2-1-18 サーラの挑戦
サーラは、グラビティウムの秘策を実行するための鍵が、最終的には自分自身の手にかかっていることを、強く実感していた。
飛空挺フェンリスに近づくための手段がなければ、どれほど優れた秘策も机上の空論に終わる。
だが、今の彼女には空の高いところを移動する術がなかった。
焦燥感に追い立てられながら、答えの見えない思考を巡らせる日々が続く。
そんなある夜、ふと窓の外に目をやると、魔力で浮遊する小型のドローンが、静かに夜気を切り裂きながら飛んでいるのが見えた。
その光景を目にした瞬間、サーラの思考に、鋭い閃光が走る。
「……これだ」
小さなドローンを見つめながら、胸の奥が高鳴るのを感じた。
あの機体は、わずかな魔力で長時間の飛行を可能にしている。
小さなものだから、できる。
──ならば、それを大きくしたらどうなる?
もし、人を乗せられるほどに拡張できたなら。
その考えは、単なる思いつきから、次第に具体的な構想へと変わっていった。
低魔力で浮遊するドローンの仕組みを応用し、有人ドローンを作る。
サーラは、そう決心した。
その夜、彼女はほとんど眠らずに設計図を引き続けた。
紙の上に線を重ね、頭の中で構造を組み替え、何度も想定をやり直す。
だが、構想が形を持ち始めるにつれ、現実的な問題が次々と浮かび上がってきた。
最大の課題と言えるものが、いくつもあった。
まず、魔力蓄積の問題。
小型ドローンであれば少量の魔力で事足りるが、有人となれば話はまるで違う。
フェンリスに接近するには高度と距離の両方が必要で、それを維持するためには、相当量の魔力が求められる。
だが、その解決策は、すぐには見つからなかった。
「……これは、後回しにするしかないわね」
サーラは歯噛みしつつも、魔力の問題を一旦脇に置くことを選んだ。
立ち止まるわけにはいかない。
解決できるところから、一つずつ前へ進むしかなかった。
次に着手したのは、軽量化だった。
人を乗せる以上、機体はどうしても重くなる。
少しでも重量を抑えるため、サーラは王宮や月の騎士団に協力を仰ぐことを思いつく。
王宮の技術者や騎士団付きの職人たちなら、軽量で特殊な素材や、魔法強化が施された部品を保有している可能性が高い。
それらを組み合わせれば、重量を抑えつつ、耐久性と安定性を確保できるはずだった。
実際、サーラの呼びかけに応じて集まった素材は、どれもが一級品だった。
軽く、それでいて強靭なパーツ。
魔力の流れを妨げないよう調整された部品。
それらは、有人ドローンの骨格を形作る上で、欠かせない存在となっていく。
「軽量化の計算結果は……良かった、数値が許容範囲に収まった」
サーラは小さく息を吐いた。
暗くなった工房に、規則正しい調整音だけが響いている。
工具が触れ合う乾いた音は、夜が深まっても、途切れなかった。
続いて立ちはだかったのは、安定性と障害物回避の問題だった。
有人ドローンの飛行は、わずかなバランスの乱れが致命傷になりかねない。
さらに、敵の監視や攻撃を避けながら接近する必要がある以上、精密な回避能力も不可欠だった。
「操縦で何とかできる部分もあるけど……それだけじゃ、心もとないわね」
サーラは逡巡の末、魔法AIであるネフィリスの知能を借りることを決めた。
彼の意識をルーンで接続し、自動安定と障害物回避を担わせる──
それが実現できれば、操縦の負担は大きく軽減される。
「ネフィリス、お願い。どうしても、これを完成させなきゃいけないの」
「猫の手を借りたいってわけかい?……まあ、サーラの頼みなら仕方ないな」
ネフィリスは不敵な笑みを浮かべながら、計画への協力を承諾した。
サーラは彼を制御系に組み込み、複雑なルーン構築を一つずつ実装していく。
ネフィリスの思考補助によって、ドローンは次第に自律的な挙動を見せ始め、飛行中の安定性と回避能力は格段に向上していった。
「君、疲れてないか?人間の身体に警告装置がついていたら、今頃やかましいほど鳴っているだろうね」
ネフィリスの声に、サーラは視線を外さず答える。
「大丈夫。まだ指も動くし、魔力計算も合ってる」
そう言いながら、彼女の指が一瞬だけ止まり、
次のルーンを書き直す。
「やれやれ」
ネフィリスは小さく尻尾を振り、彼女から目を離さなかった。
すべてが順調に進んでいる──
そう思えた矢先、最後の問題が、再びサーラの前に立ちはだかる。
魔力蓄積。
「魔力が足りなければ……飛び続けられない」
どれほど完成度が高くとも、魔力が尽きればそれまでだ。
フェンリスに辿り着く前に失速すれば、計画は破綻する。
サーラは、再び頭を抱えた。
今のところ、この問題を解決する決定打は見えていない。
それでも彼女は、立ち止まらなかった。
魔力蓄積の答えが見つかるその時まで、できる準備を進め続けるしかない。
すべては、フェンリスに辿り着くために。
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