2-3-8 王との謁見
サーラたちは山道を抜け、ようやくルルヴィナの王都ルルへと辿り着いた。
長旅の疲れは確かに残っていたが、休んでいる余裕はない。一刻も早く王に謁見し、同盟の話を進める必要があった。敵国の脅威が迫る中、ルルヴィナの協力を取り付けることは急務だった。
「王に謁見を申し出るのは、もっと手間がかかると思ったけど……」
ヴァイが小さく疑念を口にする。
彼女たちは思いのほかあっさりと謁見を許され、そのまま豪華な謁見の間へと案内されていた。そのこと自体が、どこか引っかかる。
玉座に座っていたのはルルヴィナ王。
金の装飾をふんだんに施した衣服をまとい、権力を誇示するような姿だった。しかし、その表情からは為政者としての品位や緊張感は感じられない。むしろ、退屈と傲慢さがありありと浮かんでいた。
サーラは一礼し、用意してきた言葉を慎重に選びながら、同盟締結の目的を説明する。
経済協力、相互防衛、そして迫り来る敵国の脅威──。
だが王は、真面目に耳を傾ける様子もなく、ただ気だるげに彼女たちを眺めているだけだった。
「ふーん、経済協力ねぇ」
王は鼻で笑い、玉座にもたれかかる。
「まあ、悪い話じゃない。だが……こちらとしても条件がある」
その言葉に、場の空気が張り詰めた。
サーラは背筋を伸ばし、王の次の言葉を待つ。
王はニヤリと口元を歪め、楽しむように言い放った。
「同盟を結ぶ証として、そちらから一人、我がハーレムに差し出せ」
一瞬、時間が止まったかのような静寂が広がった。
サーラは耳を疑い、思わず《処女の書》を開いて解釈を確認する。だが、何度読み直しても意味は変わらない。王の言葉は、あまりにも明確だった。
「……なんてこと……」
息を詰めたサーラの胸に、怒りが一気に込み上げる。頬が熱を帯び、思考が揺れるほどの屈辱だった。
「どうかしたか?」
王は悪びれる様子もなく笑う。
「おまえたちも賢いだろう?一番美しい者をよこせばいい。そうだな……」
その視線が、一行の中を舐めるように巡り、レイラで止まった。
「そこのお前がいいな」
「レイラを……?」
サーラは思わず前に出る。
「冗談じゃない!そんな条件、絶対に認めない!」
怒声が謁見の間に響く。
しかし、その声を静かに制したのは、当のレイラだった。
「待って、サーラ」
レイラは一歩前に進み、王を真っ直ぐに見据える。
「祖国を守るためなら、私は構わないわ」
「そんな……!」
サーラは言葉を失う。
レイラは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
それは迷いというより、心を整えるための仕草に見えた。
「……教団ではね」
静かな声で、彼女は続ける。
「自分の行動が、誰かの明日につながるなら、それを選びなさいって教えられてきたの」
王を見据えるその視線は、恐れよりも覚悟を湛えていた。
「誰かの代わりに立つことは、誇ることじゃない。ただ、そうするべきだと思えるなら、そうする。それだけ」
レイラは微笑んだ。
それは作った笑顔ではなく、長い時間をかけて身についた、揺るがないものだった。
「だから大丈夫よ、サーラ。これは……私が選んだことだから」
サーラは、その言葉の重さに、何も言い返せなくなった。
レイラの瞳に迷いはなく、その決意の固さがはっきりと伝わってきた。
王は上機嫌に手を叩き、満足そうに笑った。
「ほう、なかなか賢い女だな。気に入った!これで話はまとまった」
その無邪気な喜びようが、かえって場の空気を冷やす。
「さあ、すぐに儀式の準備を整えるがいい!」
ヴァイもカリナも言葉を失い、冷ややかな視線を王に向けた。
この国の王が暗君かもしれない。その現実が、重くのしかかる。
「……まさか、こんな男とはね……」
サーラは怒りを必死に抑え、低く呟いた。
「大丈夫、心配しないで」
レイラがそっとサーラの肩に手を置く。
「……私、何のためにここまで来たんだろう」
サーラは唇を噛みしめ、視線を落とす。
準備も理屈も積み上げてきたはずなのに、今この瞬間、何ひとつ差し出せるものがない。
サーラは悔しさに拳を握りしめたまま、王に形式的な一礼をすると、その場を後にした。
冷めた目で王を見つめる一行の背中を、王は満足げに見送る。
「準備ができたら、また来い。待っているぞ!」
その声だけが、冷え切った謁見の間に虚しく響いていた。
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