2-1-2 黒船来航
「……外国が攻めてきたの。もう、選定戦どころじゃない……」
リアナの声は、ひどく低く、重かった。
その一言が、胸の奥に冷たい杭を打ち込むように、サーラの心を貫く。
「……嘘でしょう?」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
リアナの顔を見つめる。冗談を言っている表情ではない。いつも穏やかな次女の瞳が、はっきりとした現実を映していた。
「本当よ」
リアナは小さく息を吸い、続ける。
「アリアから聞いたわ。数日前、北方から大型の黒い飛空艇が、この国の領空に侵入したの。今まで見たこともない規模の……軍事用よ」
「軍事……?」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
選定戦、伝説のデバイス、候補者たちとの競争──サーラの頭の中は、まだその延長線にあったのだ。
「今は、領空で威嚇するように留まっているだけ。でも……」
リアナの言葉を引き継ぐように、アリアが口を開く。長女は腕を組み、眉間に深い皺を刻んでいた。
「あれが本格的に動き出したら、王宮も黙ってはいられない。もう外交でどうにかなる段階じゃないわ」
アリアは視線を落とし、苛立ちを隠そうともせず続ける。
「初日は、王宮の魔法配信でも“黒船来航”なんて大げさな映像を流してた。でも次の日からは完全に情報統制。表向きは平穏を装っているけど、内部は大混乱よ」
「どうして……そんな」
「国外に輸出していた魔力コアが、軍事転用されていたの。しかも大規模に。まさか、こんな形で牙を向けられるなんて……王宮も企業連合も、今さら慌ててる」
サーラは、両手で頭を抱えた。
胸の奥がざわざわと騒ぎ、息が詰まる。
「そんなの……選定戦も、何もかも台無しじゃない……」
声に出した瞬間、それが現実になる気がして、唇を噛む。
そのときだった。
──ざわり。
窓の外から、今までとは違うざわめきが届いた。
遠くで、街全体が息を潜めるような、不穏な気配。
「……ねえ、外……何か起きてる?」
シェリーが不安そうに呟く。
サーラとアリアは顔を見合わせ、ほとんど同時に立ち上がった。
サーラは窓へ駆け寄り、外を見下ろす。
冬の空は、いつも通り鈍く曇っていた。
だが次の瞬間──
空を裂くように、白い光が走った。
「……っ!」
一瞬、流れ星のようにも見えた光は、地平線の向こうへ消え──
遅れて、巨大なキノコ雲が、ゆっくりと立ち上がる。
「……なに、あれ……」
シェリーの声は、震えていた。
数拍遅れて、腹の底を揺さぶる爆音が届く。
窓ガラスがびり、と小さく震え、部屋の空気が一変した。
「……爆発……?」
サーラは、信じられない思いで呟く。
アリアは、唇を強く結び、視線を逸らさなかった。
「……これで、確定ね」
その声は、ひどく静かだった。
「もう、私たちは“平穏な日常”には戻れない」
リアナは無言で窓の外を見つめ、シェリーは怯えたようにサーラの袖を掴む。
部屋の片隅で、黒猫ネフィリスだけが、何も言わず、ただその光景を見据えていた。
重たい沈黙が、ゆっくりと降り積もる。
選定戦。
未来。
夢見ていた変革。
それらが、遠くで立ち上る煙の向こうへ、押し流されていく。
サーラは、拳を握りしめた。
震えは止まらない。
それでも──
「……何とかしなきゃ……」
遠雷のような余韻が街に残る中、サーラは静かに息を整えた。
守られる側でいる時間は、もう終わったのだと、自然に理解していた。
何が起ころうと、ただ待つつもりはない。
その小さな決意は、確かに次の一歩へと形を変えつつあった。
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