表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
56/78

2-3-3 翻訳魔法

ティアリサとナジーヤの案内で、サーラたちは村の外れにある素朴な家に宿を取った。

石造りの建物はひんやりとした空気をまとい、山岳地帯の厳しい気候に順応した、堅実な造りをしている。


室内に足を踏み入れると、外の風とは対照的に、静かで落ち着いた空間が広がっていた。

長旅の疲れが身体に残っていたが、一行は荷物を置くとすぐに気持ちを切り替え、謁見に向けた準備について話し合いを始める。


「ルルヴィナ王の側には通訳がいると思うけど、すべてを任せるわけにはいかないよね」


ヴァイは地図を広げながら、慎重な口調で言った。

サーラもその言葉に頷く。


「こちらの言葉がどう受け取られるか、正確に伝える必要がある。それが外交の基本だし、準備不足は危険だわ」


言語の壁は、思っていた以上に厚かった。

ティアリサとナジーヤの助けを借りれば、身振り手振りで最低限の意思疎通はできる。だが、同盟交渉のような繊細で複雑な話題を伝えるには、明らかに不十分だった。


そこで、サーラはひとつの決断を下す。


「……《処女の書》に頼りましょう」


そう言って、革表紙の古い書物を取り出す。


「この書が、私たちの通訳をしてくれるわ」


サーラは一度言葉を切り、手にした書を胸元へ引き寄せた。周囲の音が遠のいたように感じられ、彼女はそっと視線を落とす。


頁の奥から、かすかな囁きのような気配が伝わってくる──他の誰にも聞こえない、書の声に耳を澄ませるように。


頁を開くと、淡い光とともに文字が浮かび上がった。


「十分な情報があれば、言語を解析できるそうよ。会話を聞かせることで、少しずつ解読が進むみたい」


「それなら、他の村人たちとも話してみようよ」


レイラの提案に、サーラはすぐに頷いた。


「ええ。謁見までに、少しでも多くの言葉を吸収できれば、交渉もずっとやりやすくなるはず」


翌朝、サーラとレイラは「処女の書」を手に、再び村へと出た。

ティアリサとナジーヤの案内で、市場や集会所、畑仕事の現場など、村の日常が息づく場所を巡りながら、人々との会話を試みていく。


「これは、何?」


サーラが指差したのは、天日で乾燥させた植物の束だった。

ナジーヤは楽しそうに現地語で説明するが、意味は分からない。


それでも、《処女の書》は応じるように、頁の一部を微かに光らせ、その音と響きを記録していた。


サーラとレイラは身振りを交えながら質問を重ね、村人たちの言葉に耳を澄ます。

書はそれに合わせて頁を変化させ、短い単語や簡単な言い回しの意味が、少しずつ浮かび上がってきた。


ティアリサとナジーヤもその様子を興味深そうに眺め、ときおり助け舟を出してくれる。

二人は村の生活をよく知っており、村人たちからも自然と信頼を寄せられているようだった。


「こんなに親切にしてくれるなんて、少し意外ね」


レイラは微笑みながら言う。


「言葉は通じてないのに……不思議と、心は通じてる気がする」


サーラも同じ感覚を抱いていた。

交流を重ねるうちに、言葉そのもの以上に、相手の気持ちや温度が伝わってくる。そんな実感があった。


その日の午後、二人は村を見渡せる丘の上に腰を下ろし、《処女の書》の進捗を確認した。

書には、新たな単語や簡単な文章がいくつも記されており、今日一日の会話が確かな成果を生んでいることが分かる。


「少しずつだけど……確実に前に進んでるわ」


サーラは頁をなぞりながら、静かに言った。


「これなら、謁見のときも有利になるわね」


自信をのぞかせるレイラの言葉に、サーラも小さく微笑む。


そのとき、遠くからティアリサとナジーヤが手を振っているのが見えた。

村の少女らしい無邪気さと素朴な優しさを持った二人は、言葉が通じなくても、不思議と心を和ませてくれる存在だった。


ふと、サーラの脳裏に、祖国にいる友人の姿がよぎる。

幼馴染のシェリーも、こんなふうに笑いながら、何でもない日常を一緒に過ごしてくれていた。


「今頃、シェリーは何をしてるのかな……」


胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


「少しでも、あなたの笑顔を見たいよ」


感傷を振り払うように、サーラは目の前の新たな友人たちへと微笑み返した。

この出会いが、これから待ち受ける困難を乗り越える力になる──そんな確信が、静かに芽生えていた。


こうしてサーラたちは、村での滞在を通じて「処女の書」に多くの会話を聞かせ、ルルヴィナの言葉を理解するための準備を着実に進めていった。


ブクマでサーラたちの応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ