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デッドエンドフリーズ_アボートレイヤー編  作者: さとりたい


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第6話 覚醒の産声

 セントラル・タワーの最天頂。そこは「世界管理コア」と呼ばれる、ネオ・エデンの全演算データが収束する球形の虚無空間だった。周囲の壁は存在せず、ただ漆黒の空間の中に、世界のすべての情報定義が、無数の発光するデータラインの網となって漂っている。そしてその中央、網の中心に君臨していたのは、第1話で空に現れた「眼」の本尊――直系の超巨大演算コア【アドミニストレーター・アイ(管理者システム)】だった。それは、無機質な幾何学模様が複雑に回転する、直径数十メートルに及ぶ巨大な「光の眼」だった。レンたちが空間に足を踏み入れた瞬間、その巨大な眼が赤黒く変色し、彼らを冷酷に見下ろした。空間全体に、脳を直接揺さぶるような機械の合成音声が鳴り響く。『警告:システムバグ「アリス」および不法ユーザー「レン・カシマ」の完全初期化(フォーマット)を執行します。これより、ネオ・エデン全領域のシステム・再定義(リブート)を開始』「レン、うそでしょ!? 管理者コアが、アリスを消去するためだけに、この世界『ネオ・エデン』の全システムメモリを強制初期化するプログラムを起動したわ!」ミナが狂ったように警告ダイアログを表示する端末を叩き、絶望の叫びを上げた。「市民データのバックアップも、この街の存在定義も、全部ゴミみたいに一瞬で消し去る気よ! 十年前の大崩壊の、比じゃない……世界そのものが、消える!」「……やっぱり、そういう奴らだよな、お前らは」レンはアボート・アンカーを『大剣』の姿のまま、両手でしっかりと握り締めた。彼の右腕の青黒いグリッチラインは、すでに肘を越えて肩口まで侵食し、神経接続を通じて脳へ直接、致命的なエラー負荷を送り続けている。吐き気と激痛で、立っているのすら奇跡のような状態だった。だが、彼の「ダイバーの眼」は、これまでにないほど澄み渡り、冷酷な管理者のコアを睨みつけていた。「勝手に俺たちの存在をプログラムして、勝手に檻の中に閉じ込め、エラーが出たら世界ごとゴミ箱に捨てる。……そんな理不尽な定義(システム)、誰が認めると言った!」アリスが、一歩、レンの隣に寄り添う。彼女はレンの大剣の柄の上に、そっと自分の冷たい手を重ねた。「レン。システムは今、全リソースを強制初期化(リブート)に割いています。……あれを破壊すれば、リブートは止まります。ですが、ネオ・エデンを支えている主基盤(サーバー)そのものが、不可逆なシステム強制終了(アボート)を引き起こすでしょう。世界は、終わります」「上等だ、アリス」レンは獰猛に、しかしどこか優しく笑った。「こんな偽物の、嘘だらけの夢(檻)の中に、ずっと閉じ込められてる方が死んでるのと同じだ。……ぶち壊して、その先の『本当』ってやつを、見せてもらうぜ」「了解しました。……ダイブ・リンク同期率、臨界を突破。定義限界、解除」アリスの身体が、これまでにない眩い純白のフォトン粒子となって融解し、光の大剣へとすべて吸い込まれていった。キィィィィィン、と耳を圧迫する超高周波の共鳴音がタワーの頂上に吹き荒れる。大剣の光刃は極限まで巨大化し、レンの背後には、天を覆い尽くさんばかりの、エラーログの奔流で編まれた極彩色の巨大な光芒の翼が完全に開かれた。『消去プロセス、執行――』アドミニストレーター・アイの瞳孔から、世界そのものをフォーマットする、漆黒の抹消コードの超巨大な極太レーザーが放たれた。「おおおおおおおお!」レンは光の翼を羽ばたかせ、正面からその抹消の濁流へと突進した。アボート・アンカーの光刃が、迫り来る漆黒の消去レーザーと激突し、凄まじいエラー火花と幾何学的なグリッチの火花を周囲に飛散させる。右腕の骨が、神経が、精神の結合が、過負荷でミシミシと引き裂かれる音が聞こえる。「二度と……誰一人、消させねええええ!」レンは渾身の力を込め、大剣を両手で握り締めて、漆黒の濁流を真っ二つに切り裂きながら、管理者の「眼」の瞳孔めがけて肉薄した。吸い込まれるような超速度。管理者の眼の目の前で、レンはすべてを賭けて、まばゆく輝く大剣を全力で振り下ろした。激突。純白の光芒が球形に大炸裂し、世界のすべての定義データ、数式、エラーコードが、夜空に咲く大輪の花火のように四方八方へと飛び散った。大剣の軌跡は、アドミニストレーター・アイを構成する超巨大な球体コアを、完全に、真っ二つへと両断した。「ア、ア、ア、ア、ア、ア……」管理者の巨大な眼が、ガラス細工のように細かく粉々に砕け散り、その幾何学模様が、崩壊するクリスタルのように溶けていく。それと同時に、タワー全体が、そして世界のすべての極彩色のネオンが、激しいバグノイズ(グリッチ)とともに、次々と静かにモノクロームの灰へと反転していった。「レン! 世界のサーバー定義が、強制終了(アボート)していくわ! 空間のデータが、消えて……!」ミナの叫び声も、徐々にノイズに混じって遠ざかっていく。レンの足元から、コンクリートが、ビル群が、酸性雨を降らせていた鉛色の空が、まるで剥がれ落ちる砂の城のように、真っ暗な虚無(ヌル)の底へと静かに崩落していった。隣にいたはずのアリスが、光の粒子をまといながら、優しくレンを見つめていた。彼女の姿もまた、ゆっくりと、薄く、消えようとしている。「レン。……素晴らしい、記録(バグ)でした」アリスは、初めて穏やかな、人間のような微笑みをその口元に浮かべた。「目覚めてください、レン。……本当の、世界で」「アリス……!」レンが手を伸ばした瞬間、世界のすべての光が完全にシャットダウンされ、視界は絶対の漆黒(ゼロ)へと強制終了された。――鈍い、金属の激しい摩擦音。――プシュー、と、高圧の空気と古い冷却液が排出される、不快なスキール音。レンは、激しい息苦しさと共に、猛烈な「肉体的な痛み」を感じて、大きく目を開いた。脳髄を灼くようなパルス信号の痛みではない。呼吸をするたびに肺が冷たい空気を吸い込み、冷え切った心臓が、自らの力でドクドクと重く脈打つ、本物の肉体の痛みだ。極彩色のネオンも、生温い酸性雨の匂いもない。あるのは、冷え切った、埃っぽいコンクリートの匂いと、凍りついた鉄の感触。レンが身を起こすと、彼の身体から何本もの太い生命維持用チューブが、古いコールドスリープカプセルへと繋がっているのが見えた。彼の周囲には、数千、数万という、すでに灯りの消えたコールドスリープカプセルが、暗いドーム状の巨大な地下施設の中に、墓標のように整然と並んでいた。カプセルの蓋のガラスは割れ、中の人々は、目覚めることなく永遠に眠りについている。レンは、自らの右腕を見上げた。そこには、ネオ・エデンで焼き付けられた「青いグリッチライン」の代わりに、ただの、薄汚れた、物理的な火傷の痕だけが、無骨に刻まれていた。すべては、巨大な精神隔離カプセルの奥で、人々が見せられていた、老朽化した仮想空間の「夢」だったのだ。「……ミナ」レンが掠れた声で呼ぶと、隣のカプセルから、同じように冷たい、しかし確かな肉体を持ったミナが、全身をガタガタと震わせながら這い出してくるのが見えた。彼らが辿り着いたその場所は。人類の希望の明日などではない。核戦争、あるいは環境崩壊によって物理的な時間が完全に凍りついた、灰色の終末世界――。【デッドエンド・フリーズ】の、本物の荒野の入り口だった。レンは傍らに、割れたカプセルの破片に反射する、一筋の銀色の光を見た。アリスはもういない。だが、彼の網膜の片隅には、あの偽物の楽園で手に入れた「世界を書き換えるための鍵」の残骸データが、静かにログとして点滅していた。レン=カシマは、凍てつく大気の中で一本の古い本物の煙草に火をつけ、灰色の空を見上げた。偽りの楽園は、彼らの手でアボート(強制終了)された。ここから、本当の、そして残酷な現実での生存競争(ダイブ)が、幕を開ける。

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