2-2-99 付録3 帝国の将軍たち
『夜の酒場での再会』
カールは、帝国の喧騒を忘れるために、いつものように街の小さな酒場へ足を運んだ。
派手さはないが、静かで心地よい空気が漂う、彼にとっては数少ない行きつけの場所だ。
木製のカウンターに腰を下ろすと、彼はバーテンダーにいつもの強い酒を頼む。
グラスが置かれ、冷たい酒が喉を通り抜ける。胸の奥に溜まっていた疲れが、少しだけ和らいだ。
そのとき、ふと奥の席に座る一人の女性が目に留まった。
「……ナディア?」
思わず声が漏れる。
彼女がこのような場所にいるなど、想像もしなかった。
ナディアは特殊部隊の指揮官として知られ、冷徹で無口、戦場以外ではほとんど人と関わらない人物だ。
そんな彼女が、ワインのグラスを片手に、一人静かに酒を飲んでいる。その姿は、普段の彼女からはあまりにかけ離れていた。
「お前も飲むのか?」
カールは軽く笑いながら声をかける。
ナディアは一瞬だけ視線を上げ、すぐにグラスへと戻した。
「酒ぐらい、誰でも飲むわ」
冷たい返答だったが、カールは気にせず、彼女の向かいの席に腰を下ろした。
「お前がこういう場所に来るなんて珍しいな。誰かと待ち合わせか?」
「ただの気まぐれよ」
感情をほとんど感じさせない声。
だがカールは、その奥にわずかな疲労が滲んでいることを見逃さなかった。
それは、自分自身にも覚えのある疲れだった。
「俺たちも、こうしてたまには人間らしく過ごさないとな」
ナディアは冷たい目で彼を見る。
「お前の言う人間らしさって、無駄話のこと?」
「まあ、そうかもしれないな」
カールは肩をすくめ、苦笑した。
「でも、悪くないだろ?」
ナディアは答えず、グラスを傾ける。
しばし沈黙が落ちたが、酒場に流れる穏やかな音楽と、周囲の小さな談笑が、その空白を埋めていた。
「……お前はどう思う?」
唐突に、ナディアが口を開いた。
「何をだ?」
「戦争のこと。この、終わりの見えない闘いに意味はあるのか?」
カールはすぐには答えなかった。
戦場では自信に満ちた言葉を並べる彼も、今は違う。
「意味があるかどうかなんて、考えたこともなかったな」
静かに言う。
「ただ、生き残ることが全てだと思ってた」
ナディアは、ほんのわずかに口元を緩めた。
それは珍しい、温かさを帯びた笑みだった。
「それも、一つの答えね」
それ以上、二人は多くを語らなかった。
ただ黙って酒を飲み続ける。
戦場で命を預け合う者同士にしか生まれない理解が、そこには確かにあった。
夜も更け、カールは最後の一杯を飲み干して立ち上がる。
「じゃあな。また戦場で会おう」
ナディアは何も言わず、ただ小さくうなずいた。
その姿を目に焼き付け、カールは夜の闇へと消えていった。
◇ ◇ ◇
『帝都の舞踏会』
帝国の宮殿で開かれた舞踏会は、きらびやかな衣装に身を包んだ貴族や軍人たちで賑わっていた。
音楽が高い天井に響き、人々の談笑が華やかな空気を作り出している。
その中で、カールは明らかに場違いだった。
戦場では堂々としている彼も、このような社交の場にはどうにも落ち着かない。
「お前がこんな場にいるとはな」
いつの間にか、隣にエドリックが立っていた。
外交官として場慣れしている彼は、余裕のある笑みを浮かべている。
「こういう場じゃ、剣よりも踊りの方が役に立つんだぞ」
茶化すように言い、ワインを一口飲む。
「踊りなんて柄じゃない」
カールは眉をひそめた。
「お前こそ、もっと重要な場所にいるべきじゃないのか?」
「ここも重要な場所さ。戦場と同じくらいにな」
エドリックは意味深に笑う。
そのとき、カールの視線がホールの端に向いた。
そこに立っていたのは、ナディアだった。
彼女はドレスではなく軍服姿で、周囲を静かに見回している。
その鋭い視線は、舞踏会を楽しむというより、完全に警戒態勢だった。
「お前も踊らないのか?」
近づいて声をかけると、ナディアは冷ややかに見返した。
「私が踊るとでも?」
「誰かが無礼者を監視していないといけないから」
後ろからエドリックが笑いながら口を挟む。
「それが君の愛情表現か?」
ナディアは一瞥をくれるだけで、再び視線をホールに戻した。
その態度に、カールはわずかに笑みを浮かべる。
「いつか、お前を踊らせてやる。覚えておけ」
返事はない。
ナディアは淡々と監視を続けていた。
「さて、俺はそろそろ消えるとするか」
カールは肩をすくめ、エドリックに言う。
「ここはお前の得意分野だろ?」
「まあな。だが、お前も少しは楽しんでいけよ」
カールは鼻で笑い、ホールの片隅へと歩き出した。
音楽と笑い声に満ちた空間の中で、彼の胸に、言葉にならない違和感が残る。
戦場では感じたことのない、漠然とした不安。
「俺には、こういう場所は似合わないな」
そう呟き、カールは帝都の夜へと姿を消した。
舞踏会の喧騒は、彼が去った後も変わらず続いていた。
音楽と笑い声の中で、カールはまた、自分の居場所を探し続けるのだろう。
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