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2-3-20 拷問魔法

エヴァは隠れ家の一室で、《天秤の鎖》を指先から滑らせるように伸ばしていた。

細い鎖は床を這い、やがて実体を失い、見えない魔法の糸となって彼女の意識を遠方へと導く。帝国の地方本部──そこへ直接近づくのは、今の状況ではあまりにも危険だった。だからこそ、この魔法こそが、彼女に残された唯一の情報収集手段だった。


鎖の先で、空気が変わる。

扉の開閉音、軍靴が石床を叩く硬質な響き。複数の気配が忙しなく行き交い、内部で何かが動き始めているのがはっきりと伝わってきた。


(──来たわね)


エヴァは意識を研ぎ澄まし、鎖をさらに伸ばす。

魔法の糸は迷うことなく建物の奥へと入り込み、やがて一室にたどり着いた。


そこにいたのは、一人の男だった。


乱暴に引きずり込まれ、椅子に押し付けられる感触。荒く乱れた呼吸と、必死に体を支えようとする微かな抵抗が、鎖を通じて生々しく伝わってくる。闇市での取引中に捕えられたのだろう。男の気配には、逃げ場を失った者特有の焦燥と恐怖が色濃く混じっていた。


『何を売り買いしていた?言え』

憲兵の声が、冷たく響く。彼らは男が軍事施設に関する情報を手に入れていた可能性を疑い、それを吐かせるために、この場を設けたのだ。


『話さないなら、骨の髄まで思い知らせてやる』

次の瞬間、室内の空気が歪んだ。エヴァは鎖を通じて、奇妙な圧力が立ち上がるのを感じ取る。直接触れられているわけではない。それなのに、胸の奥がきしむような嫌な感覚が広がった。


──魔法による拷問。


それは肉体を傷つけるものではなかった。

神経や魔力の流れに直接干渉し、体内の均衡を無理やりねじ曲げる。男の内側で、魔力が逆流し、自然な循環が断ち切られていく。息が詰まり、内臓が裏返るような不快感。冷たい汗が噴き出し、意識が引き裂かれる。


そのすべてが、鎖を通してエヴァに流れ込んできた。視界が揺れる。彼女は無意識のうちに歯を食いしばり、呼吸が浅くなるのを感じていた。目の前で起きているわけではない。それでも、男の苦しみは確かな実感として、彼女の感覚を刺してくる。


「やめて……それ以上は……」

『やめろ……それ以上は……』


男の懇願はかすれていた。だが、憲兵たちは耳を貸さない。魔法の圧力はさらに強まり、男の体が限界へと追い込まれていくのが、はっきりとわかった。


『吐けば楽になる。すべて話せ』

その言葉は、あまりにも事務的で、冷酷だった。帝国に捕まるというのは、こういうことなのだ──エヴァは否応なく、その現実を突きつけられる。


それでも、男は口を割らなかった。

苦痛に耐え、意識を失いかけながらも、最後の気力で呟く。


『何も……お前たちには渡さない』


その一言には、命を賭してでも守ろうとする強い意志が宿っていた。

エヴァの胸が、きゅっと締め付けられる。


そして、ほんの一瞬──男は抗う力が尽きたかのように、かすれた声を漏らした。


『北……の施設……』


それだけだった。

だが、確かに重要な断片だ。


エヴァは反射的に鎖を引き戻し、意識を隠れ家へと戻した。

世界が元に戻るのと同時に、額に冷たい汗が滲む。


彼が耐えていたものを、彼女は直接味わったわけではない。

それでも、鎖越しに伝わった感覚はあまりにも生々しく、恐怖が心の奥に染み込んでいた。


「……こんな連中に、負けるわけにはいかない」


小さく呟き、エヴァは呼吸を整える。

男が残した言葉を反芻し、その意味を組み立てていく。彼の犠牲を無駄にしないためにも、この情報を仲間たちに届けなければならない。


北の施設。

そこでは、きっと──さらに目を背けたくなる現実が待っている。


エヴァは深く息を吸い、震える指で再び天秤の鎖を握り直した。

恐怖は消えていない。それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。


仲間を守るため。

そして、帝国の陰謀を止めるために。


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