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2-2-13 妨害魔法

朝の柔らかな光が病院の廊下に差し込むころ、レイラは足早にスタッフルームを訪れた。

白衣姿の看護師たちが慌ただしく行き交い、カルテを抱えたまま立ち話をしている。その中の一人に、レイラは声をかけた。


「すみません、マリアはどこにいますか?今朝も出勤しているはずですよね?」


名前を聞いた看護師は、手を止めて首をかしげる。

その表情に、わずかな違和感が走った。


「マリア?いえ、今日は来ていないわよ。連絡もなかったし……体調でも崩したのかしら」


その言葉に、レイラは一瞬、返す言葉を失った。

胸の奥が、ひやりと冷える。


マリアが無断で欠勤する──そんなことは、これまで一度もなかった。

几帳面で、約束を破ることを嫌う彼女の姿が脳裏に浮かび、不安がじわじわと広がっていく。


「……そうですか。ありがとうございます」


ぎこちなく礼を述べ、レイラはその場を離れた。

歩きながらも、胸の内に渦巻くざわめきは消えない。だが、それが何を意味するのか、今はまだ掴めなかった。


—-


同じ頃、病院地下に設けられた魔力供給室では、別の準備が静かに進められていた。


「さて……そろそろ潮時か」


低く呟き、マリアは魔法薬の入った小瓶を一本、ためらいなく飲み干す。

鏡の中で、茶色の髪と黒い瞳がゆっくりと色を失い、金髪と碧眼へと戻っていく。


柔らかな表情も、控えめな身振りも、鏡の向こうから静かに消えていった。

そこに立っていたのは、帝国の諜報員ライザその人だった。


「マリア」の姿で過ごした数カ月間。

王国に溶け込み、集めた情報は十分すぎるほどだった。


女王候補は十二人。

それぞれが伝説級の魔法デバイスを持ち、帝国の巨大兵器──フェンリス、ヘルダルを撃破した具体的な手順まで把握している。


(持ち帰るべきものは、すべて揃った)


残る用事は、ただ一つ。

地下牢に捕らえられている、かつての同僚ヴァシリーの意思確認だ。


救出は任務の主目的ではない。

本来なら、ここで足を止める理由はどこにもなかった。


それでもライザは、地下へ向かう判断を下していた。


(見捨てるのが合理的だけど……確認したいことがある)


ライザは静かに息を整え、論理魔法を展開した。

干渉対象は、施設全体を覆う魔法制御網──人の手では把握しきれない、複雑に絡み合った魔力の神経系だ。


「……混乱は、得意分野よ」


その言葉を合図に、論理構造が一斉に書き換えられる。

次の瞬間、不可視の衝撃が波となって走った。


高周波の干渉魔力が施設を貫き、魔力の流れが一斉に乱れる。

制御式は暴走し、補助魔法は自壊、精密機器に組み込まれた術式が次々と沈黙した。


診察室を守っていた結界は悲鳴を上げるように崩れ落ち、回復室の魔法照明は同時に消灯。

一瞬で、病院全体が「魔法の使えない空間」へと変貌する。


廊下の奥から、悲鳴、怒号、混乱した指示が重なって押し寄せてきた。

誰も原因を理解できず、誰も復旧の手段を持たない。


それは攻撃ではなく、機能の死だった。


ライザは背後で広がる混沌を一瞥することなく、

すでに地下牢へと続く通路へ足を向けていた。


それから間も無く、魔力供給の断絶は同エリア内の地下牢にも及び、拘束用の魔法ロックが音を立てて解除された。

鉄格子がきしみながら開く。


「ようやく出られたか……」


ヴァシリーはゆっくりと牢の外に出る。

ライザの姿を認めると、彼は皮肉めいた笑みを浮かべるが、その目は妙に穏やかだ。


「まさか、本当に来るとはな。助けを求める気はなかったが……会えて嬉しいよ」


身構えるより先に肩の力を抜くその仕草は、かつて帝国で見せていた警戒心の塊のような態度とは、どこか違っている。


「……帝国に戻る気があるなら、今が最後の機会よ」


感情のない声音で告げる。

ヴァシリーは短く考え込み、やがて肩をすくめた。


「答えは決まってる。行こう」


二人は混乱の隙を縫い、教団施設を離脱する準備を進めていった。


—-


一方その頃、レイラは外部との魔法通信を何度も試みていた。

だが、返ってくるのは沈黙だけだ。


胸騒ぎを抑え、彼女は緊急時対応の手順を思い出しながらロビーへと駆け出す。

そこはすでに混乱の渦中にあった。


魔法機器の停止により処置は中断され、患者とスタッフが入り乱れている。


「……こんな時に、マリアがいてくれたら……」


思わず零れた言葉に、レイラは小さく首を振った。

誰かを待つ余裕はない。今、動けるのは自分だ。


「『ヒュドラリウム』は……使えるみたい」


《宝瓶の壺》に宿る魔力を確かめ、レイラは深く息を吸う。


「私がやるしかないわ」


彼女は混乱の中心へと踏み込み、的確に指示を飛ばし始めた。


「私が補助します。魔法が戻るまで、手作業で持ちこたえましょう。

ここにいる全員で、この場を守る。いいですね?」


その言葉に、スタッフたちは無言でうなずいた。


魔法が制限される状況下でも、その落ち着いた声と判断は、周囲にわずかな秩序と希望を取り戻していく。


ブクマでサーラたちの応援をお願いします!

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