2-1-99 付録2 月の騎士団
「ほら、もっと素早く動け!」
団長のユーレンが雷鳴のような声を響かせると、訓練場に集まった団員たちは一斉に背筋を伸ばした。
木剣や模擬槍がぶつかり合う乾いた音が空気を震わせる。しかし、その顔には張り詰めた緊張と同時に、どこか余裕のある笑みが浮かんでいた。
ここは戦場ではない。
彼らが磨いてきた技術と、積み重ねてきた信頼の絆を、思う存分確かめ合うための日常の一幕だった。
「おい、ルナ!動きが硬ぇぞ!」
団員の一人が口笛を吹きながら、わざとらしく声を張り上げる。
銀髪の少女──ルナは、わずかに眉を上げただけで、その声を受け流した。焦りも苛立ちもない、落ち着いた表情だ。
「そっちこそ、脚が重そうですね。
……お年ですか?」
軽口を叩き返すと同時に、ルナは一歩踏み込み、優雅な体捌きで攻撃をかわしてみせた。
その鮮やかな動きに、周囲から笑い声と冷やかしが飛ぶ。
「うわ、怖いねぇ。俺たちのルナちゃん、すっかり毒舌が板についてきたじゃないか」
「教育の賜物ですね」
即座に返すと、またひとつ笑いが広がった。
団長のユーレンは、その様子を腕を組んで眺めながら、満足そうに口元を緩めていた。
彼にとって、この緩やかな空気こそが騎士団の財産だ。
命を賭ける任務が待っているからこそ、こうした時間に肩の力を抜き、互いを茶化し合える関係が何よりも重要だった。
「よし、そこまで!
全員、ひと息入れるぞ!」
ユーレンは大げさに指を振る。
「そこのお茶とスナック、先に手を出した奴から減給だ!」
「それ、前も聞きましたよ団長!」
「どうせ冗談だろ!」
団員たちは口々に文句を言いながらも、笑い声を上げて休憩へ向かった。
ルナも手近なベンチに腰を下ろす。
すると、隣に座った団員の一人が、何も言わずに水筒を差し出してきた。
「……ありがとう」
「お前、ちょっとずつ慣れてきたな」
「ありがとうございます。でも、まだ皆さんのようにはいきません」
そう答えながら、ルナは心の奥で小さく息をついた。
気を遣われすぎることも、特別扱いされることもない。
ここでは実力がすべてで、立場も年齢も関係ない。その距離感が、ルナには心地よかった。
騎士団という場所に、ようやく居場所ができた──そんな実感が、胸に静かに広がる。
「いいか、ルナ」
どっかりと腰を下ろしたユーレンが、軽く彼女の肩を叩いた。
「余計なことは考えるな。
お前はもう十分、ここでやれてる。それでいいんだ」
思いがけない言葉に、ルナは一瞬だけ目を見開く。
だがすぐに、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「……はい、団長」
そのときだった。
訓練場の端から、一人の偵察係が足早に戻ってくる。
自然と、団員たちの視線がそちらへ集まった。
「おい、面白い話があるぞ。
例のサーラちゃんが、大型ドローン用に軽量パーツを発注したって噂だ」
その言葉に、場の空気が一瞬だけ静まる。
「へぇ……あの子がねぇ」
ユーレンがニヤリと笑った。
「こいつは妙な話だ。いったい何を乗せるつもりなんだ?」
「それが、まだ不明でして。ただ……
『有人ドローン』って言ってたらしく──」
「つまり、自分か、よほど特別な誰かのため、ってわけか」
別の団員が肩をすくめる。
ルナの胸の奥で、小さな好奇心が芽生えた。
サーラの名前が出た瞬間、点と点がどこかで繋がりそうな、そんな感覚がある。
「……ちょっと、気になりますね」
独り言のようにつぶやいたその声を、ユーレンは聞き逃さなかった。
「だったら、聞いてこいよ」
「え?」
「サーラちゃんのことは、お前が一番詳しいだろ?」
ルナは苦笑しながら立ち上がる。
「了解です、団長」
背後では、団員たちの笑い声と茶化しが飛び交っていた。
その中を抜けながら、ルナは胸に芽生えた予感を振り払わずに歩き出す。
これがただの好奇心で終わるのか。
それとも、新たな任務──あるいは冒険の始まりになるのか。
歯車はすでに、音もなく回り始めていた。
ブクマでサーラたちの応援をお願いします!




