2-1-24 要塞墜つ
フェンリスとの最終決戦が迫り、ついにサーラたちの秘策が動き出す時が来た。
ドローンはフェンリスへ向けて高度を上げていく。プロペラの唸りが空気を震わせる中、サーラの視線は巨大な船体から一瞬たりとも離れなかった。
フェンリスの舳先には、圧倒的な威圧感を放つ主砲が据え付けられている。
黒い鋼鉄の砲身が、獲物を定めるようにゆっくりと旋回し、確実にドローンを捉え始めた。
砲身の内部が青白く光りだす。
その光景に、サーラは思わず息を呑む。
ドローンはあまりにも小さく、あの一撃が直撃すれば──乗っている全員が、跡形もなく吹き飛ばされるだろう。
「今だ、エレイン!」
サーラの叫びに応えるように、エレインは無言で頷いた。
彼女はドローンの縁に足をかけると、ためらいなく宙へと身を投げ出す。
風を切りながら落下する直前、エレインは空中で身体をひねり、手を前に突き出した。
そして、はっきりとその名を呼ぶ。
「ここは、私が守る!輝け──カルタリス!」
瞬間、彼女の手元に眩い光の楯が現れ、それは瞬く間に拡張し、巨大な光のバリアへと変貌した。
ほぼ同時に、フェンリスの主砲が爆音とともに火を噴く。
凄まじい砲撃が直撃したが、白羊の盾が放つ光がそれを完全に受け止めた。
轟音が空を裂き、衝撃波が雲を押し流す。それでもエレインは一歩も退かず、揺るぎなくバリアを維持し続ける。
やがて彼女の身体は、まるで綿毛のように、ゆっくりと降下していった。
砲撃を防ぎ切ったその姿は、戦場に舞い降りた天使のようにも見えた。
「カルタリスの加護があれば、恐れることはない。……さあ、進んで」
次に動いたのはエヴァだった。
彼女は短く息を整えると、ドローンから一歩踏み出し、《天秤の鎖》を強く握りしめる。
「その均衡を終わらせる!引け──アエクティウム!」
その名が響いた瞬間、鎖は青白い光を放ちながら、無限に伸びるかのように前方へと射出された。
エヴァは鎖の端を掴んだまま、フェンリスの舳先──狼の装飾へと正確に絡め取る。
次の瞬間、目に見えない力が発動し、フェンリスの巨体がぐらりと大きく傾いた。
「これで……!」
エヴァは自らもドローンから飛び降り、鎖を引き続ける。
「アエクティウムが切り開いた道……無駄にはしないでね」
その頃、フェンリスの船内では異変が明確になっていた。
傾斜に気づいたエドリックとリヒャルトが、同時に顔をしかめる。
「バランサーを最大出力にしろ!」
エドリックの怒号に、リヒャルトは苛立ちを隠しきれないまま操作に入った。
船体は無理やり姿勢を戻そうとするが、その代償として、装甲の一部が赤熱し始める。
限界を超えたバランサーが悲鳴を上げ、各所から警告音が鳴り響いた。
内部システムは過熱し、フェンリスは明らかに崩壊の兆しを見せている。
「くそっ……オーバーヒートするぞ!」
だが、もはや立て直す暇はなかった。
最後の一撃が、静かに放たれようとしていた。
シオンは一歩前に出ると、静かに《人馬の槍》を構え、高く掲げる。
その鋭い眼差しが、フェンリスの魔力の中心を正確に捉えた。
「この一投に、全てを託す!貫け ──カヴァリナ!」
真名とともに放たれた槍は、光をまとい、一瞬で魔力の中枢へと突き刺さる。
フェンリスの船体が大きく震え、完全にバランスを失った。
「来い、カヴァリナ!」
呼びかけに応じ、貫通した槍は空中で反転し、生き物のようにシオンの元へ戻ってくる。
彼女はそれを飛び上がって受け止めると、ムササビのように滑空しながら地上へと降下していった。
「カヴァリナと共に、最善を尽くしました。……姫、ご武運を」
フェンリスの船内では、激しい揺れと警報音が鳴り止まなかった。
エドリックは苛立ちを隠すこともなく、声を荒げる。
「脱出用の飛空挺を用意しろ! 今すぐだ!」
その言葉に、リヒャルトは一瞬言葉を失った。
だが次の瞬間、怒りが爆発する。
「全機出撃させたのは貴様だろ! スルトを全部出した結果、脱出用が残ってないんだ!」
エドリックは顔を真っ赤にし、指を突きつけた。
「それでも司令官か!? 脱出用を確保するのが常識だろう!」
「貴様の机上の空論が原因だ!」
「無理を通した結果がこれだろう!」
言い争いが激化する中、フェンリスはついに臨界点を迎えた。
船体が大きく軋み、金属が裂ける音が空間を満たす。
「今は言い争っている場合じゃ──」
エドリックが叫びかけた、その瞬間。
床が大きく傾き、二人の身体は宙へと投げ出された。
「くそっ……まだだ、ゲームはまだ終わってない……!」
伸ばした手は虚空を掴み、その声は風にかき消される。
一方、落下するリヒャルトは、どこか冷めた表情を浮かべていた。
「……こうなるとは思っていたが、想像以上だな」
そう呟きながら、二人は空へと放り出されていく。
フェンリスは舳先を天へ向け、大きく仰け反った。
船体中央が悲鳴を上げるように折れ、鉄骨が砕け散る。
巨体はついに耐えきれず、無数の残骸となって崩れ落ちていった。
サーラはその光景を、静かに見届ける。
胸の奥で、確かな勝利の実感が灯っていた──
だが次の瞬間、彼女の視線は、崩れ落ちる瓦礫の中を必死に探していた。
「シェリー! どこにいるの!?」
ブクマでサーラたちの応援をお願いします!




