2-1-15 伝説の書の目醒め
サーラは《処女の書》と呼ばれる伝説のデバイスを手に入れたものの、その力を思うように引き出せずにいた。
真名を知っているにもかかわらず、いざ使おうとすると何も起こらない。その事実が、彼女の胸に小さな焦りを積み重ねていた。
──知っているだけじゃ、だめなんだ。
理屈では理解していても、どう踏み込めばいいのかが分からない。
そのもどかしさを抱えたまま、サーラはシオンに相談することにした。
一方で、シオンは同じく伝説のデバイス《人馬の槍》を自在に操っている。
真名を呼び、力を引き出すその姿には迷いがなく、サーラには眩しく映っていた。
シオンは、サーラの真剣な眼差しを受け止めると、静かに頷いた。
「姫。真名を呼ぶことでデバイスが応えるのは、あくまで入り口に過ぎません」
その声は穏やかで、しかし確かな重みを帯びていた。
「力を引き出すには、デバイスとの信頼関係が必要です。
デバイスにはそれぞれ個性と意志があります。それを理解し、受け入れてこそ、真の力は応えてくれるのです」
サーラは思わず息を詰めた。
「信頼関係……でも、どうすれば?
真名を知っていても、それだけじゃ、何も変わらない気がして……」
シオンは槍に視線を落とし、指先で柄をなぞりながら続けた。
「真名を呼ぶことは、話しかける行為に似ています。
ですが、本当に心を開いてもらうには、こちらも心を開かねばなりません」
少しだけ言葉を選ぶように、シオンは続ける。
「私はこの槍と多くの時間を共にしました。
戦いの中で、迷いの中で、その意志に耳を澄ませ続けたのです。
そうしてようやく、彼の力を“使う”のではなく、“信じる”ことができるようになりました」
サーラは静かに目を閉じた。
自分とグラビティウムの関係を思い返す。触れてはいるが、向き合えてはいなかったのかもしれない。
──私は、この子のことを、どれだけ知ろうとしてきたんだろう。
「分かったわ……ありがとう、シオン。試してみる」
そう言って、サーラは《処女の書》──グラビティウムをそっと手に取った。
重厚な革張りの表紙は、触れるだけで確かな重みを伝えてくる。
それは知識の量というより、積み重ねられた時間そのもののようだった。
サーラは一度、深く息を整えた。
「グラビティウム……」
真名を心の中で唱えた瞬間、微かに何かが揺れた気がした。
だが、それはまだ扉の向こうで息遣いを感じる程度の、曖昧な反応だった。
──焦らない。
シオンの言葉を思い出し、サーラはもう一度、静かに書物と向き合う。
「あなたの意志を感じたいの。
力が欲しいだけじゃない。あなたが何を求めているのか、知りたいの」
胸の奥から、言葉を紡ぐ。
「私はあなたを理解したい。
仲間として、共に歩める存在になりたいの」
それは願いというより、誓いに近かった。
すると、再び微かな反応があった。
今度は、確かに“何か”がこちらを見返している感覚がある。
遠くで囁くような、しかし確かな存在感。
サーラはその感覚に集中した。
「……知識の重み。
それが、あなたの名前の意味なのね」
本を抱きしめながら、そっと語りかける。
「伝えたいことがあるなら、私は聞く準備ができている。
だから……目覚めて」
ゆっくりと瞼を閉じると、意識が深く沈んでいく。
その奥で、今まで感じたことのない“重さ”が、心に広がった。
それは圧迫ではなく、受け止めるべき何か──
まるで知識そのものが、静かに流れ込んでくるようだった。
「……目覚めよ、グラビティウム」
最後に、サーラははっきりと真名を呼んだ。
その瞬間、確信が生まれる。
グラビティウムは、彼女の呼びかけに応えようとしている。
部屋は深い静けさに満ち、外界の気配が遠のいていく。
サーラは目を閉じ、心を澄ませる。再び語りかけられるその時を、焦ることなく、ただ穏やかに待っていた。
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