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デッドエンドフリーズ_アボートレイヤー編  作者: さとりたい


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## 第6話:鋼鉄の産室

 ネオ・エデンの最下層、「スクラップ・バレー」と呼ばれる廃棄区画。そこは上層のきらびやかなホログラムが届かない、重油と錆、そして行き場を失った電子の澱みが支配する場所だ。

 レンは、引きずるような足取りでアリスを連れ、その一角にある廃工場の地下へと足を踏み入れた。


 重厚な防爆シャッターが軋んだ音を立てて閉じる。その瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れ、レンはその場に膝をついた。

「……レン!」

 背後から駆け寄る足音。ミナだ。彼女はレンのボロボロになった姿と、その隣に立つ見慣れぬ少女を交互に見て、言葉を失った。

「あんた、その腕……それに、その子は誰なのよ!?」

「後だ。……先に、こいつの『冷却』を頼む。脳が、沸騰しそうだ……」

 レンは右腕のアボート・ギアを床に転がすようにして外した。ギアの接続端子からは、未だに紫色の火花が散り、過負荷による異臭が漂っている。


 ミナは素早く状況を察し、レンをメンテナンス用のリクライニングシートへと担ぎ込んだ。

「バイタルチェック開始。神経汚染率、レッドゾーン……!? 嘘でしょ、深度四の侵食域に生身で突っ込んだっていうの?」

 彼女の指がコンソールの上を踊る。数秒後、レンの首筋に冷却材が注入され、焼けるような脳の熱が、冷たい霧に包まれるように引いていった。


 レンは荒い呼吸を整えながら、薄暗い天井を見上げた。

 視界の端には、未だにシステムメッセージの残滓がノイズのように走っている。

「……アリス」

 名を呼ぶと、それまで彫像のように佇んでいた少女が、静かに歩み寄ってきた。

「私はここにいます、レン」

 彼女の声は、先ほどまでの異界で聞いた超越的な響きとは異なり、どこか頼りなげで、しかし確かな温もりを帯びていた。

 ミナが、手に持っていた診断スキャナーをアリスに向ける。だが、表示された結果を見て、彼女の眉が大きく跳ね上がった。


「……何よ、これ。生体反応はある。でも、データ構造が……人間じゃない。かと言って、既存のAIのアルゴリズムとも違う。まるで見覚えのないコードの塊……。レン、あんた一体、どこから何を拾ってきたの?」

「拾ったんじゃない。……あそこに『いた』んだ。あの侵食の渦の中心にな」

 レンは重い口を開き、断片的な記憶を辿る。

「彼女が、俺のギアを書き換えた。……いや、俺自身の『認識』を書き換えたんだ。それで、あの『眼』を消した」


 ミナの顔から血の気が引いていく。

「『眼』を……消した? 深度四のヌシを、たった一人で? そんなの、管理局の正規ダイバー部隊が一個中隊がかりでやる仕事よ。あんた、自分が何をしたか分かってるの?」

「ああ。……おかげで、世界が少しだけ『静か』になった」

 レンは自嘲気味に笑い、自分の右腕を見た。

 火傷の痕は酷いが、奇妙なことに、皮膚の下を流れる血管が微かに青白く発光しているように見えた。それは、彼がもはや「純粋な人間」ではないことを示唆する、侵食の刻印だった。


「……管理者が、動くわね」

 ミナが声を潜めて言った。

「あんな大規模な特異点消失、上層の連中が見逃すはずがない。今頃、治安維持局の『掃除屋』たちが、現場を埋め尽くしているはずよ。レン、あんたのIDはもう、ネオ・エデンの全システムでブラックリスト入りしてるかもしれない」

「分かっている。……だが、戻るつもりはない」

 レンはシートから身を起こし、アリスを見つめた。

 彼女は、廃工場の壁に投影された、古びたネオ・エデンの観光用ホログラムを、不思議そうに見つめている。

「アリス、お前は……自分が何者か、思い出せるか?」


 アリスはゆっくりと首を振った。

「私は、欠けた断片です。……レン、あなたの魂が私を呼んだから、私は形を成した。でも、私の中にある『記憶』は、まだ凍りついたまま……」

 彼女が手を伸ばし、空中に指を滑らせる。

 すると、何もない空間に、複雑な幾何学模様の光り輝くコードが展開された。それはミナが使っている旧式の端末とは比較にならない、圧倒的な情報密度を持っていた。

「ただ、一つだけ分かっていることがあります。……この世界『ネオ・エデン』は、死に向かっています。侵食は病気ではなく、この世界が『真実』に耐えきれなくなった結果の排斥反応です」


 ミナが息を呑む。

「真実……? この完璧な管理社会が、偽物だって言うの?」

「偽物ではありません。……ただの、重なり合った夢に過ぎないのです」

 アリスの瞳に、青い光が宿る。

「レン、あなたは扉を開けました。もう、閉じることはできません。……次の侵食は、もっと近くまで来ています」


 その言葉を裏付けるように、工場の外から低い地鳴りのような音が響いた。

 それは雷鳴ではない。重厚な装甲を纏った車両が、荒野を突き進む音だ。

 ミナが急いで監視モニターを確認し、悲鳴に近い声を上げた。


「……嘘でしょ!? 治安維持局の先行調査班じゃない。……これは、『執行官エグゼキューター』のシグナルよ! どうしてこんなに早く場所を……!」

 レンは無言で立ち上がり、熱を帯びたままのダイブ・ギアを再び右腕に装着した。

 激痛が走るが、それを意志の力でねじ伏せる。

「アリス、俺の背後にいろ。ミナ、お前は脱出の準備を」

「レン、無理よ! 今のあんたの数値じゃ、もう一度ダイブしたら精神が崩壊する!」

「崩壊する前に、ぶちのめすだけだ」


 レンの瞳が、アリスと同じ青い光を帯びていく。

 侵食は、もはや恐怖の対象ではない。

 それは、この不条理な世界を破壊し、真実を掴むための「力」へと変質しつつあった。

 工場の入り口が、外側から爆砕される。

 煙の中から現れたのは、人型の枠を超えた、無機質な殺戮兵器――治安維持局の執行官だった。


「……ターゲット、レン・カシマ。および、未登録のイレギュラー。……排除を開始する」

 合成音声が響くと同時に、レンは地を蹴った。

 第二の戦い。それは、ネオ・エデンの「秩序」そのものに対する、反逆の始まりだった。


(つづく)

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