2-1-25 サーラの帰還
フェンリスが、轟音と共に崩壊を始めた。
空中に舞い上がる無数の残骸が四散し、まるで無秩序な流れ星の群れのように、空を覆い尽くしていく。
サーラは息を切らしながら、その光景に必死で目を凝らし、喉が裂けるほどの声で叫んだ。
「シェリー!どこにいるの!?」
心臓が早鐘を打つ。
激しい動揺の中、彼女は飛び交う瓦礫の隙間を縫うようにドローンを操り、ひたすらシェリーの姿を探し続けた。
だが、周囲は混乱の極みにあり、落下してくる破片が次々と視界を塞ぎ、進路を阻む。
操縦桿を握る手に力がこもるほど、焦りだけが募っていった。
その時だった。
「あっ……!」
サーラは、思わず息を呑んだ。
視界の端に、小さな人影が落ちていくのを捉えたのだ。
――シェリー。
意識を失っているのか、抵抗することもなく、重力に引かれるまま無防備に落下していく。その姿に、サーラの背筋が凍りついた。
「シェリー!」
ドローンを急降下させ、全速力で追いすがる。
だが、瓦礫が次々と二人の間に割り込み、距離はなかなか縮まらない。
もう少しで届く。そう思うたびに、わずかに遠ざかる──その繰り返しに、サーラは歯を食いしばった。
声を張り上げ続けても、シェリーが目を覚ます気配はない。
自分の無力さが、胸に突き刺さる。
その瞬間だった。
サーラの隣から、黒い影が飛び出した。
黒猫のネフィリスだ。
「ネフィリス!?まさか──!」
彼は一瞬で状況を理解したかのように、しなやかな身を翻し、一直線にシェリーへと飛びかかった。
高度な魔法AIらしい、無駄のない動き。
空中で見事なアクロバットを描きながら、ネフィリスはシェリーの身体にしがみついた。
前脚で彼女の肩に爪を立て、必死に顔をなめるようにして呼びかける。
「シェリー!起きて!お願い!」
その声が届いたのか、シェリーの瞼が、かすかに揺れた。
やがて、ゆっくりと目が開く。
深い意識の淵から引き戻されるように、彼女はぼんやりと視線を彷徨わせ、しがみつくネフィリスと、上空で必死に操縦するサーラの姿を捉えた。
「……サーラ……?」
そのか細い声に、サーラは胸を撫で下ろした。
すぐさまドローンを寄せ、シェリーの元へと接近する。
シェリーも、まだ朦朧としながら風の魔法を使い、ゆっくりと距離を詰めた。
サーラは慎重に手を伸ばし、彼女をしっかりと抱き留める。
「大丈夫。もう安心して……帰ろう、シェリー」
シェリーは小さく頷き、サーラの腕に身を委ねた。
ネフィリスも満足そうに肩へと戻る。
サーラはエンジンを再び全開にし、崩れ落ちるフェンリスの残骸を背に、戦場から離脱した。
背後で、フェンリスは完全に崩壊していく。
その光景を振り返りながら、サーラはようやく大きく息を吐いた。
青空を背景に、彼女たちのドローンは静かに帰還していく。
荒れ果てた戦場の只中で、その姿だけが、ひときわ平和な瞬間として浮かび上がっていた。
——
サーラは、エヴァの邸宅に手紙を残したあの方法が、ほんの少しでも彼女の心に届いていたことを願いながら、次はエレインにも同じ手段を試すことにした。
言葉を交わすことができない今だからこそ、気持ちを形にして残す。それが、彼女の協力を得るための最善の道だと、サーラは考えたのだ。
エレインの邸宅は、昼下がりの光に包まれ、ひっそりと静まり返っていた。
その佇まいを背に、サーラは足を止め、その場で慎重に言葉を選びながらペンを走らせる。
◇ ◇ ◇
エレインへ
こんにちは、エレイン。
突然のお手紙で驚かせてしまったら、ごめんなさい。
私、サーラゼル・ヴェリルライトです。覚えていますか?
女王候補として、同じ試練を歩む者として、どうしてもあなたに伝えたいことがあって、この手紙を書いています。
今、国はかつてないほどの危機に直面しています。
私は、国を守るために、何とかして皆の協力を得たいと強く願っています。
エレイン、あなたはとても大きな力を持っています。
処女の書を手に入れた私が言うのも、少しおかしいかもしれないけれど……
あなたの《白羊の盾》は、きっとこの戦いにおいて、欠かすことのできない力です。
あなたが今、自室に籠っていると聞きました。
何かに悩んでいるのかもしれない。
あるいは、その力ゆえの責任を、一人で背負おうとしているのかもしれません。
私も同じように、重い使命感に押しつぶされそうになることが、何度もあります。
それでも、あなたが一人で抱え込む必要はないと、私は思うんです。
私も、シェリーも、そして他の女王候補たちも。
皆で力を合わせれば、きっとこの国を守ることができるはずだから。
どうか、少しだけでも、私の話を聞いてください。
私はあなたを頼りにしています。
そして、あなたにも、誰かに頼られているのだと、感じてもらえたら嬉しいです。
私たちが一緒に戦える日が来ることを、心から願っています。
どうか、あなたの力を貸してください。
サーラゼル・ヴェリルライト
◇ ◇ ◇
サーラは手紙を書き終えると、丁寧に折りたたみ、封筒に収めた。
そして、エレインの邸宅の郵便受けに、そっとその手紙を差し込む。
「……これで、彼女に届くといいんだけど」
小さく息をつき、サーラは一歩引いた。
その隣で、シェリーがそっと微笑み、彼女の肩に手を置く。
「きっと読んでくれるわよ」
その言葉に、サーラは小さくうなずいた。
希望を手放さず、二人の協力を得るために、これからも歩みを止めない。
そう心に決めて、サーラはシェリーと共に、再び歩き出した。
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