2-1-4 先生の特別講義
サーラはリアナと共に、エグバート先生の研究室を訪れていた。「処女の書」が再び眠りについてしまった件を相談するためだった。伝説のデバイスの力を引き出すには、何か特定の条件が必要なのか。それとも、別の要因があるのか。サーラには、まったく見当がつかなかった。
研究室に足を踏み入れると、エグバート先生は書物に囲まれた机の向こうで、深く思案に沈んでいる様子だった。リアナが「先生、本日はお時間をいただきありがとうございます」と頭を下げると、彼はゆっくりと顔を上げ、二人を見た。
「さて、サーラ、リアナ。何か困りごとのようだね」とエグバート先生は穏やかに尋ねた。
サーラは一歩前に出て、「処女の書が、また眠ってしまって……。どうしてこうなるのか、理由がわからなくて」と、少し戸惑いながら説明した。
話を聞き終えると、エグバート先生は一瞬黙り込み、眉をひそめた。「ふむ……伝説のデバイス、か。通常の魔法道具であれば、多少の助言もできるのだがね。しかし、伝説のデバイスとなると話は別だ。あれらは一般的な原理では動かないし、未だ解明されていない謎も多い」と、彼はどこか申し訳なさそうに言った。
「じゃあ……私たちには、どうすることもできないんでしょうか?」サーラが不安をにじませて問いかける。
「現状では、そう言わざるを得ない。デバイスが眠っている間は、おそらく使用はできないだろう。ただし、伝説のデバイスは、持ち主に何らかの試練を課すとも伝えられている。その試練を乗り越えるか、あるいは自ら目を覚ますのを待つしかないのかもしれない」と、エグバート先生は静かに答えた。
少し間を置いて、リアナが口を開く。「先生。伝説のデバイスについては一旦置くとして、帝国の航空兵器について、詳しく教えていただけますか。私たちも、備えを進める必要があると思っています」
エグバート先生は頷き、背もたれに身を預けるようにして話し始めた。「帝国の航空兵器、だね。彼らは非常に特殊な戦略を取っている。まず、帝国の魔法使いたちは、一人一人の能力は決して突出して高いわけではない」
サーラは思わず身を乗り出した。
「だが、彼らには明確な強みがある。それは数だ。帝国は多数の魔法使いを動員し、魔法を労働力の一部として扱っている。大量の魔法使いを育成し、工場や兵器の生産に従事させているのだ」
「魔法使いが……工業に使われているなんて……」サーラは驚きを隠せなかった。
「そうだ。飛空艇や魔法兵器は、そうした魔法使いたちを集団で運用することで作り上げられている。一人一人の力は平均的でも、数が揃えば圧倒的な力になる。そして、それを支えているのが重工業だ。帝国の飛空艇は、そうした体制の結晶と言っていい」
リアナは真剣な表情で尋ねた。「王国も、同じことをするべきなのでしょうか?」
エグバート先生は小さく微笑み、首を振った。「それは難しいだろう。王国の魔法教育は、少数精鋭を育てることに重点を置いている。優秀な魔法使いを効率よく育てる反面、大量育成には向いていない。仮に同じことをしようとしても、莫大な魔力コストと長い開発期間が必要になる。帝国は数世代をかけて、この体制を築いてきた。今さら王国が真似をするのは、現実的とは言えない」
サーラは黙って話を聞きながら、胸の奥が重く沈んでいくのを感じていた。帝国の飛空艇や兵器に対抗する術が見えないだけでなく、王国が今の体制のまま戦うこと自体が困難なのだという現実が、はっきりと突きつけられていた。
リアナも考え込んだまま沈黙し、研究室にはしばらく静けさが漂った。やがて、サーラが恐る恐る口を開く。
「でも……帝国は、どうしてまだ大きな攻撃を仕掛けてこないんでしょうか?」
その問いに、エグバート先生は少し考え込み、低い声で答えた。「考えられる理由は二つある。ひとつは、王国に不利な不平等条約を結ぼうとしている可能性だ。戦争をせずとも、経済や政治を通じて王国を支配できる」
「……もう一つは?」リアナが促す。
「次期女王を操作しようとしているのかもしれない。帝国の影響下にある者を女王の座に据え、間接的に王国をコントロールする。その方が、長期的にはより有利だからね」
サーラは、その言葉に背筋が冷たくなるのを感じた。「そんな……」
「実際、帝国内にも、王国との直接衝突を避けたい勢力は存在する。だからこそ、今は大きな動きがないのだろう。しかし、それは決して油断していい状況ではない。彼らは、ただ時を待っているだけだ」と、エグバート先生は静かに締めくくった。
リアナは無言で頷き、サーラもまた、その重い現実を胸に刻んでいた。伝説のデバイスに頼るだけでは、何も解決しない──そう思い知らされた二人は、エグバート先生に礼を述べ、研究室を後にした。
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