表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
36/78

2-2-9 帝国の搦手

国境線を挟んで、帝国軍と王国軍は奇妙な均衡状態に陥っていた。

互いに前線を維持したまま、一歩も踏み込まない。

正面から仕掛ければ大きな損耗は避けられず、かといって退けば主導権を失う。

戦場は沈黙し、時間だけが静かに消耗されていく──膠着状態。


だが、その沈黙が等しく重くのしかかっているわけではなかった。

人員も補給も潤沢な帝国にとって、時間は味方だ。

王国が疲弊するのを待つだけでも、いずれ天秤は傾くだろう。


──本来ならば。


ヴォルフガング・アイゼンバルトは、帝国軍司令室の中央に立ち、広げられた地図を睨みつけていた。

地上戦は無人戦車と女王代理に阻まれ、空はフェンリスの墜落以降、容易に支配できない。

正面突破は愚策。


王国が先に息切れする可能性は高い。

だが、女王代理という存在が、その「常識的な勝ち筋」を信用させなかった。

彼女は、ただ守りに徹するだけの女ではない。

何かを仕掛けるなら、こちらが待つと踏んだその裏かもしれない。


「……待つだけ、というのも性に合わんな」


ヴォルフガングは低く呟き、地図の端を指でなぞった。

動かずに勝てる戦でも、相手が油断ならない以上、

“何もしていない時間”を作るわけにはいかなかった。


「情報が足りん」


敵が何を考え、どこまで準備を進めているのか。

それが分からぬままでは、次の一手を打つことはできない。

正面戦力が封じられた今、帝国に残された選択肢は一つしかなかった。


──搦手。


ヴォルフガングは背後の副官に短く命じた。


「ナディア・ヴァルシオンを呼べ」


ほどなくして、司令室の扉が開く。

帝国特殊部隊を統括する女将校、ナディア・ヴァルシオンが姿を現した。

鋭い眼差しと、隙のない立ち姿。

先の戦闘で敗退を喫しながらも、その気配に揺らぎはない。


「お呼びでしょうか、総司令」


「ナディア、特殊部隊から適任者を出せ」


ヴォルフガングの声は淡々としていたが、言葉の奥には逃げ場のない重圧が込められていた。

失敗は許されない──そう無言で告げている。


ナディアは一瞬の逡巡もなく、一歩前へ出て敬礼する。


「ライザ・クレーヴです。彼女以上の人材はおりません」


「……聞いたことがある名だな」


ヴォルフガングは眉をわずかに寄せた。


「どんな女だ?」


ナディアは司令室の魔法モニターを操作し、ひとりの女性の情報を映し出す。

簡潔で、無駄のない経歴だった。


「ライザ・クレーヴ、28歳。帝国魔法学院を主席で卒業したエリートです。専門は論理魔法。暗号解読、情報解析、魔法式の再構築まで対応可能。魔法を用いた情報分析分野では、彼女の右に出る者はいません」


「論理魔法の専門家、か」


ヴォルフガングは腕を組み、静かに言う。


「それだけで潜入が成功するとは思えんな」


「承知しています」


ナディアは即座に続けた。


「彼女は魔法薬の調合にも秀でています。睡眠薬、幻惑薬、感覚遮断、身体能力を一時的に引き上げる強化薬──任務内容に応じて自在に用意できます。変装、偽装も完璧で、服装や立ち居振る舞いで環境に自然に溶け込むことが可能です」


モニターに映るライザの冷淡な視線が、司令室の空気をわずかに冷やす。


「優秀なのは結構だ。だが“優秀そう”なのと、“使える”のは別だ」


ヴォルフガングは皮肉混じりに呟いたが、ナディアは動じない。


「冷静沈着。任務中に感情を表に出すことはありません。常に理性的な判断を下し、状況次第では独自判断で行動します」


「……命令を逸脱する可能性がある、ということだな」


「ですが、その判断が失敗したことは一度もありません」


断言だった。


ヴォルフガングはしばし黙考し、やがて小さく息を吐く。

そして、モニターを消すように手を振った。


「適任だ」


短い言葉だったが、決断の重みは十分だった。


「準備が整い次第、即座に出発させます」


「頼むぞ」


ヴォルフガングは地図から視線を外し、低く呟く。


「彼女が成功すれば……この膠着は、こちらの望む形で動き出す」


ナディアは敬礼し、足音も立てずに司令室を後にした。


一人残されたヴォルフガングは、南の王国を示す地図を見つめる。

動かぬ戦線、削られていく時間。


「……とはいえ、盤はこちらに傾いたままだ」


女王代理がどれほど慎重であろうと、

彼女が見据える“正面の戦線”の外側で、帝国は手を打っている。


「時間切れを待つ気はない。

さて……次はどう動く、女王代理」


その呟きは、誰に向けられたものでもなかった。


ブクマでサーラたちの応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ