2-1-14 一筋の光明
サーラは部屋の片隅で膝を抱え、深いため息をついていた。
シェリーが帝国の大型飛空艇「フェンリス」に連れ去られてから、時間の感覚がどこか曖昧になっている。昼か夜かも分からないまま、彼女の心は重い暗闇に沈み込んでいた。
何度も救出計画を練り直した。
だが、そのたびに壁に突き当たる。どの案も現実的とは言い難く、考えれば考えるほど、フェンリスという存在の巨大さと圧倒的な力を突きつけられるだけだった。希望を探そうとする思考さえ、次第に絶望感に飲み込まれていく。
「どうすればいいんだろう……」
呟いた声は、部屋の中で虚しく消えた。
自分の無力さを噛みしめるように、サーラは視線を床に落とす。
その時、扉が静かに開く音がした。
振り返ると、そこに立っていたのはシオンだった。いつもは凛とした落ち着きを崩さない彼女が、今日はわずかに眉を寄せ、心配そうな表情を浮かべている。
「姫、少しよろしいでしょうか?」
優しいが、芯の通ったその声に、サーラははっとして顔を上げた。
「シオン……」
呼び返した声には、まだ焦りと疲労が滲んでいた。
シオンはサーラのそばにしゃがみ込み、視線を合わせると、静かに語りかける。
「姫、どうか無理をなさらないでください。今は策が思いつかなくても、それが全てではありません。必ず、道は見つかります」
「でも……」
サーラは言葉を詰まらせ、唇を噛んだ。
「シェリーが、あんな場所に捕まっているのに……私は何もできない。ただ考えても、どの道も閉ざされているように思えるんだ」
シオンは小さく頷いた。
「確かに、フェンリスへの潜入は非常に困難です。私の《人馬の槍》で多少の突破口を作れる可能性はありますが、それだけでは不十分でしょう。帝国の戦力は圧倒的で、今のままでは危険が大きすぎます」
「何か……もっと確実な方法がないと……」
サーラの言葉は、弱々しく宙に溶けた。
シオンはサーラをまっすぐ見つめ、少しだけ声の調子を変えた。
「姫。貴女がここまで、王国のために尽くしてきた姿を、私はずっと見てきました。その覚悟と心意気に、私は心から敬意を抱いています。貴女のような方なら、必ずこの状況も乗り越えられるはずです」
サーラは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに視線を落とした。
「私は……ただ、友達を助けたいだけなんだ。国のことも、みんなのことも、守りたい。それなのに……何もできないなんて……」
声が、わずかに震える。
シオンは静かに微笑み、そっとサーラの肩に手を置いた。
「姫。今は、少し立ち止まることも必要かもしれません。無理に答えを出そうとするより、一歩引くことで、見えてくるものもあるはずです」
その言葉に、サーラはわずかに肩の力を抜いた。
焦りだけでは何も解決しない──頭では分かっている。それでも、胸の奥に居座る焦燥感は、簡単には消えてくれなかった。
「ありがとう、シオン……少し、考えてみる」
浮かべた笑みは、まだどこか頼りなかった。
「サーラ、あんまり思いつめるなよ」
ふいに、軽い声が割り込む。
黒猫の姿をした魔法AI──ネフィリスだった。いつもの皮肉めいた調子だが、今日はどこか気遣う色が混じっている。
「ネフィリス……」
サーラは小さく苦笑した。
「分かってるけど……どうすればいいのか、分からないんだ」
「君さ、頭を抱えすぎて、周りが見えなくなってるんじゃないか?」
ネフィリスは鋭く言い放つ。
「本当に、打つ手はないのか?もう一度、ちゃんと考えてみろよ」
「でも……フェンリスに潜入する方法が、どうしても──」
言いかけたサーラに、ネフィリスは言葉を重ねた。
「サーラ。君、何か大事なことを忘れてないか?」
「大事なこと……?」
首を傾げたサーラに、ネフィリスはちらりと視線を送る。
「《処女の書》だよ。あれは、ただの古い本じゃないだろ?」
サーラの手元にある、古びた書物。
《処女の書》──グラビティウム。
「力を持つデバイスなんだ。少しくらい、頼ってみたって罰は当たらないだろ?」
その言葉に、サーラの胸が小さく跳ねた。
「……そうだ。グラビティウム……」
呟きとともに、記憶がよみがえる。
かつて一度だけ、この書と対話したことがある。それ以来、グラビティウムは沈黙を守り続けていた。
もし、もう一度──。
サーラは《処女の書》を見つめ、静かに深呼吸をする。
今、頼るべきものがあるとすれば、それはこれしかないのかもしれない。
「グラビティウム……もう一度、話ができるかもしれない」
その声には、先ほどまでとは違う、かすかな決意が宿っていた。
サーラはゆっくりと書物を手に取り、次の一歩へと心を向ける。
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