2-3-10 宴のはじまり
屋外の宴会場には華やかな装飾が施され、豪奢な食卓が来賓を迎えていた。
石造りの列柱が円形に並び、その上には天井はなく、雲ひとつない青空が大きく開けている。
真昼の陽光が白い石床に降り注ぎ、装飾品やテーブルをまぶしく照らしていた。
柱と柱の間には色鮮やかな布や花飾りが渡され、王宮らしい過剰な演出が、開放的な空間を満たしている。
銀の食器に載せられた料理は、異国の香辛料と色鮮やかな食材で彩られ、見るからに贅沢そのものだった。
やがて、給仕長らしき召使いが中央に進み出る。
胸に手を当て、深々と一礼すると、滑らかな声で料理の紹介を始めた。
「本日の食卓に並ぶのは、王家の名に恥じぬ、最上級の魔法生物を使用した逸品でございます。まずはこちら──サラマンダインのロースト。灼熱の地に生息するこの魔獣の肉は、一口で体の芯から温まり、活力をもたらします」
続いて彼は、青い光を帯びたクリアスープの入った器を掲げる。
液面が揺れるたび、淡い輝きが広がった。
「こちらはウンディーネラの出汁から取った冷製スープ。水の精霊の力が凝縮され、口に含めば全身に清涼感が行き渡ります」
さらに、ハーブと共に丁寧に仕上げられたパテが示される。
「こちらは、シルフフォーンの肝のパテでございます。風の魔法を操るこの生物の肝には、魔力の流れを円滑にする効果があり、食することで魔法の精度が向上すると言われております」
最後に、黄金色に揚げられた小さなフライを指し示した。
「そしてこちらは、ノームリングの手のフライでございます。大地の精霊を宿すノームリングの手には、耐久力を高める力が秘められております。香ばしく揚げた一品は、そのままでも、特製のディップソースを添えても格別の味わいです」
説明が進むにつれ、サーラの表情は次第に険しさを増していった。
彼らにとっては至高の料理なのだろう。だが、これらの魔法生物が村人と共生する姿を見てきたサーラにとって、それは祝宴ではなく、冒涜にしか見えなかった。
「……こんなものを食べるなんて……」
サーラは静かにフォークを置いた。
どれほど空腹でも、この料理に手を伸ばす気にはなれなかった。
「ソースだけ味見するわ」
カリナが小皿にソースを取り、慎重に舐める。
それに続いてヴァイも、わずかに口をつけて様子を確かめた。
高く掲げられた杯が触れ合う音を聞きながら、ネフィリスはテーブルの片隅で尻尾を揺らす。
「僕はペットフードにしておくよ」
そのとき、会場の扉が静かに開いた。
現れたのはレイラだった。
純白のドレスをまとったその姿は、まるで花嫁のようだった。
淡い金色の髪が灯りを受けて揺れ、彼女の瞳には、揺るがぬ覚悟が宿っている。
「……これも、国のため」
微笑みを浮かべながらも、その言葉には隠しきれない悲しみが滲んでいた。
彼女は王の要求に応じ、サーラたちのために、自らを差し出そうとしているのだ。
宴が進むにつれ、参加者たちの顔に異変が現れ始めた。
まず、カリナとヴァイが呻き声を漏らし、重そうに体を崩す。
四肢が言うことを利かなくなっていく様子は、誰の目にも明らかだった。
「毒が……仕込まれてる……?」
ヴァイが苦しげに言葉を絞り出すと、カリナもそのまま席に倒れ込んだ。
やがて、ルルヴィナ王側の参加者までもが次々と崩れ落ち、会場は一気に混乱へと傾く。
「……どうやら、私は無事みたい」
サーラは低く呟いた。
料理に手をつけなかった彼女だけが、毒の影響を免れていた。
その瞬間、扉が再び開く。
黒いフードを被った者たちが、音もなく会場に侵入してきた。盗賊だ。
装備は見違えるほど新しくなっていたが、下卑た笑いと、場を舐め切ったような空気は変わっていない。
サーラは一瞬で悟った──先日、山道で彼女たちを襲った、あの連中だ。
その先頭に立つのは、かつての因縁の相手。
会ったのは随分昔のように思えるが、サーラが処女の書を手に入れる、ほんの少し前のことに過ぎない。
まだ何も知らなかった彼女を苦しめた、冷酷な潜入工作員──。
「まさか……あなたは……リュドミラ!」
「久しぶりね、サーラ。再会できて嬉しいわ」
リュドミラは冷笑を浮かべ、会場の混乱を楽しむように視線を巡らせた。
背後に控える盗賊たちは、輝く金属製の高価な武具で武装している。
それらが帝国から支給されたものであることは、一目で分かった。
「やっぱり、帝国の手先だったのね……」
サーラは剣呑な眼差しでリュドミラを睨みつける。
「ご明察。私たちにこの任務を与えてくれたおかげで、こんな素敵な装備も手に入ったのよ」
得意げな笑みとともに、盗賊たちは徐々に包囲を狭めていく。
「今、動けるのは……私と、レイラだけ?」
サーラは即座に状況を把握した。
カリナもヴァイも動けない。会場の他の者たちも、すでに麻痺している。
「サーラ、後ろに下がってて。私が相手するわ」
レイラは純白のドレス姿のまま、静かに言った。
その瞳には、微塵の迷いもなかった。
「でも、その格好じゃ……」
「気にしないで。大事なのは、今ここで何とかすることよ」
レイラは《宝瓶の壺》を手に取り、魔力を集中させ始める。
「私が水蒸気で壁を作るわ。少しでも足を止められれば、あなたが動けるはず」
「……わかった。やるしかない!」
サーラは《処女の書》を強く握りしめ、リュドミラたちに向けて一歩踏み出した。
「この状況で、何ができるっていうの?」
嘲笑するリュドミラに対し、サーラは一切怯まない。
「やれるだけ、やってみる!」
覚悟を胸に刻み、サーラはレイラと並び立つ。
戦いの幕は──今、この宴の場で切って落とされる。
ブクマでサーラたちの応援をお願いします!




