2-2-5 ブリーフィング
東の空が、ゆっくりと朱色に染まり始める。
夜の名残を帯びた冷たい風が、大地を静かに撫でていった。
まだ世界が目を覚ましきらぬ時間帯。
それでも確かに、朝は訪れている。
王宮の作戦室には、女王候補たちが集められていた。
宙に浮かぶのは、魔法で生成された半透明のホワイトボード。
その表面には戦場全域の地図が映し出され、三方から進軍する帝国軍の部隊が、赤いマーカーとなって規則正しく点滅している。
サーラはその前に立ち、一度小さく息を整えた。
昨晩の深夜会議と同じ説明から、静かに口を開く。
会議に参加していなかったミーナ、エレイン、フィー、ヴァイ、レイラ、ルナ、セレナ、カリナの八人は、誰も口を挟まず、神妙な面持ちで耳を傾けていた。
「全長十メートル級の人型兵器……ヘルダル?」
低く響いた声。
身を乗り出したのはミーナだった。
《獅子の剣》を携える勇ましい戦士。
その表情から、いつもの余裕がはっきりと消えている。
《宝瓶の壺》の持ち主であり、教団出身のレイラが、ホワイトボードを睨みつけたまま、噛みしめるように言った。
「それって……教団のゴーレムより、大きいんでしょう?」
サーラは一瞬、言葉を止めた。
ほんの短い沈黙。
だが、それは否定よりも雄弁な答えだった。
「正面装甲は対城壁用。通常の魔法剣じゃ通らないわ。
火力も、人間相手を想定していない」
「くっ……」
ミーナは拳を強く握りしめる。
恐怖ではない。
力で押し返せない相手を前にしたとき、戦士の本能が覚える、純粋な戸惑いだった。
「それが各方面に三十体……」
《巨蟹の腕輪》の持ち主ルナが、短く吐き捨てる。
「……厄介すぎるわね」
視線は逸らさない。
月の騎士団である彼女が言葉を選ぶその姿が、ヘルダルという存在の異常さを、何よりも雄弁に物語っていた。
サーラは、淡々と話を続ける。
「これに対して、私たちは無人戦車を三百台用意した」
ホワイトボードに新たな表示が重なり、
『無人戦車運用計画』の文字が浮かび上がる。
「でも、正面からぶつかっても、ヘルダルそのものを撃破するのは現実的じゃない」
一拍置き、視線を上げる。
「だから、狙いは別にある。
戦力を分散させ、時間を稼ぐ」
ホワイトボードには、無人戦車の編成、進路、役割分担が次々と重なって表示される。
一目で、全体像が把握できる構成だった。
「無人戦車は三台一組の小隊として運用する。
完全自律じゃないわ。あらかじめ決めた行動ルーティンに従って動かす」
サーラの指の動きに合わせ、簡易的なシミュレーション映像が再生される。
一台が意図的に前へ出て敵の注意を引き、後退。
その隙に、残りの二台が側面から射撃を加えた。
「一部の戦車は囮として撤退を繰り返し、敵を複雑な地形へと誘導する。
その間、迎撃担当の戦車が、少しずつ進軍速度を削ぐ」
続いて表示されたのは、損傷時の挙動だった。
「各戦車には自己損傷を感知するルーティンを組み込んである。
耐久値が一定以下になると、自動的に後方へ離脱する。使い捨てにはしない」
表示が切り替わる。
『戦車の目的:物量戦ではなく、遅滞戦』
「この作戦の目的は、敵を壊滅させることじゃない。
時間を稼ぐことよ」
中央に表示された三方向の防衛ラインを、サーラは指し示す。
「すべての無人戦車を一度に投入する必要はない。
段階的に消耗させる。敵がどれだけ前進しても、目標地点に到達するまでに、確実に疲弊させるの」
昨晩、詳細を聞いていたにもかかわらず、
《天秤の鎖》のエヴァが思わず声を漏らした。
「……でも、そんなに上手くいくの?」
サーラは否定も誇張もせず、静かに頷く。
再び流れるシミュレーション。
無人戦車が、規則正しく後退と迎撃を繰り返していた。
「もちろん、計画通りにいかない場面も出る。
でも重要なのは数じゃなく、規則性よ」
一瞬、視線を走らせる。
「予測できない動きより、予測できる行動を大量にぶつける方が、敵の判断を鈍らせられる」
表示はさらに切り替わる。
『戦闘後を見据えた戦車運用』
「最終的には地形を使って敵を分断し、味方部隊が迎撃に入るまでの時間を作る。
それが、この戦術のゴール」
サーラは新たな線を引き、戦場各地で想定される防衛戦の推移を描いた。
「戦闘が長引けば、敵の指揮系統にも綻びが出る。
その瞬間が、私たちの反撃の機会よ」
一度、深く息をつき、全員を見渡す。
「つまり──これは戦うこと自体が目的じゃない。
勝つための準備戦」
そのとき、作戦室の扉が静かに開いた。
「失礼します」
現れたのは、《人馬の槍》のシオンだった。
夜通し偵察に出ていたはずだが、姿勢に乱れはない。
「報告を」
サーラの言葉に、シオンは一歩前へ出る。
「無人戦車、全台。予定通り配置完了しています」
《磨羯の籠手》のセレナは小さく息を吐き、苦笑した。
「……数で押される心配は、少なくとも無さそう」
《金牛の鎧》のカリナが、思わず呟いた。
「敵に、好き勝手されるのは御免だしね」
サーラは頷くと、再びホワイトボードに向き直り、三方向の防衛ラインを示した。
「戦闘が長引けば、敵の指揮系統にも混乱が生まれる。
そこが、私たちの反撃の起点になる」
そして、各戦線の配置を告げていく。
「中央戦線はエレイン。あなたの《白羊の盾》が必要よ」
「えっ、私が……?」
驚きながらも、エレインは小さく頷いた。
「うん……やってみる」
「西部はフィー。《双児の双剣》の機動力を活かして」
「任せて!」
フィーは明るく笑う。「派手に動いて、引きつけるよ!」
「東部はヴァイ。《天蠍の弓》で遠距離から敵を抑えて」
「了解だ」
ヴァイは穏やかに頷いた。「自然を味方につけて、しっかり足止めしよう」
サーラは深く息を吸い、ホワイトボードから手を離す。
その眼差しに、迷いはない。
「これで次の一手に繋げられる。
全力でいくわよ」
「おう!」
短い返答と共に、仲間たちの意識が、確かに一つへと重なった。
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