表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
68/78

2-3-15 静かな隠れ家

冷えた空気が張り詰める中、隠れ家の中で三人は息を殺していた。

壁に染みついた湿気と冷気が、じわじわと体温を奪っていく。


「……チョウヨウって、何?」


エヴァは《天秤の鎖》を操作しながら、わずかに眉をひそめた。

鎖の先から流れ込んでくる断片的な言葉が、胸の奥に不安を落とす。


「徴用っていうのは」


エレインが、抑えた声で短く答える。


「必要な物資や人員を、強制的に集めること。帝国がよくやるの。戦争の時とかに」


「要は──」


シオンが低く補足する。


「兵力や資源が足りないから、無理やり市民や物をかき集めるってことだ。今、詰め所の兵士たちが、その徴用の準備を始めてる」


エヴァは舌打ちした。


「……嫌な響きね」


《天秤の鎖》は、外の街の状況を絶え間なく伝え続けていた。

徴用の命令に反発する声も、わずかにはある。だが、大半の住民は諦めたように従うしかない様子だった。


「徴用が始まったなら、巡回も厳しくなるはずよ」


エレインの言葉に、エヴァはさらに集中を高め、鎖を広げる。


「……まずいわね。兵士たちが、こっちの方まで来てる」


低い警告が落ちた。


「この隠れ家、本部も知らないって言ってたが……」


シオンは顔をしかめ、壁に耳を当てる。


「偶然見つかったら、それで終わりだな」


エレインはすぐに、物音を立てないよう手元の道具を片付け始めた。


「さっきの徴用の話が原因かも。巡回が増えるのは、想定しておくべきだったわ」


外では、兵士たちの靴音が近づいてくる。

それは『鎖』を通じて、はっきりとした感覚として伝わってきた。


二人組の兵士が、隠れ家のある路地を巡回している。

足取りは鈍く、気怠げだが、確実にこちらへと迫っていた。


「……くそ。ここで見つかれば終わりだ」


シオンが短く吐き捨て、反射的に手近な物へと視線を走らせる。


「待って」


エヴァが鋭く制した。


「下手に動くと、気づかれる」


三人は一瞬だけ視線を交わし、言葉を交わすことなく動き始める。

エレインが素早く灯りを落とし、シオンは窓の隙間に布を押し込み、外からの視線を完全に遮断する。


エヴァは集中を切らさぬまま、鎖を通じて兵士の動きを追い続けた。


「……こっちだ。今、何か音がしなかったか?」


外で、兵士の一人がぼそりと呟く。


「気のせいだろ」


もう一人が、疲れ切った口調で応じた。


「さっさと回って、暖かいところに戻ろうぜ」


「いや、念のためだ。最近、本部がうるさいからな」


靴音が、さらに近づく。

隠れ家の扉のすぐ前で、それは止まった。


三人の心臓が、同時に跳ね上がる。


「……静かに」


エヴァの囁きは、ほとんど息に近かった。

鎖を操る指先が、外の兵士の一挙手一投足を感覚として捉えている。


「まだ、こちらには気づいていない。何かの気配を疑っているだけよ」


エレインは、ゆっくりと息を整える。

シオンも微動だにせず、ただ気配を消すことに専念した。


部屋の中は、張り詰めた静寂に包まれ、時間そのものが引き延ばされたかのようだった。


「……何もないな」


兵士の一人が、あきらめたように言う。


「こんな寒い中で、怪しい奴が潜んでるわけがない」


「だろ?さっさと戻ろうぜ。酒の残りが冷めちまう」


肩をすくめる気配とともに、靴音が遠ざかっていく。

完全に聞こえなくなるまで、三人はその場で身を固くしたままだった。


「……行ったみたいね」


エヴァがようやく緊張を解き、鎖をわずかに緩める。


「ふぅ……危なかった」


シオンが大きく息を吐き、手で顔を拭った。


「でも、次はもっと慎重に動かないと」


エレインは冷静に言う。


「今回は偶然助かっただけ。巡回が頻繁になれば、この隠れ家も安全とは言えなくなるわ」


エヴァは黙って頷き、再び鎖を張り直した。

街全体に漂い始めた緊張と不穏が、はっきりと伝わってくる。


この場所も、いつまで持つかわからない。


「次に備えて、準備しておきましょう」


エヴァの言葉に、エレインとシオンも無言で応じる。

三人は再び息を潜め、それぞれが次の一手を考え始めた。


冷たい風が、窓を叩く音だけが、静かな隠れ家に響いていた。


ブクマでサーラたちの応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ