2-2-22 迎撃成功の裏側
《双魚の鏡》が映し出したのは、“それ”が発射されるという未来だけだった。
着弾の正確な時刻までは読み取れず、断片的な映像と魔力の揺らぎが残されただけだ。魔法研究所はその映像を解析し、軌道と速度を割り出して、おおよその滞空時間と空域座標を弾き出す。結果は即座に王宮へ送られ、迎撃に備えて女王候補たちが動き出した。
迎撃チームのリーダーはミーナだった。
彼女は火竜アルカンティスに跨り、フィー、セレナ、ルナを乗せて示された空域へ急行する。だが、最終的に標的を捉えられるかどうかは、彼女たち自身の目で“それ”を見つけ出すしかなかった。
空は広く、静かすぎた。
アルカンティスが速度を上げ、迎撃ポイント付近を大きく旋回する。
「……まだなの?」
ミーナは前方を凝視したまま、唇を噛んだ。
この高度なら、アルカンティスの視界に入らないはずがない。それでも、空には何も映らない。
「かなり速いって話だけど……」
フィーが目を細め、双剣を握り直す。
「姿が見えないと、狙いようがないな」
雲の影が一瞬、地表を横切った。
セレナは反射的に息を呑む。
「……雲に紛れてたら、見逃すわ」
不安を押し殺すように、視線を左右へ走らせる。
その時、ルナが腕輪に視線を落とし、硬い声で告げた。
「時間、半分を切ったぞ」
その一言で、空気が変わる。
見つけなければ終わる──誰も口にしないまま、全員が同じ結論に辿り着いていた。
ミーナは胸の奥で、静かに歯を食いしばった。
失敗時の責任は、指揮を執る自分にある。
深く息を吸い、前を睨む。
「……もう一度、広く探す。絶対に、見逃さない」
その時、雲の切れ目を縫うように、視界の端で何かが瞬いた。
「黒い点……渡り鳥?いや、違う」
ミーナは思わず身を乗り出す。
その影は羽ばたいていない。それなのに、距離が異様な速さで縮まってくる。
空を飛んでいるのではない。突き進んでいる。
「速すぎる……」フィーが息を呑む。「あんなの、鳥の動きじゃない!」
次の瞬間、影は雲を突き破り、輪郭を露わにした。
圧倒的な速度と質量。
まさに国を滅ぼしかねない、帝国の脅威そのものだった。
セレナが声を震わせる。
「……来る。こっちに、まっすぐ」
ルナが短く叫んだ。
「残り時間はゼロ、ここで止めるしかない!」
アルカンティスは翼を打ち、進路を合わせる。
迫る影と並ぶように飛び、風切り音が一つに重なった。
速さの差が消え、距離だけが詰まっていく。
もはや追うのではなく、同じ流れの中に入った。
「今よ、フィー!準備はいい?」
ミーナの問いかけに、フィーは即座に応じる。
「いつでもいける!」
双児の双剣を強く握り、彼女は迫り来る弾頭を見据えた。
アルカンティスが急降下し、距離が一気に詰まる。
その瞬間、フィーは迷いなく《双児の双剣》を振り抜いた。
「いくよ──切り離せ、セレティス!」
彼女が双剣の一振りを空に放つと、それはまるで意思を持つかのように飛翔する。
そして手元に残った一振り──アマルテウスを振ると、離れた場所のセレティスも同じ軌跡を描く。
火花が散り、金属音が夜空に弾ける。
推進部と弾頭は切り離され、それぞれ異なる軌道を描いて飛び去っていった。
「セレナ、今よ!」
切り離された弾頭は、重力に引かれて地表へと落下を始める。
次の瞬間、セレナは《磨羯の籠手》を構え、その身を前へと躍らせた。
「ここで落ちたら──終わりよ!」
轟音とともに放たれた一撃が、空中の弾頭を強打する。
その衝撃で弾頭の軌道は大きく逸れ、王都を外れた無人地帯へと向きを変えた。
だが、まだ終わりではない。
弾頭内部には、魔法汚染という最悪の切り札が仕込まれている可能性があった。
「ルナ、最後は任せたわよ!」
ルナは即座に《巨蟹の腕輪》を掲げる。
「──このまま、封じ込める!」
腕輪の魔法が解放され、弾頭を包み込むように力場が展開される。
反射と収束の術式が重なり合い、残留するはずの汚染エネルギーを内側へと押し返していく。
膨大な魔力が閉じ込められ、暴発することなく制御されたかに見えた。
「よし、これで……」
フィーが安堵の息を漏らしかけた、その時だった。
「待て」
ルナの声が、鋭く空気を切り裂く。
「……反応が、ない」
腕輪の力が発動すれば、必ず返ってくるはずの感触がない。
反射された魔力の重みも、抵抗も、何一つとして。
「この弾頭……中身がない……」
思わず漏れた呟きに、全員が息を呑む。
「何だって?」
フィーが剣を握り直し、弾頭を凝視する。
「偽物だ……!」
ルナは確信を込めて言い切った。
「私たちを欺くための空砲。最初から、迎撃させるつもりだったんだ」
一瞬、場が凍りつく。
「敵は最初から……フレヤレイドへの対処法を探っていた」
セレナが、悔しさを滲ませて歯を噛みしめる。
「つまり」
フィーが低く続けた。
「迎撃の手順も、役割分担も……全部、見られたってことか」
「それだけじゃない」
ルナは表情を硬くしたまま、言葉を重ねる。
「次に飛んでくるフレヤレイドが、本物か偽物か私たちにはもう判断できない。疑心暗鬼に陥らせるのが、敵の本当の狙いだ」
ミーナは唇を噛んだ。
帝国は、彼女たちの切り札をすべて見届けた上で、次の一手を用意するだろう。
そして次こそは本物が来るかもしれない。
「どうする、ミーナ?」
フィーの問いに、ミーナは一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「戻るわ」
声は冷静だった。
「でも、これからは今まで以上に警戒する。もう二度と、敵に隙は見せられない」
アルカンティスの翼が夜を裂き、王都へと向かって加速する。
敵の本当の攻撃が、いつ来るのかは分からない。
戦いは、まだ終わっていなかった。
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