2-1-11 外交官と少将の事情
暗い雲が垂れ込めた夕刻。
帝国の前線基地、その司令室で、リヒャルト少将と外交官エドリックは向かい合っていた。
室内には重苦しい空気が満ち、二人の間には言葉にしなくとも伝わる緊張が漂っている。
エドリックは柔らかな微笑を浮かべ、悠然と椅子に腰掛けていた。
その目は冷静で、理性的でありながら、どこか薄氷を踏むような冷たさを帯びている。
その態度が、軍人気質のリヒャルトの胸に、抑えがたい苛立ちを呼び起こしていた。
「エドリック。君の外交戦術が巧妙なのは認めるが、どうにも腑に落ちない」
リヒャルトは低く、だが鋭い口調で切り出した。
「真綿で首を絞めるように相手を追い詰めるのは、あまりにも回りくどい。
いっそのこと、一気に叩き潰してしまえばいいのではないか?
相手にも、無駄な苦しみを与える必要はない」
苛立ちを隠そうともせず、リヒャルトはエドリックを睨めつける。
短く刈り込まれた髪と、戦場で鍛え上げられた鋭い眼差し。
彼が即断即決を是とし、常に行動を選び続けてきた男であることを、その佇まいが雄弁に物語っていた。
一方、エドリックはリヒャルトの言葉を意に介した様子もなく、ゆったりと口を開いた。
「実に君らしい意見だ、リヒャルト。一直線で、実に軍人らしい。
だがね、帝国の目的は“敵を倒すこと”そのものではない」
彼は指先を軽く組み、冗長とも言える調子で言葉を重ねていく。
「重要なのは、支配を確実なものにすることだ。
そのためには、相手を戦略的に追い詰め、あくまで“選択肢を与える”必要がある。
無理に押し潰せば反発を招く。
だからこそ、息の根を──ゆっくりと、確実に止める。
そうすれば、その後に続く抵抗は最小限で済む」
リヒャルトの拳が、ぎしりと音を立てて握り締められた。
戦場で血を見てきた彼にとって、エドリックのやり方はあまりに悠長で、非効率に思えた。
「選択肢、だと?」
声が荒れる。
「そんな余裕を与えれば、こちらが油断した瞬間に背後から噛みつかれる。
徹底的に叩き潰し、二度と立ち上がれないようにする。
それが最も確実だ。戦場とは、そういう場所だろう?」
エドリックは薄く笑い、まるで冷水を浴びせるように言った。
「戦争は、力だけで勝つものではないよ。
外交も、情報操作も、敵の士気を削ぐことも、すべてが戦争の一部だ。
たとえ武力で勝ったとしても、その後の統治に失敗すれば、勝利は無意味になる」
その言葉に、リヒャルトは無意識にテーブルを叩いた。
「統治だと?
まず勝たなければ話にならん。勝利なくして統治などあり得ない!」
「だからこそ、だ」
エドリックは声色を変えずに続ける。
「勝利を“確実なもの”にするために、我々は時間をかける。
急いで片付けるのは簡単だが、それでは火種を残すだけだ。
相手が完全に無力化されたと確信できるまで、手を緩めてはいけない」
リヒャルトは深く息を吐いた。
理屈としては理解できる。だが、現場の現実とはあまりにも乖離している。
兵士たちが流す血と汗を、エドリックはどこまで理解しているのか──。
「我々には、あまり時間がない」
リヒャルトは冷えた声で言い放った。
「報告が遅れれば、皇帝陛下のご機嫌を損ねる。
私は結果を求めている。
長引く策は、兵を無駄に疲弊させるだけだ」
一瞬だけ、エドリックの表情が曇った。
だがすぐに、いつもの余裕を取り戻す。
「陛下への報告は私が責任を持つ。
それに、私は結果を出すために動いているんだよ。
今ここで力を振るえば、それは勝利ではなく、混乱の始まりに過ぎない。
慎重さこそが、長期的な安定をもたらす」
再び、張り詰めた沈黙が落ちた。
二人は互いに一歩も譲る気配を見せない。
視点の違いは、もはや埋めがたい溝となって横たわっていた。
やがてリヒャルトは肩をすくめ、皮肉めいた調子で言った。
「君のやり方で進むなら、せいぜい失敗しないことだ。
我々には、失敗する余裕などない」
エドリックは静かに頷き、微笑を崩さなかった。
「心配には及ばないさ、リヒャルト。
君が恐れるような失敗は、起こらない」
その言葉を、リヒャルトは素直には受け取れなかった。
だが、今はこれ以上の議論を重ねる時ではないと判断する。
二人はそれぞれのやり方で、帝国の勝利を目指している。
しかし、その道が異なる限り、彼らの間に横たわる溝が埋まることはないだろう。
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