2-3-18 幽霊屋敷の地下
シオンは隠れ家の薄暗い部屋で、埃をかぶった家具や放置された書類を一つひとつ調べていた。天井の低い空間には、古い木材の軋む音と、彼女の足音だけが静かに響いている。
この場所に潜む何かが、自分たちにとって重要な情報である──そんな予感を、彼女は本能的に抱いていた。
「どこかに……手がかりがあるはず」
声を潜め、シオンは壁沿いを丹念に調べていく。家具の配置にも目を配り、わずかな違和感も見逃さぬよう神経を研ぎ澄ませた。
古い絨毯を踏むたび、鈍い感触が足裏に伝わる。何気なく床に手をついた、その瞬間だった。指先が、微かな隙間に触れる。
「ん……?これ、床板が浮いてる……?」
違和感の正体を確かめるように、シオンは絨毯を慎重にめくった。
その下には、年季の入った木製の隠し扉が姿を現す。鉄の取っ手に手をかけ、力を込めて引くと、重たい扉がきしむ音を立てながら、ゆっくりと開いた。
ひんやりとした空気が流れ出す。
下には石造りの階段が、闇の奥へと続いていた。急勾配で、深い地下へと延びているのが見て取れる。
「……隠し階段か」
緊張を胸に押し込め、シオンは周囲の魔法の気配を探った。罠や結界の類は感じられない。どうやら、この場所自体が長く放置されていたらしい。
彼女は明かりを頼りに、一段ずつ慎重に階段を下りていった。
降りるにつれ、空気は次第に冷たく、湿り気を帯びていく。壁に生えた苔、石の隙間から滴る水音が、地下の静寂をいっそう際立たせていた。
「……この場所自体、捨てられて久しいみたいだな……」
呟きながら階段を降り切ると、頑丈そうな木製の扉が行く手を塞いでいた。錆びついた金具はあるが、鍵はかかっていない。
シオンは呼吸を整え、慎重に取っ手を回し、ゆっくりと扉を開く。
その先に広がっていたのは、無数の書棚が並ぶ薄暗い空間だった。
埃が舞い、書物や巻物が乱雑に積まれている。
「……秘密の書庫、か?」
薄明かりの中、彼女は棚の一角へ近づき、手近な巻物を開いた。しかし記されているのは、ごく平凡な記録ばかりだった。
だが、奥へ進むにつれて、次第に違和感のある資料が目に入る。
魔法理論の専門書や軍事記録の間に、異様な雰囲気を放つ黒い革表紙の報告書が混ざっていた。
それを手に取った瞬間、シオンは無意識に背筋を伸ばした。
書物そのものが、嫌な気配を放っている。彼女は警戒しながら表紙をめくった。
──『汚染魔法による人体実験記録』
冷酷な題名が、目に飛び込んでくる。
報告書には、帝国が行った汚染魔法の人体実験の経過が、淡々と綴られていた。
「ごく微量の汚染魔法を被験者に投与することから始まる」とあり、初期症状は倦怠感や軽い頭痛、わずかな魔法暴発に留まっていたという。
しかし、ページを進めるごとに、内容は一変する。
「……日を追うごとに、被験者たちの体内魔力の均衡が崩れ始め、四肢の痙攣、視力・聴力の喪失、自己制御不能な魔力暴走が確認された……」
記録は続く。
制御不能な魔法暴発の結果、身体は異常な変異を起こし、最終的には多臓器不全に至った。どれほど魔法医療を施しても回復は不可能であり、すべての被験者は死亡した──無機質な文字が、感情を排したままそれを告げていた。
シオンは手を震わせながら、報告書を閉じた。
これは研究などではない。ただの狂気だ。
魔法という力を、人を救うためではなく、壊すためだけに使う行為。
それは彼女にとって、決して許容できるものではなかった。
「……これが、帝国の研究……?」
視線が、報告書の末尾に記された一文に吸い寄せられる。
──『本実験の成果は、兵器開発において重要な指針を示すものである』
シオンは深く息を吐き、報告書を元の棚へ戻した。
胸の奥に渦巻く怒りを必死に抑え込み、静かに呟く。
「……人間の所業じゃない……」
彼女はその場に立ち尽くした。
薄暗い書庫の中で、その言葉だけが静かに反響する。それは、この場所に眠る恐るべき秘密を暴いた者が残した、ささやかな抵抗の声だった。
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