2-3-5 心の交流
サーラたちは村での日々を過ごしながら、少しずつ現地の暮らしに溶け込んでいった。
言葉の壁は完全には越えられないものの、挨拶や仕草、何気ない表情のやり取りを通じて、日常の中で徐々に距離が縮まっていく。レイラやティアリサ、ナジーヤもそれぞれ手を貸し、必要な場面では自然と間に入ってくれた。
朝早く、サーラとレイラは市場を訪れた。
村の中心に広がる市場は、色鮮やかな野菜や果物が並び、朝の空気と相まって活気に満ちている。
サーラは籠から一つリンゴを手に取り、「これ、いくら?」と、覚えたばかりの言葉を頼りにぎこちなく尋ねた。
老人の店主はにっこりと笑い、ゆっくりと値段を告げる。だが、サーラには半分も理解できない。それでも彼女は手の中のコインを見比べ、「これで足りる?」と不安そうに差し出した。
店主は首を横に振ると、お釣りを丁寧に数えて手渡し、「大丈夫、大丈夫」と大きな身振りで伝える。
その様子を見ていたレイラは、サーラの肩を軽く叩いた。
「ほら、ちゃんとできてるじゃない」
「……ほんとに?」
サーラが確認するように尋ねると、レイラは小さく笑った。
「取引は慣れよ。今のは合格点ね」
サーラは胸をなでおろしながら、ふと苦笑した。
こういう細々したことは、いつも長女のアリアが先にやってくれていたのだ。
計算や作戦を立てることなら迷いはない。
魔法式を組み立てるのも、戦場で判断を下すのも得意だった。
それなのに、たった一つの買い物で、こんなにも緊張してしまう。
(末っ子だからって、色々甘えてたんだな)
その午後、村の子どもたちが彼女たちを見つけると、遠慮もなく駆け寄ってきた。
「かくれんぼしよう!」
元気な声に引きずられるように、ナジーヤとティアリサも巻き込まれ、いつの間にか遊びが始まる。
サーラは木陰に身を潜めたつもりだったが、すぐに見つかってしまった。
「見つけたー!」
子どもたちの歓声に、サーラは悔しそうに口を尖らせる。
「もう少し慎重に隠れなさいよ」
ティアリサが茶化すと、サーラは苦笑いを浮かべた。
「だって、子どもたち、目がいいんだもん」
「次はもっと上手くやるわよ!」
ナジーヤが自信たっぷりに言い、再び笑い声が村に響いた。
夕方になると、村人たちは焚き火の周りで夕食の準備を始めた。
サーラは料理の手伝いを申し出たものの、慣れない手つきで野菜を切ろうとして悪戦苦闘する。
「こうよ、こうやって握るの」
村の女性がそっと手を添え、包丁の使い方を教えてくれる。
「ふむ……こう?」
サーラが慎重に包丁を握り直し、ゆっくりと刃を入れると、女性は満足そうに頷いた。
包丁を握るサーラの手元は、どうしてもぎこちない。
指先に力を入れる角度ひとつで、こんなにも感覚が違うのかと戸惑う。
(リアナはいつも、簡単そうにやってたけど)
料理番の次女は、調理器具と魔法を器用に使いこなし、サーラはいつも、その後ろで「すごいな」と感心している側だった。
「サーラ、意外と筋がいいじゃない」
ティアリサがからかうように言うと、サーラは少し誇らしげに微笑む。
「料理も、悪くないね」
「次は味見もお願いしようかしら?」
ナジーヤの冗談に、皆が笑い合った。
食後、焚き火のそばで村人たちが歌い始めた。
ティアリサは村の伝統歌をよく知っているらしく、サーラにも声をかける。
「ほら、あなたも歌ってみなさいよ」
「ちょっと、歌は得意じゃないんだけど……」
困惑するサーラに、ティアリサは優しく微笑んだ。
「いいから。私が一緒に歌ってあげるわ」
最初はぎこちなかったものの、次第にメロディーに身を委ね、サーラの声も楽しそうに弾み始める。
周囲の村人たちは笑顔で拍手を送り、焚き火の明かりが揺れた。
「やればできるじゃない」
ナジーヤに肩を叩かれ、サーラは照れくさそうに頭をかいた。
翌朝、サーラとレイラは厩舎を訪れ、動物の世話を手伝った。
「ほら、こうやって撫でてあげるのよ」
ティアリサが馬のたてがみを撫でて見せる。
「うん、わかった」
サーラが真似をして子牛を撫でると、動物たちも安心したように穏やかな表情を浮かべた。
「これ、意外と楽しいね」
「こういうの、意外とハマるわよ」
ナジーヤも頷く。
その日の夜、焚き火を囲みながら、彼女たちは一日の出来事を振り返った。
「今日のあなた、自然だったわね」
ティアリサの言葉に、サーラは少し照れながらも満足そうに笑った。
「みんなが優しくしてくれたおかげかな」
「明日も楽しくなりそうだね」
レイラがそう言うと、サーラは静かに頷いた。
焚き火の明かりに照らされる彼女たちの顔には、確かに少しずつ深まる絆の兆しが浮かんでいた。
ネフィリスは大きくのびをし、小さくため息をつく。
「おっと、僕が馴染んでるだって? まあ、悪い気はしないけどさ」
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