2-2-23 ロキスヴェイン
ロキスヴェイン・フェルサンドは、生まれながらにして冷酷だったわけではない。
彼の人格は、あまりにも歪んだ家庭という舞台の上で、少しずつ、確実に形作られていった。
父は、冷酷無比な裁判官だった。
法と論理だけを武器に、被告を徹底的に追い詰める。その正論は逃げ道を許さず、人格と人生を解体するための刃でもあった。
ある裁判で、父は凶悪犯に向かって語り続けた。
罪を犯した理由も、環境も、感情も、すべてを否定し、ただ不要な人間と断じた。
被告は法廷で逆上し、暴走した。
解き放たれた風の魔法が裁判官席を切り裂き、父の身体を細かく刻んだ。
血に染まる法廷で、父は最期まで冷静だったという。
崩れ落ちながら、ただ一言つぶやいた。
「……ほら、理性を失ったな」
それが、彼の最期の判決だった。
ロキスヴェインはその顛末を聞き、裁かれる側に回ってなお自らの“正しさ”を手放さなかった父を、誇らしく思った。
母は舞台女優だった。だが売れることはなく、観客の視線だけを生きる糧としていた。
彼女にとって、子どもは観客ではなかった。ロキスヴェインが高熱にうなされていても、舞台に立つことを選んだ。
「拍手が鳴る限り、私は生きている」
その背中を見ながら、彼は学ぶ。人は愛ではなく、注目によって狂うのだと。
やがて母は精神を病み、舞台の上で死を選んだ。
最後の瞬間まで観客を求め、最も劇的な形で幕を下ろしたその姿は、幼いロキスヴェインの瞳に焼き付いた。
彼は舞台を満たす悲鳴とどよめきの中で、あれが母にとって生涯でただ一度、観客の視線を独占し、主役になれた瞬間だったのだと理解した。
法という暴力と、舞台という虚飾。
その両極端な世界で育った彼は、人の心を裁き、操り、観客として眺める術を身につけていく。
感情を切り捨て、論理を武器にし、なおかつ人の視線を支配する──
ロキスヴェイン・フェルサンドという男は、こうして完成した。
そして彼は知っている。
人は正しさよりも、演出された選択に弱いということを。
帝国の魔法最高顧問となってからも、ロキスヴェイン・フェルサンドの本質は変わらない。
感情を表に出すことはほとんどなく、常に物事を一段高い場所から俯瞰して見る。その姿勢こそが、彼を帝国随一の策士たらしめている。
彼の居室は、書物と古い魔法器具が整然と並ぶ、まさに知の殿堂だった。
壁一面の書棚の中央には巨大な魔法モニターが据えられ、魔法で編まれた鳥が王国から持ち帰った映像を映し出している。
今、画面に映っているのは──フレヤレイドの弾頭を迎撃する女王候補たちの姿だった。
飛翔する竜の背に乗り、彼女たちは息の合った連携を見せる。
双剣が推進部を切り離し、籠手が弾道を逸らし、腕輪が魔法汚染を封じ込める。
一連の動きに淀みはなく、まるで事前に組まれていたかのような完成度だった。
「悪くない……だが、予測の範囲内だ」
ロキスヴェインは感情のない声で独りごちる。
理想的な迎撃。合理的で、最適解に近い選択。
だからこそ、彼の口元には薄い笑みが浮かんでいた。
「全力で迎撃したか。それでいい」
成功したと脳が判断した瞬間に、人は最も判断を誤る。
机上の羽ペンを指先で軽く叩きながら、彼は次の局面を思い描く。
弾頭が空であったことに、彼女たちはすぐに気づく。だが、それで十分だった。
迎撃の手順は、すべて露わになった。
「この手順を一度見せてしまえば、次が本物かどうかで揺さぶられる」
その声には、冷酷な知略家としての確信が滲んでいる。
迎撃すべきか、見送るべきか。
判断を迫られるたびに迷いは蓄積し、戦力と精神は確実に削られていく。
躊躇が生まれる瞬間こそ、最も脆い。
ロキスヴェインは手帳を開き、王国側の戦力、女王候補たちの能力、迎撃の手順を淡々と書き留めていく。
ページの余白には、こう記されていた。
──次は本物にするか?
──それとも、偽物か?
彼はその問いを見つめ、静かに笑う。
疑念こそが、最も扱いやすい武器であることを、彼はよく知っていた。
「相手が合理的であるほど、策はよく効く」
呟きながら、彼は魔法モニターに映るサーラの姿へと視線を移す。
論理に基づき、最善を選び続ける少女。
複雑な状況下でも答えを導ける者──だが同時に、論理から外れる決断を最も苦手とする者。
「選択肢が多いほど、正しさは重荷になる」
奥の書棚から、鳥の形をした魔法式が静かに浮かび上がる。
命令を待つそれに、ロキスヴェインは指先で簡潔な指示を送った。
──虚偽の情報を流せ。
次のフレヤレイドが本物か偽物か、再び判断を迫れ。
「正しい手を選び続けても、勝てるとは限らない」
冷たい声が、静まり返った部屋に落ちる。
戦争とは力の衝突ではない。思考を縛り、選択を歪める戦いだ。
「次は、どんな答えを見せてくれる?」
ロキスヴェインはそう呟き、モニターに映るサーラから視線を離さなかった。
彼の頭の中では、すでに次の一手が完成していた。
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