表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/78

2-2-19 無慈悲な勅命

「フレヤレイドを使え」


皇帝ルキウス・ヴァルトラのその一言を聞いた瞬間、総司令ヴォルフガング・アイゼンバルトは、思わず耳を疑った。

フレヤレイド──それは魔法の法則そのものを狂わせ、土地を永遠の死地へと変える戦略兵器だ。汚染された地域には、何百年、場合によっては何千年もの間、誰ひとりとして住むことができない。


その兵器を南の王国に撃ち込めという命令は、領地を占領し、支配を広げるという帝国の戦略から明確に逸脱していた。それはもはや征服ではなく、ただの破壊に等しい。


「陛下……本気でお考えなのですか?」


ヴォルフガングは慎重に言葉を選びながら問いかけた。


「王国を完全な死の地にしてしまえば、占領地としての価値も失われます。どうか、ご再考を──」


だが、ルキウスは無表情のまま椅子に深くもたれ、冷ややかに言い放った。


「失態続きの総司令に、余の判断を正す資格があるのか?」


その言葉に、ヴォルフガングは口をつぐんだ。

確かに戦争の序盤、彼の軍は王国軍の抵抗を過小評価し、いくつもの重要拠点を取り逃がしている。加えて、帝国の特殊部隊が潜入作戦中に捕縛されるという、不名誉な失敗まで重なった。その責任を問われる立場にある彼には、ここで強く反論する余地はなかった。


そこへ歩み出たのが、帝国魔法最高顧問、ロキスヴェイン・フェルサンドだった。


「陛下のご決断は、きわめて合理的です」


ロキスヴェインは自信に満ちた口調で続ける。


「フレヤレイドの威力を一度でも目の当たりにさせれば、王国は恐怖に屈し、戦う意志そのものを失うでしょう。言葉や威圧だけでは、真の恐怖は伝わりません」


ヴォルフガングは、思わず眉をひそめた。

ロキスヴェインの言葉は理路整然としており、一見すればもっともらしい。だが、その裏に潜む意図を、彼は敏感に感じ取っていた。


──彼は、本当に帝国の勝利を考えているのか?

それとも、自らが開発した兵器の“試し撃ち”を望んでいるだけなのではないか。


実戦での使用実績を得るため、戦場そのものを実験場にしようとしているのではないか。

そんな疑念が、胸の奥で渦を巻く。


だが、その疑いを口にすることはできなかった。

ルキウスはロキスヴェインを深く信頼している。彼が皇帝の信任を得ている理由は、卓越した魔法の才能だけではない。皇帝の意思を、感情を排した形で代弁できる冷徹さ──それこそが、彼の最大の価値だった。


ロキスヴェインを否定することは、すなわち皇帝の決断を否定することに等しい。


「王国に潜入させた工作員たちが、まだ戻っていません」


ヴォルフガングは最後の望みを託すように進言した。


「彼らに帰還命令を出しますので、それまで──」


ルキウスは、わずかに手を振った。


「捨ておけ」


その一言で、すべてが切り捨てられた。


捨ておけ。

ヴォルフガングの胸が、強く締めつけられる。帝国のために命を懸けて働いてきた者たちを、こうも簡単に見捨てるのか。そこにあったのは冷静な判断ではなく、駒を使い捨てることへの嫌悪だった。


だが、皇帝の言葉に逆らうことは許されない。

ルキウスは、目的のためなら手段を選ばない。戦争に勝つためであれば、フレヤレイドの使用すら躊躇しない男だ。そこに倫理や情が入り込む余地は、最初から存在していなかった。


ヴォルフガングは無言のまま立ち尽くした。

帝国への忠誠か、それとも戦場に立つ兵士たち、そして自らの誇りか──二つの相反する感情が、激しく胸の内でぶつかり合う。


フレヤレイドの使用が決定された今、自分は何を選ぶべきなのか。

命令に従えば、この戦争は確実に終わるだろう。だが、それは勝利という名の破壊であり、帝国が手にするのは焼け野原だけだ。


ふと、彼は兵士として最初に教え込まれた言葉を思い出した。

「武力の行使は支配のためであって、破壊のためではない」


だが今、目の前にある命令は、その原則を完全に踏みにじっていた。


ヴォルフガングは深く息を吸い込み、胸の奥に渦巻く焦燥を押し殺す。

ここで異を唱えることはできない。だが、内心では確かな決意が芽生えていた。


もし、皇帝が本当にフレヤレイドを使おうとする瞬間が来たなら──

自分にできる限りのことをする。たとえ、その先に待つ結末がどのようなものであったとしても。


「ご命令通りに、準備を進めます」


そう告げたヴォルフガングの顔には、彼の内心とは裏腹に、忠実なる帝国軍人としての仮面が、静かに貼り付いていた。


ブクマでサーラたちの応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ