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2-3-4 山の恵み

山の空気はひんやりとして澄んでいた。

夜明けからしばらく経ち、木々の間を縫うように柔らかな光が差し込んでいる。鳥の声と、足元の落ち葉を踏む音だけが響く山道を、アリスティア、ヴァイ、そしてカリナは並んで進んでいた。


ヴァイとカリナは狩りを目的に同行していたが、先を行くアリスティアの足取りは驚くほど軽やかだった。険しいはずの山道を、まるで馴染みの庭を散歩するかのように進んでいく。


山道の脇に広がる草むらを前に、ヴァイは足を止めた。

木々の葉擦れの音も、土の匂いも、確かに自然のものだ。だが、どこか掴みどころがない。森に足を踏み入れたときに感じる、あの馴染んだ気配がここにはなかった。


「……王国の森とは、勝手が違うな」

ヴァイは低く呟き、視線を巡らせる。

「私の知ってる自然じゃない」


「気にしすぎじゃない?

あたしはガルダールに会えたら、それでいいや」

カリナが期待に満ちた声で言う。


二人の会話を背中で聞きながら、アリスティアはふっと小さく微笑んだ。そして歩みを緩め、軽く振り返る。


「私のこと、アリスと呼んでいいわ。そっちの方が楽でしょう?」


カリナはぱっと表情を明るくして、

「アリス、ね!」

と楽しそうに繰り返す。


ヴァイも肩の力を抜いたように笑い、

「じゃあ、アリスで」

と応じた。


だが、狩りへの期待を胸に抱いた二人とは裏腹に、アリスは道端で不意に立ち止まった。しゃがみ込むと、草むらに手を伸ばし、一株の植物を丁寧に引き抜き始める。


「……何をしてるんだ?」

ヴァイが訝しげに尋ねる。


「見ての通り、山菜採りよ」

アリスは引き抜いた葉についた土を軽く払いながら答えた。

「この山には食べられるものもたくさんあるけど、毒草も同じくらい多いの」


「狩りじゃなくて、山菜……?」

カリナが困惑した表情を浮かべる。


「魔法生物を狩るんじゃないのか?」

ヴァイもやや不満そうに言った。


「やめておいた方がいいわよ」

アリスは軽く笑って続ける。

「ここじゃ、そういう発想自体が歓迎されないの。もし狩ってるところを見られたら……魔法生物より先に、村人に囲まれるわね」


「袋叩き、って意味か?」

ヴァイが眉をひそめる。


アリスは肩をすくめた。

「少なくとも、友好的な顔は二度と向けてもらえないでしょうね。

……もっとも、魔法生物を狩ろうとしたところで、返り討ちに遭うのがオチ。無事に帰れたら幸運だと思いなさい」


二人は思わず顔を見合わせた。

この山が、見た目以上に危険な場所だということを、ようやく実感し始める。だが当のアリスは、そんな様子を気にも留めず、淡々と山菜採りを続けていた。


「この花、知ってる?」

アリスは白い小花を摘み取り、二人に見せる。

「微弱な毒があるの。でも論理魔法の知識があれば、睡眠薬や幻覚を見せる霧にも調合できる」


「毒まで作れるの?」

カリナが興味深そうに身を乗り出す。


「ええ。この山の植物だけで、色んな毒薬が作れるわ。もちろん──逆に解毒薬も、ね」


ヴァイとカリナが足元に生えていた小さなキノコへ手を伸ばしかけた、その瞬間。


「間違った知識で口にすると、命に関わるわよ」


鋭い声に、二人は慌てて手を引っ込める。

アリスはそのキノコを摘み取り、指先でくるくると回しながら淡々と説明を続けた。


「これなんか典型的ね。美味しそうに見えるけど、ほんの一口で身体が麻痺する。だから、気軽に触らないこと」


ヴァイとカリナは息を呑んだ。

山菜採りといえど、そこには見えない危険が確かに潜んでいる。それを理解すると同時に、新しい知識を吸収する高揚感と、未知の世界に触れる興奮もまた、胸に広がっていった。


「ガルダールには会えなくても……」

ヴァイが苦笑しながら言う。

「こういうのも、悪くないかもな」


カリナも大きくうなずき、

「次はどんな植物があるか、探してみよう!」

と楽しそうに声を上げた。


こうして三人は、狩りではなく山菜採りという形で、山の知識を深めていく。

いつか幻の魔法生物・ガルダールと出会えるかもしれないという期待を胸に抱きながら、彼女たちはさらに奥へと足を進めた。


──しかし、その楽しげな様子を、遠くから見つめる影があった。


茂みの奥に潜むその人物は、音もなく三人を観察している。アリスの手元で摘まれる植物へ視線を向けると、何かを確かめるように、わずかに頷いた。


影はしばらくその場に留まり、三人の行く先を見定める。

そして何事もなかったかのように、音もなく姿を消した。


何者かの思惑が、静かに彼女たちを取り巻き始めていた。


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