2-1-13 決断の時
サーラは、帝国との交渉において、服従以外の道を模索し続けていた。
だが思いつく策はどれも決定打に欠け、考えれば考えるほど無力さだけが際立っていく。光明は一向に見えなかった。
帝国の要求は苛烈で、選択肢と呼べるものはほとんど残されていない。
そして何より、フェンリスという巨大な飛空艇の存在が、空そのものを塞ぐように彼女の思考を圧迫していた。
「このまま……不平等条約を受け入れるべきなのか……」
サーラは窓の外を眺めながら、独りごちた。
王国の自由を守りたいという思いは揺るがない。それでも、戦争を回避するためには、帝国に従うしかないのではないか──そんな考えが、何度も胸をよぎる。
焦りと不安が、静かに絡み合っていた。
やがて、第二回の会合の日が迫ってきた。
今回は誰の同席も許されず、サーラは単身で帝国の代表と対峙することになった
誰にも頼れない状況に、胸の奥がひやりと冷える。それでも彼女は、逃げるという選択肢を心の中から切り捨てる。
貴賓室へ向かう長い廊下の途中で、サーラはわずかに足を止める。
何か、もっとよい策はないのか。
戦わずに国を守る道は、本当に存在しないのか。
だが、今の自分には時間も、力も足りない。
考えは堂々巡りを続け、答えに辿り着くことはできなかった。
結局、再び帝国の代表たちと対面するしかなかった。
貴賓室には、すでに外交官エドリックが席についていた。
背筋を伸ばしたその姿勢は崩れず、待たされることに慣れていない苛立ちが、冷えた空気となって滲み出ている。
現場指揮官のリヒャルトも同席していたが、彼はエドリックとは対照的に、どこか疲れた表情を浮かべていた。長引く交渉と、その行き先の見えなさが、彼の顔に影を落としている。
会談が始まると、帝国側から再び強硬な要求が突きつけられた。
エドリックは、これ以上の譲歩は許されないと断じ、鋭い視線でサーラを見据える。
その目には、王国側がいまだ明確な答えを出さないことへの苛立ちが、隠そうともせず浮かんでいた。
「サーラ様、今すぐ結論を出すべきです。
これ以上の遅延は無意味ですし、我々の忍耐にも限界があります」
冷ややかな声が、室内に落ちる。
サーラは唇を噛み、黙り込んだ。
国の未来を背負う重責が、肩にのしかかる。ここで降伏すれば、王国は確実に帝国の支配下に置かれるだろう。
だが、戦えば無数の命が失われる。
「まだ……少しだけ、時間をください……」
か細い願いだった。
その瞬間、エドリックの表情が一瞬だけ険しくなる。
彼は無言で立ち上がり、毅然とした足取りで貴賓室の扉へ向かった。
「もう待つ必要はない。
こちらから、行動を起こさせてもらう」
扉が開かれ、外で待っていたシェリーの姿が視界に入る。
サーラの親友である彼女は、会談には同席していなかったが、サーラを支えるため、常に近くに控えていた。
その存在が、今まさに利用されようとしていた。
「お嬢様、どうかこちらへ……」
エドリックは柔らかな声で手を差し出した。
だが、その言葉の奥には、はっきりとした脅しが潜んでいる。彼の目が、ゆっくりと冷たさを増していった。
シェリーは戸惑いながらも、静かにエドリックを見返した。
ただサーラを支えるためにここにいただけで、交渉に関わるつもりなどなかった。それでも、状況は容赦なく変わっていく。
「何をするつもりだ?」
リヒャルトが低く問いかける。
その声音には不快感が滲んでいたが、帝国の命令に逆らえない立場であることも、彼自身がよく理解していた。
「このままでは話が進まない。
王国側を動かすには、多少強硬な手段が必要だ」
エドリックは淡々と答える。
「彼女はただの友人だ。交渉には関係ない」
リヒャルトは眉をひそめたが、その言葉は取り合われなかった。
「彼女を連れて行く。
そうすれば、サーラ様も考えを改めるでしょう」
そう言い放つと同時に、エドリックは兵士たちへ指示を出していた。
リヒャルトは小さくため息をつき、顔を歪める。
軍人としての誇りが、このやり方を拒んでいた。それでも、命令には従わねばならない。
「……フェンリスへ連れて行け」
不本意な命令が、静かに下された。
その言葉と同時に、シェリーは兵士の手に囲まれ、怯えた表情のまま声も上げられず、ただ成す術なく引き離されていった。
「待って!」
サーラが叫び、貴賓室から飛び出してくる。
無言で連行されようとするシェリーの姿を目にした瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。
「やめてください!
彼女には、何の関係もありません!」
必死の訴えにも、エドリックの冷たい視線は揺らがない。
「関係があるかどうかは、これから決まることです。
どうか、ご自身でよくお考えください、サーラ様」
淡々と告げると、兵士たちはシェリーを連れて歩き出した。
サーラは胸の奥を締め付けられるような痛みに襲われる。
どうすればいいのか──答えは、まだ見えない。
それでも、友を救うためには、何かを選ばなければならない。
その決断の時が、確実に迫っていた。
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