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2-2-12 任務完了

ライザが扮する「マリア」としての任務は、驚くほど順調だった。

お人好しで、誰にでも分け隔てなく心を開くレイラに接触すること自体は容易だったが、その後の展開はライザの予想を上回っていた。


レイラは女王候補という立場を自覚していながら、秘密を抱え込むことにほとんど躊躇がなかった。むしろ、誰かに話したくて仕方がないという様子で、嬉しそうに情報を差し出してくる。


「女王候補は全部で十二人いるの。それぞれが伝説のデバイスを持っていてね……私は《宝瓶の壺》を手に入れたの!」


そう言って、レイラは小ぶりの壺を胸元から取り出し、誇らしげに掲げてみせた。その仕草には警戒心の欠片もなく、純粋な喜びだけが滲んでいる。


「へえ、すごいですね」


マリアは無邪気な声色を保ったまま頷きつつ、内心では淡々と情報を仕分けしていた。

十二人の候補者、それぞれが所持するデバイスの性質。使い手の傾向。

さらに、王国軍が帝国の巨大兵器──フェンリスやヘルダルを、いかなる戦術で退けたのか。


それらを聞き出すのに、ほんの数日とかかっていない。


「フェンリスの弱点はね、その巨体を支えるバランスなの。動きが激しくなると、バランサーに負荷が集中して……最終的には自分の重さに耐えきれなくなるの。それを見抜いて、オーバーヒートした瞬間を叩いたのよ」


語るレイラの瞳は、きらきらと輝いていた。

だが、その様子を見つめながら、マリアは内心で小さく息をつく。


──危うい。

いや、それ以上に、理解が足りない。


情報の重みを知らないわけではない。ただ、それを口にすることの意味を、教えられてこなかっただけだ。

その無防備さは、帝国の価値観で育ったライザの目には、哀れにすら映った。


「まあ、サーラが考えたんだけどね」


レイラはそう付け加え、悪びれもせずに笑った。


サーラ。サーラゼル・ヴェリルライト。

《処女の書》の保持者にして女王代理。

理論と計算に長けた策士だが、タネさえ分かれば警戒すべき相手ではない——ライザはそう評価した。


こうして「マリア」としての任務は、ほぼ達成された。

得られた情報は十分すぎるほどで、あとは無事に帝国へ帰還するだけだ。


——その前に、一つだけ。


ライザの脳裏に浮かんだのは、教団の地下牢に捕えられている、かつての同僚の名だった。

ヴァシリー。


その夜、彼女は教団施設の奥深くへと足を運んだ。

湿気を含んだ石壁には苔が張り付き、頼りない灯りが影を揺らす。

一つの鉄格子の前で立ち止まると、その向こうに、やつれた男の姿があった。


「……ライザ。いや、今は『マリア』だったか」


顔を上げたヴァシリーは、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「会いに来てくれるなんて意外だな。まだ情が残っていたのか?」


「情なんてものはないわ」


ライザは即座に否定した。

その声音は冷たかったが、視線だけは逸らさない。


「ただ、確認したかっただけ。助けを求める意思があるのかどうか」


「助けてくれるならありがたいが……」


ヴァシリーは苦笑する。


「お前が、そんなことで動くとは思えない」


「そうね。私が情で動くことはない」


即答だった。

だが、言い切った直後、ライザの思考が一拍だけ遅れる。


──おかしい。


理屈では説明がつかない。

捕虜になり、切り捨てられ、使い捨てにされる立場にある人間が見せる態度ではない。

敵意も、焦燥も、諦観も、どれもが中途半端だった。


一瞬、記憶の中のヴァシリーと、目の前の男が重ならない。

言葉遣いでも、表情でもない。

もっと曖昧で、しかし決定的な何かが、ずれている。


ライザはその感覚を掴みかけ──すぐに手放した。


理由を探る必要はない。

原因が何であれ、今の任務には関係しない。


不要だ。

そう結論づけると同時に、彼女は意識を切り替えた。


「ここから出たいなら、価値を示しなさい。役に立つと証明できなければ、あなたはここで朽ちるだけよ」


ヴァシリーは小さく笑った。


「やっぱり変わらないな。冷酷で、合理的で……帝国の犬だ」


ライザは何も答えなかった。

彼の命運は、彼自身の選択に委ねられている。それだけのことだ。


「考えておきなさい。今夜が最後の機会よ」


そう言い残し、彼女は踵を返す。


地下への扉が閉じる音が、静寂の中に重く響いた。

それは、かつて同じ理想を語った二人の間に横たわる、決定的な断絶の音でもあった。


地上へ戻ると、冷たい夜風が頬を撫でる。

ライザは空を仰ぎ、短く息を吐いた。


「……これで、終わり」


明日には帝国への帰還が待っている。

レイラとの関係も、マリアという仮初めの役割も、すべては任務の一部として完結するはずだった。


その表情に、ほんの一瞬だけ安堵が浮かぶ。

だが同時に、胸の奥に説明のつかない違和感が残った。


——何かが、まだ終わっていない。


「余計な感情は不要。任務は完了した」


自分に言い聞かせるように呟き、ライザは背筋を正す。

再び冷徹な仮面をかぶり、静かにその場を後にした。


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