2-1-17 サーラの覚醒
サーラが目を覚ますと、真っ先に視界に飛び込んできたのは、ネフィリスとシオンの顔だった。
二人とも、まるで彼女が突然どこかへ消えてしまうのを恐れるように、じっと覗き込んでいる。
「サーラ。しばらく、ぼうっとしてたけど……大丈夫か?」
ネフィリスが、いつになく慎重な声で問いかけた。
「……え?」
サーラは瞬きを繰り返し、自分がどこにいるのかを確かめる。
ほんの一瞬、現実と夢の境目に取り残されたような感覚に包まれた。
「ほんの数秒でしたけど……ずっと宙を見つめていました」
シオンが静かに続ける。
「何か、あったのですか?」
その言葉をきっかけに、サーラの中で記憶が一気に繋がった。
グラビティウムとの対話。
そして、彼が示した“秘策”。
夢のようで、しかし確かな重みを伴った言葉。
あれは幻ではない。確かに、自分の中に刻み込まれている。
「……わたし、行かなきゃ」
サーラは唐突に立ち上がり、はっきりとした声で言い切った。
その目には、迷いがなかった。
「えっ、ちょ、サーラ? どこに行くんだよ!」
ネフィリスが慌てて声を上げるが、サーラは答えない。
次の瞬間、彼女は扉を開け放ち、勢いよく部屋を飛び出していた。
「ま、待ってください!」
シオンもすぐに後を追う。
ネフィリスは短く息を吐き、半ば呆れ、半ば納得したように二人の背を追った。
サーラが最初に向かったのは、エレインの邸宅だった。
駆け足で正門に辿り着くと、門番代わりに立っていた使用人に詰め寄る。
「これ、エレインに渡して!」
サーラは懐から手紙を取り出し、半ば押しつけるように差し出した。
「え、ええと……エレインお嬢様は、ただいまお休みで──」
「関係ないわ!」
サーラは一切引かない。
「これは絶対に必要な手紙なの。今すぐ、必ず渡して!」
その気迫に、使用人は言葉を失い、ただ頷くしかなかった。
サーラは一瞬だけ深く息を吸い、すぐさま踵を返して走り出す。
「サーラ、ちょっと待て。今の君、目が据わってるぞ……!」
追いついたネフィリスが、半ば冗談めかしながらも必死に声をかける。
「急がないと、手遅れになっちゃう!」
サーラは振り返りもせず、次の目的地へ向かって走り続けた。
次に辿り着いたのは、エヴァの邸宅だった。
だが、そこに広がっていた光景に、サーラは思わず足を止めた。
家族総出で荷物を運び出し、馬車に積み込んでいる。
逃げる準備──それ以外に考えられなかった。
「……そんな……!」
視線の先に、エヴァの姿を見つける。
彼女もまた、荷物を抱えたまま立ち尽くしていた。
「サーラ……」
エヴァが気まずそうに声をかけるが、その言葉は途中で途切れた。
サーラの視線が、あまりにも鋭かったからだ。
「そうやって、黙って消えるつもり?」
サーラは一歩踏み出し、視線を逸らさせない。
「それで終わりだと思ってるの?」
エヴァの両親は、何も言えずにサーラを見返す。
その沈黙が、答えだった。
サーラは迷わずエヴァの腕を掴み、引き寄せた。
「エヴァ、行くわよ」
「ま、待って! サーラ、お願い──!」
エヴァは抵抗しようとするが、その勢いに押される。
「そんな逃げ腰じゃ、シェリーは救えないの!」
サーラは言い放つ。
「自分の家族を守るために、他の誰かを見捨てるの?」
エヴァは、何も言えなかった。
サーラの言葉が、熱を帯びたまま胸の奥に沈み込んでいく。
エヴァの母親が、震える声で口を開いた。
「あなたは……何も分かっていないのよ。家族を守るっていうのが──」
「逃げることで守れるものなんてない!」
母親がさらに何か言いかけたが、サーラの気迫に言葉を飲み込む。
「……さすが、姫です。言葉一つで、場の空気をねじ伏せるとは。あの風格……並の者には真似できません」
周囲の張り詰めた空気など意に介さず、
シオンはどこか誇らしげに、そう頷いていた。
その隣でネフィリスが小さく息をついた。
「……あーあ。姉のアリアが、昔よくこんな顔してたっけな。ほんと、似てきたもんだ」
サーラはそれに気づくこともなく、エヴァの手を引いて歩き出す。
帰路につく間、エヴァは何度も「ごめんなさい」と呟いた。
だが、その言葉の裏にある迷いも恐れも、
サーラの揺るがぬ決意の前では、もう後戻りできないものになっていた。
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