2-1-3 揺れる王宮
pサーラは「北方の帝国が攻めてきた」という言葉に動揺しながらも、胸の奥で一つの思いを強くしていた。
──何とかして、この戦争を止めなければならない。
けれど、それが自分一人で成し遂げられることではないのも、痛いほど分かっている。
今、頼るべき相手は一人しかいなかった。長女のアリアだ。
「アリア、お願い。王宮に一緒に行ってくれない?
今、私たちにできることが何か、話を聞きたいの」
サーラの真剣な眼差しを受け、アリアはしばらく黙り込んだ。
やがて、短く息を吐き、ゆっくりと頷く。
「……わかった。でも、あまり期待しないで。王宮は今、混乱の真っ只中よ」
二人は王宮へと足を運んだ。
門をくぐった瞬間、内部の空気が外とはまるで違うことが、はっきりと分かった。
噂以上に、王宮は騒然としていた。
廊下を行き交う官僚たちは慌ただしく、誰もが早足で、顔には疲労と不安が滲んでいる。
いくつもの部屋から、扉越しに険しい声が漏れ聞こえ、急ごしらえの会議がいくつも行われているのが分かった。
サーラは、その光景に言葉を失った。
王国の中枢が、ここまで追い詰められているとは思っていなかったのだ。
「……思った以上に深刻ね」
アリアは周囲を冷静に観察しながら、低く呟いた。
「アリア、どうして……こんなことに……?」
サーラの問いに、アリアは少しだけ視線を伏せる。
「この国は、昔から魔法使いに頼りすぎてきたの。新しい技術や仕組みを取り入れるより、古い伝統を守ることを選び続けた。その歪みが、今になって一気に表に出ただけよ」
「でも……王国が輸出していた魔力コアが、軍備に使われていたなんて……」
「王宮も企業連合も、目先の利益を優先して、長期的な危険を見ようとしなかった。その結果がこれ。今さら慌てても、もう遅いわ」
アリアの言葉は冷静だったが、その奥には苛立ちが滲んでいた。
二人は王宮の奥へ進み、高官たちの会議室の前に辿り着く。
中では激しい議論が交わされていた。
会議は大きく二つの派閥に分かれているようだった。
帝国の飛空艇を武力で撃退すべきだと主張する強硬派。
一方で、全面衝突を避け、和平を模索すべきだと訴える保守派。
だが、互いの主張は噛み合わず、議論は同じところを行き来するばかりだ。
会議室の外でその様子を聞きながら、サーラは唇を噛んだ。
「……これじゃ、何も決まらない……」
「この国は、変わることを先延ばしにしてきた。そのツケが、今ここに来ているのよ」
アリアは小さくため息をつく。
「彼らが本気で決断を下すまで、私たちにできることは限られているわ」
分かってはいた。
それでも、サーラの胸には苛立ちが積もっていく。
やがて会議室に通されると、高官たちの声がはっきりと耳に入ってきた。
「女王選定戦の候補者たちを前線に投入すべきだ。彼女たちが持つ伝説のデバイスは、敵の飛空艇に対抗するために必要不可欠だ」
その言葉を聞いた瞬間、サーラの心臓が強く脈打つ。
──利用するつもりなの?
アリアの表情も、瞬時に険しさを増した。
「何を考えているの!彼女たちはただの子供よ!
特攻だなんて、そんな無謀な──」
前に出ようとするアリアの腕を、サーラが咄嗟に掴んだ。
「アリア、待って。……今は、話を聞こう。何か手がかりがあるかもしれない」
必死な声に、アリアは一瞬だけ目を閉じ、深呼吸してから頷いた。
会議では、別の高官が苦々しく言う。
「問題は、候補者たちの所在だ。伝説のデバイスを持つ者たちが、今どこにいるのか……我々は把握できていない」
その言葉に、室内の空気がさらに重くなる。
デバイスの力ばかりが語られ、その持ち主の安否には、ほとんど触れられない。
アリアは唇を噛み、低く呟いた。
「……どうして、命の重さを考えないのかしら」
サーラは、その横顔を見つめながら、胸の奥に広がる無力感を噛みしめていた。
王宮の無策と無責任が、静かに人を追い詰めている。
次に二人が向かったのは、情報統制を管理する部門だった。
北方帝国──グリムロスの飛空艇が領空に侵入した初日、王宮の魔法配信はその映像を流し、国中を騒然とさせた。
だが翌日から、報道はぱたりと途絶え、人々は何も知らされないまま、不安だけを抱えている。
「……国民には、真実を伝えるべきだと思う」
サーラはアリアに訴えた。
「情報を隠しても、混乱を先延ばしにするだけじゃない?」
「理想論ね」
アリアは首を横に振る。
「情報が公開されれば、今度は制御できないパニックが起きる。王宮は……自分たちの混乱を隠すためにも、統制を選んでいるのかもしれない」
サーラは唇を噛んだ。
正しいと分かっていることが、必ずしも選ばれない現実。
結局、彼女たちは、明確な答えを得られないまま、王宮を後にすることになった。
ただ一つ確かなのは、
このまま待つだけでは何も変わらない、ということだけだった。
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