2-1-5 女王代理の重責
エグバート先生の予想は的中した。
帝国側の動きは早く、使節団が王宮を訪れ、会合を求めてきたという報告がもたらされた。サーラは驚きを覚えつつも、冷静に対処しなければならないと自らに言い聞かせた。
しかし内心では、不安が静かに膨らんでいた。女王も他の女王候補者も不在の今、この外交問題に向き合う者が誰かは明白だった。正式な女王ではないにもかかわらず、彼女は王国を代表して矢面に立たされることになったのだ。
逃げ道はあった。それでも、サーラはそこに立つことを選んだ。
「急いで支度をしなくては……」
サーラは王宮の廊下を早足で進みながら、頭の中で思考を巡らせていた。帝国からの使節団が、単なる友好訪問であるはずがない。エグバート先生の警告を思い返せば、彼らが何らかの条件を携え、それが武力を背景にした強圧的なものであることは想像に難くなかった。
そのとき、肩に軽く手が置かれた。「サーラ、私も一緒に行くわ」アリアの声だった。姉は冷静な眼差しで彼女を見つめ、共に立つ覚悟を無言のうちに示していた。
「アリア……でも、これは私が王国を代表して出なければならない……」サーラは戸惑いを隠せなかった。自分がまだ若く、経験も浅いことは分かっている。それでも、この責任だけは誰かに委ねることはできないと思っていた。
「だからこそ、私も必要なのよ」アリアは毅然と答えた。「あなた一人に背負わせるつもりはないわ。帝国がどんな手を使ってくるか分からないもの。私も、戦う準備はできている」
その言葉に、サーラの胸に安堵が広がった。アリアは常に彼女を支え、ときに厳しく、ときに優しく導いてくれる存在だ。今この状況で、彼女がそばにいてくれることは、何より心強かった。
「ありがとう、アリア。でも……何があっても冷静でいてね。彼らは、私たちの一瞬の動揺も見逃さないはずだから」
アリアは静かに頷いた。「分かってるわ。相手のペースに巻き込まれないことが大事ね」
二人は貴賓室へと向かった。普段は重要な外交会議や高位貴族との面談に使われる、豪奢な空間だ。壁には精緻なタペストリーが掛けられ、天井のシャンデリアが柔らかな光を落としている。だが今日は、その美しさがどこか冷たく、無機質に感じられた。これから始まるのは、外交という名の戦場だった。
サーラが貴賓室の扉を開けると、すでに使節団は到着していた。洗練された制服を纏った帝国の使節たちが堂々と並び、その背後には数名の護衛兵が控えている。室内は緊張感に満ちていたが、彼らはあくまで礼儀正しく、敵意を巧みに覆い隠しているように見えた。差し込む柔らかな光が、彼らの鋭い眼差しを際立たせている。
サーラは深く息を吸い、背筋を伸ばして部屋の中央へ進んだ。自分が女王代理としてここに立っている──その事実を、心の中で強く刻みつける必要があった。同時に、この場の重圧が肩にのしかかってくるのも感じていた。彼らは王国の未来を左右する交渉を携えている。わずかな失策が、取り返しのつかない結果を招きかねない。
使節団の中から、リーダーと思しき男がにこやかな表情で一歩前に出た。口角を上げたまま、友好的な態度を崩さずに軽く頭を下げる。
「お会いできて光栄です。女王代理としてお迎えいただき、心より感謝いたします。我々は、貴国と我が帝国の未来のために参りました」
サーラは一瞬、胸の奥がざわめくのを感じたが、すぐに表情を引き締めた。その言葉には、この場をすでに掌中に収めているかのような余裕が滲んでいる。だが、感情を表に出すわけにはいかない。
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」
サーラは穏やかな微笑みを浮かべて応じた。その裏で、緊張は限界まで張り詰めている。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
その問いに、使節団の男は軽く頷き、背後の一人に目配せをした。背の高い屈強な男が前へ進み出て、短く一礼する。
「我が名はリヒャルト・ドラグナー。帝国軍にて前線指揮官を務めております」
低くかすれた声には、揺るぎない威圧感があった。彼が動くたび、背後の兵士たちも無言で従う。その振る舞いから、この男が単なる使節ではなく、数多の戦場をくぐり抜けてきた存在であることは明らかだった。
リヒャルトが一歩下がると、先ほどの男が再び前に出て、穏やかな口調で名乗った。
「エドリック・スコルニアと申します。我が帝国の外交官であり、この度の交渉において全権を預かっております」
柔らかな笑みとは裏腹に、その視線は冷徹だった。まるでこの場の全てを見通し、支配しているかのような目。彼が何を企んでいるのかは分からない。それでもサーラは、この男が極めて危険な存在であることを、本能的に理解していた。
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