2-1-16 伝説の書との対話
「やっと、話を聞く気になったか。サーラ」
グラビティウムの声が、静かな部屋に波紋を広げるように響き、音としてではなく、直接サーラの心に届いた。
「グラビティウム……?」
サーラは思わず息を呑み、言葉を飲み込んだが、すぐに深く呼吸を整え、落ち着いた声で応じた。
「そうだ、サーラ。我はずっとおぬしに語りかけていた。だが、どうやら、おぬしはまだ我が声を聞く準備ができていなかったようだな」
「私が……準備できていなかった?」
サーラは眉をひそめ、自分の歩みを振り返るように、心の奥を探った。
「そうだ。おぬしは我の力を欲していた。だがそれは、ただ“足りない力を埋めたい”という、表層の願いに過ぎなかった」
グラビティウムの声は淡々としていながら、揺るぎがない。
「だが今は違う。友を救いたい、国を守りたい。その意志が、おぬし自身をここまで変えたのだ」
その言葉に、サーラはわずかに目を見開き、やがて静かに頷いた。
確かにこれまでの自分は、力の不足を恐れていた。だが今は違う。シェリーを救いたいという思いが、迷いよりも強く胸を燃やしている。
「……今の状況、全部見てたんだね」
サーラは静かに言った。
「シェリーが捕まって、フェンリスにいる。どうすればいいのか……正直、全然わからない」
「もちろんだ、サーラ。我はおぬしと共にあり、すべてを見ていた」
その声は、責めるでもなく、ただ事実を語る賢者のものだった。
「おぬしが何に迷い、何に苦しんでいるのかもな。だからこそ、今おぬしが知りたいことも分かっている。──どうすれば、その飛空挺フェンリスに立ち向かえるか、だろう」
サーラは息を詰めるようにして頷いた。
「そう……教えて、グラビティウム。どうすればフェンリスに立ち向かって、シェリーを救えるの?」
一瞬の沈黙が落ちる。
やがて、深く、重みのある声が再び響いた。
「遠い昔の話だ。かつて、空を舞う巨大な竜が現れ、世界を脅かした時代があった」
グラビティウムは、語り部のように続ける。
「だが、その竜は、十二の魔法デバイスを携えた英雄たちによって討たれた──そうした伝説が残されている」
「十二の魔法デバイス……」
サーラは思わず反復し、はっとした。
「それって、私たちのデバイスのこと……?」
「その通りだ。我《処女の書》、そしてシオンが持つ《人馬の槍》も、その十二の一つ」
声は静かだが、確信に満ちている。
「おぬしがその力を信じ、デバイスと共に戦う覚悟を持つならば、道は必ず開かれる」
サーラは視線を落とし、言葉を噛みしめた。
「でも……私には、まだ自信がない。どれだけの力があれば、フェンリスを止められるのか……」
「力とは、ただ信じれば湧き出るものではない」
グラビティウムは否定するようでいて、否定しきらずに言う。
「だが、おぬしはすでに多くの試練を越え、その中で本当の強さを掴みつつある。今、おぬしに足りぬものがあるとすれば──それは、自らを信じる覚悟だ」
「……覚悟」
サーラはその言葉を、胸の内で繰り返した。
「そのための方法を、我は授けよう」
「……方法?」
サーラは顔を上げ、期待と不安が入り混じった眼差しを向けた。
「フェンリスには、確かに弱点がある」
グラビティウムは重々しく語る。
「だが、それを突く鍵は、小手先の術ではない。おぬしがデバイスを信じ、共に歩むことだ」
「デバイスの力を……信じる」
「そうだ。おぬしとシオン、そして仲間たちの力」
声が、ゆっくりと重なっていく。
「それらが一つに結ばれたとき、初めて道は開かれる。そのためには──おぬし自身が、立ち止まらずに歩み出さねばならない」
サーラは静かに目を閉じ、その言葉を胸の奥に刻み込んだ。
そして、はっきりと頷く。
「……わかった、グラビティウム。私は信じる。自分を、仲間を、そしてデバイスの力を。フェンリスに立ち向かう道を、必ず見つけてみせる」
短い沈黙ののち、グラビティウムの声が応えた。
「よろしい、サーラ。
ならば──我が秘策を授けよう」
その言葉に、サーラは思わず息を呑んだ。
“秘策”。
その響きが、期待と不安を同時に呼び起こし、彼女の胸を静かにざわつかせた。
だが、後にサーラは理解する事になる。
それがフェンリスという存在に真正面から対抗し得る、唯一の道なのだと。
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