2-3-13 帝国への潜入
サーラたちがルルヴィナから帰国の途についたその頃、物語の舞台は本国へと移る。
王都の一角では、エヴァ、エレイン、そしてシオンの三人が顔を揃えていた。
帝国の戦略魔法兵器フレヤレイド──戦局を左右するその迎撃準備は着々と進められていたが、実際に作戦に関わるのはミーナたち、ごく一部の女王候補だけだ。
自分たちはただ結果を待つ立場。その現実が、三人の胸に重くのしかかっていた。
「このまま待つだけなんて、我慢できないわ」
エヴァが腕を組み、吐き捨てるように言う。
厳格な家で育った彼女にとって、何もせず時間が過ぎるのを待つことほど耐え難いことはなかった。
「何か……私たちにもできることがあるはずよ」
エレインが控えめに、けれど確かな意志を込めて口を開く。
かつて殻に閉じこもっていた彼女は、今では“役に立ちたい”という思いを隠さなくなっていた。
「でも、どうするんだ?」
シオンが冷静に問いかける。「気持ちだけじゃ、どうにもならない」
エヴァは一歩前に出て、二人を真っ直ぐに見据えた。
「帝国のフレヤレイド発射基地──その情報を探るのはどう?」
「それって……潜入するってこと?」
エレインが思わず目を見開く。
「バカげてるな」
シオンは即座にそう言いながらも、否定の言葉を続けられなかった。「……とはいえ、基地の情報が手に入れば、戦局が変わる可能性はある」
「そうよ」
エヴァは強く頷く。「サーラたちだって、いくつもの危険を乗り越えてきた。発射基地の場所が分かれば、私たちの王国も動きやすくなるわ」
しばし考え込んだ後、エレインが小さく頷いた。
「……やる価値はあると思う」
シオンは肩をすくめ、わずかに笑う。
「確かに。退屈して腐るよりは、よっぽどマシかもしれない」
三人は視線を交わし、無言のまま決意を共有した。
指示を待つのではなく、自分たちの手で状況を変える──そう心を固めたのだ。
「……じゃあ、行くわよ」
エヴァはそう言って、静かに立ち上がった。
「え?」
エレインがきょとんと目を瞬かせる。
「行くって……どこに?」
シオンも眉をひそめ、腕を組んだ。
「まだ、何も決まっていないように見えるが」
エヴァは振り返らず、ただ扉の方へ視線を向ける。
「決まってるわ。あの人のところよ」
短く、それだけ答えた。
二人は一瞬、顔を見合わせ──
やがて同時に、同じ名前を思い浮かべて頷きあう。
エヴァたちがライザに支援を求めたのは、必然だった。
彼女はかつて帝国軍に属していた元軍人であり、帝国の裏側──正規の地図には載らない潜入経路や警備の死角を、骨身に染みて知っている数少ない人物だった。
だからこそ、ライザは最初から険しい表情を崩さなかった。
「……正気とは思えないわ」
低く抑えた声でそう言い、彼女は三人を見回す。
そこには軽率さではなく、計算しきれない危険があると理解している者特有の警戒があった。
「あの潜入ルートは、使えないわけじゃない。でも──」
一拍置き、ライザははっきりと言った。
「生きて戻れる保証はない。私が軍にいた頃でも、無茶だと止められる類の作戦よ」
「……危険なのは、承知の上よ」
最初に口を開いたのはエヴァだった。
背筋を伸ばし、逃げ場を残さない視線でライザを見据える。
エレインは一瞬だけ視線を落とし、指先を強く握りしめた。かすかに声が震える。
「私も、みんなの役に立ちたい」
静かに続けたのはシオンだった。
腕を組み、剣士らしい落ち着いた口調で言葉を重ねる。
「成功率が低いのは理解している」
三人の言葉を受け、ライザはしばらく沈黙した。
「……それでも行くのね」
小さく息を吐き、苦々しさを含んだ目で彼女たちを見る。
ライザは椅子から立ち上がり、部屋の奥へと歩く。
棚の前で立ち止まり、しばらく考え込んだあと、鍵付きの引き出しを開けた。
「正直に言うわ」
背を向けたまま、低く続ける。
「私も考えてた。
帝国に入り込んで、発射基地の情報を掴む方法」
エヴァたちは、はっと息を呑む。
「……これを、本当に使う日が来るとはね」
独り言のように呟いてから、ライザは引き出しのさらに奥へと指を差し入れた。
布に包まれた薄い束を取り出し、机の上に置く。
包みを解くと、そこには数枚の魔法入国証明が現れた。
羊皮紙に刻まれた紋章、識別用の魔力印、そして一見して本物と見分けがつかない精巧な術式。
どれも、正規の手続きを知り尽くした者でなければ作れない代物だった。
ライザはそれらを、一枚ずつ、整然と机に並べていく。
視線を落としたまま、淡々と告げる。
「帝国軍にいた頃、万が一のために作ったもの。あなたたちに託すわ」
「……これが……偽物?」
エレインが息を呑む。
「表向きは商用。関所は限定されるけど、うまく使えば通れる」
ただし、と念を押すように言葉を続ける。
「発射基地の場所までは、私も知らない。
入国したら、援護もできない。それでも行く?」
「十分よ。ありがとう」
エヴァは迷いなく答えた。
エレインとシオンも頷き、ライザは小さく肩をすくめる。
「あなたたちなら、きっとやれるって信じてる。成功を祈ってるわ」
こうして、三人の少女たちは帝国への潜入に必要な“鍵”を手に入れた。
無謀で、危険で、成功の保証などどこにもない道。
それでも、自分たちで選んだ一歩だった。
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