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2-3-19 幽霊屋敷の秘密

夜の帳が降り、屋敷全体が深い静寂に包まれていた。

エレインは、なぜ目が覚めてしまったのかわからないまま、薄暗い天井をじっと見つめていた。夢を見ていた記憶はない。それなのに、胸の奥に引っかかるような違和感だけが、はっきりと残っている。


「……変な感じ」


小さく呟き、彼女はそっと身を起こした。

ベッドを抜け出し、物音を立てないように裸足で床に降りる。ひやりとした冷気が足裏から這い上がり、思わず身をすくめた。暗がりの中で、見えない何かに見られているような、落ち着かない感覚が拭えない。


エレインは静かに部屋を出て、廊下へと足を踏み出した。

背筋に鳥肌が立つのを感じながら、耳を澄ます。


──かすかな声。


それは泣き声にも似た、低くくぐもった男の声だった。はっきりとは聞き取れないが、確かに「誰か」がそこにいる。


「……誰?」


喉がひくりと鳴る。

心臓の鼓動が早まり、呼吸が浅くなるのを意識しながらも、エレインは声のする方へと歩き出した。恐怖を振り払おうとする一方で、好奇心が足を止めることを許さなかった。


屋敷の壁や床そのものが、長い年月の間に溜め込んだ秘密を吐き出そうとしている──そんな錯覚すら覚える。


やがて彼女は、屋敷の奥にある広間の前に立っていた。

扉はわずかに開いており、その隙間から淡い青白い光が漏れている。


「……嫌な予感がする」


そう思いながらも、引き返すことはできなかった。

エレインは息を呑み、慎重に扉へ手を伸ばす。そして、きしむ音を立てないよう、そっと押し開けた。


広間の中央に浮かんでいた光景を目にした瞬間、彼女の背筋は凍りついた。


「幽霊……?」


青白い光で形作られた人影が、そこにあった。

幻想的な光の中に浮かび上がるのは、気品ある顔立ちの中年の男性。その表情は穏やかで、優しく微笑みながら、誰かに語りかけている。


だが、その視線の先にいるはずの人物の姿はない。


「ルシア、これを聞いているなら……もう私はここにいないのだろう」


穏やかな声だった。

それでいて、深い後悔と拭いきれない悲しみが、言葉の端々に滲んでいる。


「すまない。こんな形で君を置き去りにすることになるなんて、思ってもいなかった」


幻影は一瞬だけ目を伏せ、静かに息を吐いた。

その服装や佇まいから、エレインは悟る。

──この男は、かつてこの屋敷の主だったのだろう。皇帝に逆らい、粛清された貴族。その一人。


彼は、娘に宛てた最後の言葉を、この場所に“記録”として残していたのだ。


「……私は、間違った道を選んでしまった。フレヤレイド──あれを設計したことは、私の人生最大の過ちだ」


その名を口にした瞬間、男の声はわずかに震えた。


「君はまだ小さくて、何も知らないだろうが……あれは兵器ではない。あれは、人の尊厳を奪うものだ」


彼の表情には、自責と無力感が色濃く刻まれている。

設計チームの一員として関わりながらも、計画が進むにつれて罪悪感に苛まれていったのだろう。止める力も持たず、命令に従うしかなかった末の結末が、粛清だった。


「私は君に、ただ平穏な未来を残したかっただけなのに……」


声はかすれ、今にも消え入りそうだった。


「ルシア、すまない。もし君がこれを聞いているなら……どうか許してほしい。君を置いていくことになって、本当に……申し訳ない」


そう言って、男はゆっくりと微笑んだ。


「でも、たとえどこにいても……私はいつだって君を愛している。君は、私の誇りだ」


それが、最後の言葉だった。


エレインはその場に立ち尽くし、胸の奥を強く締め付けられるような感覚に襲われていた。

そこにあったのは、単なる後悔や懺悔ではない。確かに存在した、父親としての深い愛情だった。


だが、その言葉を受け取るべき娘は、もうこの世にはいない。

想いは届かず、ただ虚空へと溶けていく。


「……こんなもの、見ていられないわ」


震える手で魔法を解除すると、幻影はふっと掻き消えた。

青白い光が消え、広間は再び暗闇と静寂に支配される。


けれど、その静けさは、先ほどまでとはまるで違っていた。

冷たく、重く、胸に沈み込むような沈黙。


エレインは何も言わず、広間を後にした。


その夜、彼女はこの出来事を誰にも語らなかった。

残された言葉と想いだけが、彼女の胸の内で、静かに、しかし消えることなく渦を巻き続けていた。


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