2-1-21 いざ大空へ
いよいよ、有人ドローンの出航が迫っていた。
サーラは緊張した面持ちで、自分を含めた四人の搭乗者を指名する。
自らとエヴァ、シオン、そして最後にエレイン。
名を呼ばれたエレインは、何も言わずに小さく頷き、サーラの目を真っ直ぐに見つめ返した。
先ほど渡された手紙──そこに込められた想いを受け取り、彼女はすでに覚悟を決めていた。
これで、ドローンは出航の準備が整った──はずだった。
だが、その直後、サーラの表情が曇る。
「……必要な人数は、八人だったよね?」
連携魔法を成立させるためには、八人の魔法使いが魔法陣とリンクし、同時に魔力を供給する必要がある。
しかし、ここに集まっているのは七人だけだった。
アリア、リアナ、アリス、エグバート先生。
そして、シオンが連れてきたセレナとフィー、月の騎士団のルナ。
──あと一人、足りない。
リアナが悔しそうに眉をひそめる。
「七人でも不可能ではないわ。でも……負荷が大きすぎる。
短時間ならなんとかなるかもしれないけど、長時間の飛行は……正直、賭けね」
その言葉に、広場を包んでいた空気が一瞬、張りつめた。
誰もが言葉を失い、表情を強張らせる。
サーラは仲間たちの顔を、ひとりひとり見渡した。
自分のために、ここまで集まってくれた人たち。
命を懸ける覚悟で、この場に立っている人たち。
胸が熱くなると同時に、重い責任がのしかかる。
「……ありがとう、みんな」
サーラは微笑もうとしたが、声はわずかに震えていた。
「私のために、ここまでしてくれて……本当に感謝してる」
その時だった。
アリアがふいに顔を背け、肩を震わせ始めた。
サーラは驚いて姉に駆け寄る。
「アリア、どうしたの?」
振り返ったアリアの頬には、大粒の涙が次々とこぼれていた。
「サーラ……もし、これが今生の別れになったらって……
あの時、私がもっとしっかりしていれば……」
言葉は途切れ、嗚咽に変わる。
「そんなこと言わないで!」
サーラは思わず、強い声を上げていた。
「アリア、あなたがいたから、私はここまで来られたんだよ。
ずっと支えてくれたのは、あなただった」
そう言って、サーラは姉の手を両手で包み込む。
「私を信じて。必ず……必ず戻ってくるから」
アリアの涙は止まらなかったが、その手の温もりが、少しずつ心を落ち着かせていった。
「……絶対に、戻ってきてね」
震える声で絞り出されたその言葉に、サーラは深く頷いた。
名残を断ち切るように、サーラは踵を返す。
ドローンへと向かう一歩一歩が、やけに重く感じられた。
胸の鼓動は早鐘のように鳴り響く。
それでも、振り返ることはできなかった。
今ここで立ち止まれば、きっと前に進めなくなる。
有人ドローンは、広場の中央に静かに鎮座していた。
四人乗りのオープン型機体は、必要最低限まで削ぎ落とされた骨格構造をしており、外装は軽量化された魔法強化素材で覆われている。
船体というより、巨大な魔法装置に近い印象だった。
機体の四隅には、それぞれ独立した大型プロペラが配置されている。
羽根は金属とルーンで構成され、回転軸には淡い魔力光が脈打つように走っていた。
四基同時に稼働することで、無理やり機体を持ち上げる──そんな力任せな設計思想が、むしろサーラらしい。
中央には四人分の簡易座席が並び、囲いはない。
落下防止の魔力拘束具と簡素なフレームだけが、搭乗者の身体を支える構造だ。
安全性よりも、軽さと即応性を優先したことは一目で分かる。
そして、機体前方の副操縦士席。
そこには、黒猫のネフィリスがちょこんと座っていた。
彼の頭には小型のヘルメットが装着され、側頭部から伸びたルーンケーブルがドローンの制御中枢へと直接接続されている。
ヘルメットの表面には制御式が刻まれ、ネフィリスの思考と機体の挙動が、ほぼ遅延なく同期する仕組みだ。
「やれやれ……僕は皮肉を言うのが使命だと思ってたんだけどね。今日は珍しく、命を預かる係だ」
皮肉めいた呟きとは裏腹に、彼の尾はぴたりと静止し、金色の瞳は冷静に制御系の状態を読み取っていた。
このドローンの“頭脳”は、間違いなく彼だった。
即席。
無謀。
それでも──飛ぶために必要なものは、すべて揃っている。
サーラはその姿を見上げ、胸の奥で静かに息を整えた。
座席に足を踏み入れると、エヴァが小さく微笑み、そっと手を振っていた。
不安を抱えながらも、信じてくれている──その気持ちが伝わってくる。
シオンは静かに装備を確認し、エレインは無言のまま、ただ気迫を漲らせていた。
「……行こう」
サーラは小さく息を吸い、心の中で自分に言い聞かせる。
「みんなを……そして、シェリーを助けるんだから」
残った七人はドローンの外で魔法陣を囲み、同時に魔力を集中させ始めた。
幾重にも重なる魔力の流れが、機体へと注ぎ込まれていく。
やがて、ドローンがゆっくりと浮かび上がった。
だが、すぐに分かる。
七人で支えるには、あまりにも限界に近い。
機体は細かく震え、空中でわずかに揺らぐ。
安定を欠いた挙動に、不安が胸を締めつけた。
「……お願い、飛んで……!」
サーラは歯を食いしばり、祈るように呟く。
「プロペラ回転数、基準値突破。上昇フェーズに移行する──振り落とされないでくれよ!」
ネフィリスが警告した直後、四基のプロペラが悲鳴のような音を上げ、機体が空気を踏み抜いた。
そして次の瞬間──
有人ドローンは、ついに地を離れ、大空へと舞い上がった。
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