なら、止められるはずだ。
「間に合う……はず」
「二!」
音が重なり、まるで交響曲の中盤のように膨れ上がる。
シオンは別の可能性にすがっていた。
これほど大掛かりな装置だ。
すべてが完璧に同期するとは限らない。
どれか一つでも遅れれば、連鎖は崩れる。
「失敗する……きっと、どれかは」
「一!」
光が爆発的に収束し、空間そのものが歪んだ。
エレインは胸の奥で、ただ一つの願いを握りしめる。
全部ではない。
全部が撃たれるわけがない。
それだけの準備を、同時に進められるはずがない。
まだ、世界はそこまで壊れていない。
「──発射だ!」
ロキスヴェインは、指揮棒を振り下ろすように腕を叩きつけた。
その瞬間、
祝祭のクライマックスを告げるかのように、
眩い閃光と轟音が、制御室を飲み込んだ。
五つのフレヤレイドが同時に放たれ、
制御室にいるはずのエヴァたちの視界までも、真っ白に塗り潰される。
「……なんてことを……」
エレインの声は、震え、途切れていた。
「さあ、どれが本物かな?」
ロキスヴェインは、愉快そうに目を細める。
「お楽しみ、だな。ははははははは!」
交響曲の終章のような高笑いが、いつまでも響いていた。
エヴァたちは、声にならない叫びを胸の内に飲み込んだ。
無力感。恐怖。怒り。
それらが絡み合い、重くのしかかる。
今の自分たちは──
ただの見物人だ。
目の前で行われる破壊を、止めることもできず、ただ見届けることしかできない。
その事実こそが、何よりも彼女たちを打ちのめしていた。
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