2-3-11 稲妻の閃き
「ヒュドラリウム!」
レイラはドレスの裾を翻し、数千気圧で圧縮した水流──ウォーター・レイを解き放った。
白銀の水は轟音とともに一直線に走り、まるでレーザーのように敵へと突き刺さる。
盾が悲鳴を上げるような音を立て、真っ二つに裂けた。
切断面は異様なほど滑らかで、そこから零れ落ちた水滴が、光を反射して床に弾ける。
サーラは、思わず息を呑んだ。
戦場に立っているはずなのに、レイラの動きはあまりにも優雅で、まるで婚礼の儀の続きでも見ているかのようだった。
純白のドレスが翻るたび、水が意思を持ったかのように集まり、次の瞬間には凶器へと姿を変える。
あれほどの力を扱っているのに、表情は微塵も乱れない。
──綺麗だ。
そんな言葉が、場違いだと分かっていながら、胸の奥に浮かんでしまう。
盾を失った盗賊は、何が起きたのか理解できないまま立ち尽くした。
レイラは無表情のまま腕を下ろす。
「次は……鎧の番よ」
冷ややかな囁きとは裏腹に、敵の数は依然として多い。
盗賊たちは距離を取り、互いに目配せしながら包囲を狭めようとしていた。
レイラは再び宝瓶の壺を構えかけたが、ふとサーラへ視線を向ける。
「数が多すぎるわ。下手に動けば回り込まれて、こちらが不利になる」
「何を怯んでいるのさ?」
リュドミラが苛立った声を上げ、矢を放つ。
だが、レイラが展開した水蒸気の膜が、それを空中で失速させた。
サーラは歯を噛みしめる。
自分の魔法では、金属の鎧を纏った盗賊たちに決定打を与えにくい。
焦燥感が胸に広がる中、彼女は思わず処女の書『グラビティウム』へと心の中で問いかけた。
──どうすれば、この状況を打開できる?
答えは、瞬き二回の間に返ってきた。
「……竜巻」
サーラは静かに呟き、すぐに「シルフフォーンの房飾り」を取り出す。
繊細な毛で編まれた房が揺れるたび、微かな風音が指先を撫でた。
その瞬間、彼女の内側で新たな魔法回路が開かれる感覚があった。
「風よ、踊れ……!」
魔力が注がれ、空気が応じる。
地面の砂埃が渦を描き、次第に螺旋となって立ち上がった。
竜巻は瞬く間に形成され、盗賊たちは突然の風圧に目を見開く。
踏ん張りながら必死に耐える者、体勢を崩す者が続出した。
「な、なんだこれは!」
悲鳴の中、リュドミラが声を張り上げる。
「怯むな!ただの風だ、押し返せ!」
だが、竜巻は止まらない。
それどころか、レイラの壺から放たれた水蒸気が湿った空気となり、風に導かれて上空へと運ばれていく。
「……ちょっと待って、サーラ。何を考えてるの?」
レイラは一歩踏み出し、戸惑いながらも目を離さない。
想定外のサーラの行動に驚きつつ、それでも彼女を信じようとしていた。
「いいから、水蒸気を出し続けて。細かい説明は後」
サーラは短く告げ、集中を切らさない。
レイラは疑問を飲み込み、再び水を放ち続けた。
湿気は急速に集まり、空に雲を形作る。
やがてそれは、宴会場の天井を覆い尽くすほどの黒い雷雲へと変わっていった。
「雷雨……?」
動けないまま、ヴァイが驚きの声を漏らす。
天が轟き、雷鳴が地面を震わせた。
盗賊たちは思わず空を仰ぎ、怯えた視線を交わす。
「おい、本当に大丈夫か……?」
「これ、ただの風じゃねえだろ……!」
「落ち着け!」
リュドミラが叱咤するが、その声にはもはや力がなかった。
雷雲は激しく渦を巻き、空気がビリビリと震え始める。
サーラは処女の書の教えに従い、論理魔法──『正の魔力』を竜巻に乗せ、慎重に上空へ送り込んだ。
雷雲に、力が蓄積されていく。
「……準備は整った」
不穏な光が雲の内側で瞬く。
ネフィリスの黒い毛が一斉に逆立ち、瞳が鋭く光を帯びた。
「……これ、先に言っとくけど、僕の意思じゃないからね」
盗賊たちは後退し始めたが、リュドミラが前進を促す。
「ビビってんじゃない!かかれ!」
一人の盗賊が勇を奮い、サーラへと突進する。
その瞬間、彼女の瞳が鋭く輝いた。
「行くわよ……当たれ!」
手を翳し、地上の敵へ狙いを定める。
『負の魔力』が解き放たれ、天と地で正と負が共鳴した。
空気中のエネルギーが暴発する。
「──エリオ・ストライク!」
咆哮のような音とともに、稲妻が一直線に地上へ走る。
雷撃は盗賊の鎧を直撃し、凄まじい光と熱でその体を黒焦げに焼き尽くした。
崩れ落ちた鎧が、金属音を立てて床に転がる。
「か、雷の魔法だ……聞いたことねえ!」
「くそっ、誰か逃げ道を──!」
混乱に陥る盗賊たちを前に、サーラは静かに息を吐いた。
「形成逆転ね」
レイラが冷ややかな笑みを浮かべ、リュドミラへ視線を送る。
リュドミラは歯噛みしながらも、その場に立ち尽くすしかなかった。
今ここで動けば、自分も同じ運命を辿る──それを理解していたのだ。
冷たい雨が降り始め、床を静かに濡らしていく。
サーラは完全に冷静さを取り戻し、淡々と告げた。
「さあ……次はどう動く?
それとも、ここで終わりにする?」
ブクマでサーラたちの応援をお願いします!




