2-1-6 息詰まる会談
エドリックは柔らかな笑顔を浮かべながら、まるで王国に恩恵を授けるかのような口調で語り始めた。
「我々は、帝国と貴国の関係をさらに発展させるために参りました。帝国は平和を愛し、互いの利益を尊重する関係を心から望んでおります」
その言葉は一見すると友好的だったが、行間には冷たい威圧が滲んでいる。サーラは胸の内に緊張を抱えながらも、表情を崩さぬよう努めた。隣に立つアリアは、鋭い視線で使節団を射抜いている。
「もちろん、我々の望みは平和的な解決です」とエドリックは続けた。「ですが、現在の情勢を鑑みれば、貴国の安全保障について、我々が力になれる部分もあるでしょう。帝国の庇護のもとにあれば、貴国は安心して繁栄を続けられるはずです」
その言葉に、サーラはわずかに身構えた。すかさずアリアが問いかける。
「その“協力”とは、具体的にどのようなものですか?」
「些細な提案にすぎませんよ」とエドリックは穏やかに答えた。「例えば、我が帝国軍の一部が貴国に駐留することを認めていただく。その代わり、我々が供給する物資や製品を優先的に取り扱っていただければ、経済的にも大きな恩恵が得られるでしょう」
その瞬間、リヒャルト・ドラグナーが一歩前に出て、低く重い声で言葉を継いだ。
「もし協定が成立しない場合、我々としても別の選択肢を取らざるを得ません。──我が軍の誇る大型飛空艇が再び動き出す可能性もあります。それは、双方にとって望ましくないでしょう」
「フェンリス……」
その名を聞いた瞬間、サーラの胸に冷たい不安が走った。帝国が誇る巨大戦艦。ただの示威ではなく、実際に王国を壊滅させ得る力を持つ存在だ。
怒りを抑えきれず、アリアが詰め寄る。
「それは、武力を背景にした脅迫ではないの?」
「脅迫などとは心外ですね」とエドリックは軽く肩をすくめた。「あくまで現実的な選択肢を提示しているだけです。貴国の安全と繁栄を願っての助言ですよ、サーラ様」
サーラは内心で彼らの意図を見抜きながらも、声を落ち着かせて応じた。
「ご提案については、慎重に検討させていただきます」
「もちろんです。ただし──」
エドリックは冷ややかな笑みを浮かべ、再びその名を口にした。
「《フェンリス》が任務を終えて去る日までに、結論をお出しください。その日を、瓦礫の整理から始める必要がないことを、私どもは心から望んでおります」
会合が終わり、使節団が退室すると、王宮の空気は一気に重く沈んだ。高官たちは遅れて事態の深刻さを理解し始める。帝国製品の強制購入、国内産業よりも低価格での流通──その条件がもたらす影響の大きさに、誰もが言葉を失った。
「我々は、完全に操られようとしているのではないか?」と、一人の高官が声を震わせた。
「いや、それだけでは済まない」と別の高官が続く。「経済だけでなく、主権そのものを奪われる。こんな条約を受け入れれば、国内産業は半年で崩壊し、帝国の言いなりになるしかない」
アリアも強く唇を噛みしめた。
「狙いは明白よ。これは始まりにすぎない。ここで譲歩すれば、次はもっと深く踏み込んでくる」
サーラは頷きながらも、胸の奥に別の不安が広がっていくのを感じていた。帝国の強硬姿勢は想定内だった。だが、真の問題はその先にあった。
数日後、その不安は現実となる。帝国に続き、ルルヴィナ王国をはじめとする周辺諸国の使節団が相次いで到着し、同様の不平等条約を突きつけてきたのだ。彼らはいずれも帝国の威光を背に、自国の利益を押し付けてくる。
──包囲されている。
サーラはそう実感した。このままでは、王国は外から少しずつ締め上げられ、独立を失っていく。
この状況を打破しなければならない。
その決意だけが、彼女を辛うじて前に立たせていた。
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