2-3-7 野盗の襲撃
サーラ、レイラ、ヴァイ、カリナと黒猫ネフィリスの四人と一匹は、村を後にして、ルルヴィナの王都ルルを目指して山中を進んでいた。
木々の隙間から差し込む陽光はまだ温かく、穏やかな秋の風が吹き抜けている。足元の落ち葉がかすかに音を立て、山道にはのどかな気配が漂っていた。
だが、その静けさは長くは続かなかった。
「……待て」
ヴァイが突然、手を上げて足を止める。
彼女は肩に掛けていた《天蠍の弓》を静かに外し、周囲の気配を探るように視線を茂みに走らせた。空気が、わずかに張りつめる。
「何かいるの?」
サーラが声を潜めて尋ねる。
「うん……多分だけどね」
ヴァイは短く息を整え、矢を番えながら続けた。
「──盗賊だ」
次の瞬間、茂みが乱暴にかき分けられ、男たちが転がるように飛び出してきた。
七、八人はいる。枝を折り、落ち葉を踏み散らしながら、笑い声と荒い息を撒き散らす。
「へへっ、運がいいぜ」
「女連れだぞ、しかも荷物も多そうだ」
脂ぎった笑みを浮かべ、無遠慮な視線がサーラたちを舐め回す。
剣は手入れもされておらず、鎧代わりの革もところどころ裂けていたが、本人たちは気にも留めていない様子だった。
「こいつら、どう見ても旅人って感じじゃねえな。ピクニックか?」
「逃げるなら今のうちだぜぇ?」
下卑た笑い声が、森の空気を汚す。
リーダー格の男が一歩前に出た。
「さあ、持ち物を全部置いていけ。命までは取らねえ」
剣や棍棒が構えられ、空気が一気に荒れる。
「面倒ね」
レイラは肩をすくめ、《宝瓶の壺》を軽く掲げた。
「人数が多ければ、どうにかなると思ってるの?」
盗賊たちはレイラの言葉に、腹を抱えて笑った。
「ははっ、なんだその壺!」
「水汲みか? 旅のお供にしてはずいぶん可愛いじゃねえか」
「人数がどうとか言ってたな?」
リーダー格が唾を吐き、仲間に顎で合図する。
「俺たち七人だぞ。女三人に──おまけ付きか?」
嘲るような視線が交錯し、余裕たっぷりの笑いが広がった。
だが、その笑いは、次の瞬間に凍りつく。
──ヒュッ。
風を裂く音とともに、矢が地面に突き刺さった。
「……あ?」
一瞬、何が起きたのか理解できず、盗賊たちは間抜けな顔を浮かべる。
次いで、足元に深く食い込んだ矢に気づき、ざわりと空気が揺れた。
「お、おい……今の見たか?」
「外した……わけじゃねえよな?」
「近すぎだろ……」
視線が交わり、笑い声は急に小さくなる。
「次は、外さないから」
ヴァイは穏やかな笑みを浮かべる。
「アンタたち、さっき女三人とオマケとか言ってなかった?」
低く響く声とともに、カリナが一歩、前へ出た。
重い鎧が鳴り、地面がわずかに震える。
「……は?」
誰かが間の抜けた声を漏らした、その直後だった。
「女四人だよっ!」
重厚な《金牛の鎧》を纏ったまま、カリナは地面を蹴り、一気に距離を詰める。
衝撃音とともにリーダー格の男が吹き飛び、地面に転がった。
「うわっ──!」
周囲の盗賊たちは、驚きと恐怖に一斉に後退する。
「な、なんだこいつ、女か……!」
その混乱に乗じ、レイラが壺を掲げる。
「霧よ、来い!」
水が宙に舞った瞬間、視界は一気に白く閉ざされた。
濃霧が山道を包み込み、方向感覚を奪う。
「くそっ、見えねえ!」
「どこだ、どこ行った!?」
盗賊たちは互いにぶつかり合い、混乱のまま後退する。
「こいつら……魔法使いだ!」
叫び声とともに、男たちは森の奥へと散り散りに逃げていった。
「ふん……だから言ったのに。
この国、治安はあまり良くないみたいね」
ヴァイは矢を収め、短く鼻で笑う。
「盗賊になるしかないほど、生活が苦しい人が多いんじゃないかしら?」
レイラが小さく息をつく。
「身なりだけ見れば、貧しさに追い込まれた哀れな連中……でも、あの目つきは同情できないけどね」
ネフィリスも静かに頷いた。
「国が……貧しいのか」
サーラは遠くの山並みを見つめながら呟く。
「どうにか国を豊かにする方法があれば、こんなことも減るのかな」
その言葉に、レイラが微笑む。
「他国のことまで考えるなんて、優しいのね」
「優しいっていうか……」
サーラは少し照れたように笑った。
「ただ、無駄な争いは避けたいだけ」
山道には再び静けさが戻り、彼女たちは気を取り直して歩き出す。
王都ルルへ続く道は、まだ長かった。
—-
森の奥へ逃げ込んだ盗賊たちは、振り返ることなく走り続けた。
やがて人目のない岩陰に辿り着き、ようやく膝に手をついて荒い息を吐く。
「くそっ……あんな手強い奴らだとは聞いてねえ……」
「弓使いに、あの鎧の女……剣が通る気がしなかったぞ」
別の男が唸るように言う。
「それに、あの壺……何なんだ、あれ……」
「話が違いすぎる!」
リーダー格の男が苛立ちを隠せず、近くの木を蹴りつけた。
「ただの旅人だって──」
そのとき、背後の茂みが、かすかに揺れた。
盗賊たちは言葉を失い、息を殺して振り返る。
闇の中から、一つの人影が静かに姿を現す。
「……仕事が雑だな」
低い声が落ちる。
盗賊たちは、凍りついたように身を硬くした。
「す、すいやせん……」
リーダー格の男が縮こまる。
「けど、あいつら……普通じゃなくて……俺たちだけじゃ──」
人影は答えない。
ただ冷ややかな視線で盗賊たちを見下ろしていた。
その瞳は、すでに彼女たちをどう扱うかを量り終えたかのように、静かで、感情がなかった。
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