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2-3-12 険しい帰路

雷雲が再び不穏な光を帯び、まるで天そのものが怒り狂うかのように、凄まじい轟音が鳴り響いた。

サーラは深く息を吸い、再び竜巻を操る。正と負、相反する二つの魔力が、彼女の内と外で静かに巡り始めた。


指先が、ほんのわずかに動いた瞬間──

雷雲から無数の稲妻が解き放たれ、矢の雨のように地上へと降り注ぐ。


「エリオ・ストライク!」


咆哮にも似た音とともに、稲妻は容赦なく盗賊たちの鎧を貫いた。

金属は一瞬で灼熱に晒され、歪み、砕ける。

悲鳴を上げる暇すら与えられず、盗賊たちは次々と黒焦げの塊となって崩れ落ちていった。


雷撃は無慈悲でありながら、恐ろしいほどに正確だった。

逃げ場はなく、誰一人として生き延びることはできなかった。


やがて轟音が止み、世界は雨音だけに支配された静寂へと戻る。

立ち尽くしているのは、ただ一人──リュドミラだけだった。


彼女の足元には、かつて仲間だった者たちの無惨な残骸が散らばっている。


「……ここまでとはね」


リュドミラは悔しそうに目を細め、雨に濡れた髪を乱暴にかき上げた。

全身を雷雨に打たれながらも、その眼差しには、なお消えぬ敵意が宿っている。


「これで終わりだと思う?」

冷笑を浮かべ、彼女は言った。

「まだ、戦いは始まったばかりよ」


サーラは黙って彼女を見据えた。

雨粒が頬を伝い落ちるが、その表情に迷いはない。そこにあるのは、静かで揺るぎない決意だけだった。


「逃げ場はないわ、リュドミラ」


一歩前に出たレイラの声に、リュドミラはわずかに身を引く。


「ふん。簡単に捕まる私だと思って?」


その瞬間、リュドミラは懐から何かを取り出し、地面へと叩きつけた。

閃光が弾け、濃い霧が一気に広がり、二人の視界を奪う。


「待って、逃がさない!」


サーラが手を伸ばすが、掴んだのは冷たい霧だけだった。

その向こうから、リュドミラの声が響く。


『また会いましょう、小娘ども』


霧が晴れたとき、そこに彼女の姿はなかった。

サーラとレイラは雨の中、しばし無言で立ち尽くす。


やがて、サーラが小さく息をついた。


「……次は、絶対に逃さない」


レイラも静かに頷き、冷たい雨に濡れたドレスの裾を、ぎゅっと握り締めた。


こうして、不穏な雷雨の中での戦いは幕を閉じた。雨脚が少しだけ弱まり、雷鳴も遠ざかり始めた。


救護隊による怪我人の治療がはじまり、張り詰めていた空気が、ようやく緩む。


「……すごいわ、サーラ。

あんな魔法、見たことがない」


レイラが息を整えながら、素直にそう口にした。

冷たい雨に濡れたドレスのまま、驚きと感嘆を隠そうともしない。


「雷の魔法まで使えるなんて。

あなた、本当に……想像を超えてくるのね」


サーラは一瞬だけ視線を逸らし、困ったように笑った。


「まあ……ね」


それ以上は言わない。

称賛を否定するでもなく、肯定するでもなく、曖昧なまま言葉を濁した。


──でも、本当は。


あれは、実力というより運が良かっただけだ。

内心で、サーラはそう整理していた。


レイラのおかげで十分な水蒸気があったこと。

雷雲が完成するまで、彼女が時間を稼いでくれたこと。

そして何より、敵が金属の鎧を身につけていて、雷撃を引きつけやすかったこと。


どれか一つでも欠けていれば、成立しなかった。

理論上は可能でも、条件が揃わなければ実行できない魔法。


(……本当に、ギリギリだった)


あれは切り札などではない。

偶然が重なった末に、ようやく選べた最後の一手。


サーラは小さく息を吐き、空を見上げた。

雷雲はすでに形を崩し、ただの雨雲へと変わりつつある。


もう一度やれと言われても、同じ結果になる保証はない。

だからこそ、彼女は胸の内を誰にも明かさなかった。


「……本当に助かったわ。

あなたがいてくれて良かった」


レイラのその一言に、サーラはようやく軽く頷く。


それで十分だった。


その時だった。

戦慄に震えながら、ルルヴィナ王が現場へと駆け込んでくる。


「お、お見事……!まさにインドラの再来!ガルダールの乗り手だ!」


王の瞳には、恐怖と賞賛が入り混じっていた。

先ほどまでの尊大な態度は影を潜め、サーラの雷撃を目の当たりにしたことで、完全に態度を改めている。


「あなた方の力には脱帽です……!同盟の条件など、今となっては些細なことに思えますな!」


あれほど執着していたレイラのハーレム加入の話題も、まるで最初から存在しなかったかのように触れもしない。


レイラは淡々とした表情を崩さぬまま、静かに一礼した。


「約束通り、私はあなたの国のために身を捧げる覚悟だった。

でも……あなたの信頼は、まだ得られていないようね」


そう告げ、王を試すような視線を向ける。


ルルヴィナ王は苦笑いを浮かべ、その冷たい一言に何も言い返せなかった。

慌てたように、取り繕う。


「そ、そうだ!実務的な交渉を進めるため、使節団をあなた方の国へ派遣しよう!

経済協力も、きっと有益なものになるだろう!」


サーラは王を一瞥しただけで、何も答えず踵を返した。

その瞳には、冷静さと、拭いきれない失望が滲んでいる。


「レイラ、行こう」


短いその一言に、彼女たちの決意はすべて込められていた。

ルルヴィナ王の賞賛も、虚栄も、もう相手にする価値はない。


レイラ、ヴァイ、カリナ、ネフィリスとともに、サーラは城を後にする。

背後で王が何か言い繕う声を上げていたが、振り返る者はいなかった。


彼女たちは同盟という答えを求めてこの地に来た。だが、得られたのは答えではなく、失望だった。


それでも立ち止まることはできない。

この国に頼れない以上、自分たちで道を切り開くしかない。


冷たい風が吹き付け、険しい山道が続いている。

守るべきものは変わらないまま、

進む道だけが、より厳しくなった。


ブクマでサーラたちの応援をお願いします!

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