第12話
本題に入る前に『のまネコ問題』とはなんぞや、という所から説明したい。『のまのまイェイ!』というフレーズを聞いたことがあるだろうか。邦題で『恋のマイヤヒ』と名付けられたこの曲は、この年の8月にオリコン・アルバムチャートで総合1位を取り、瞬く間に大ヒットナンバーとなった。元々は空耳FLASHとしてインターネット上で話題となり、そこからヒットした形である。で、そのFLASHの中で2ちゃんねるキャラクターであるモナーが使われていた。それを恋のマイヤヒのミュージックビデオの中で『のまネコ』という名前を勝手に付け、ぬいぐるみやキーホルダー等をしれっと制作して商品化し、Cマーク入りの『のまネコ製作委員会』という著作権表示を付けた。たしかモナーは著作権フリーなはず。これを勝手に改変して一企業の利益としてしまって良いものなのか、2ちゃんねらーとしては甚だ疑問だ。そしてその企業というのが、エイベックス。名前を出さないとこの先の話が進まないので、ご了承願いたい。そして、これがめちゃくちゃ大きな祭りになったのである。まず、エイベックスの社長である松浦氏に殺害予告が相次ぎ、2ちゃんねるから逮捕者が出てしまった。あまりに騒動が大きくなりすぎて『インスパイア』という言葉を使って公式ホームページで釈明したのだが、これが裏目に出てしまう。それならば、と2ちゃんねる側の有志が浜崎あゆみのロゴを『インスパイア』した『のまタコ』というキャラクターを編み出した。これを2ちゃんねる管理人のひろゆきが面白がり、エイベックスにグッズ化の打診をしただけでなく、2ちゃんねる全体の名無しが『モナーを守れ』的な文言になり、モナーのアスキーアートにわざとCマークを付けてあらゆるスレに貼っつけられたのだ。まさに、2ちゃんねるVSエイベックスという構想が出来上がってしまったのである。
夏休みが終わってしばらく経った頃、この騒動が本格化していった時期にVIPでも専用スレがガンガン立っていった。VIPの馴れ合い化に見限っていたVIPPER達が徐々に戻り、『この騒動をなるべく沢山の人に伝えよう』という動きが板全体で激化していった。もちろん、俺も足りない頭で思考を繰り返す。一体どうやればいいだろう?友達に話すだけじゃ広がらないよなぁ。もっとこう、クラス中の人に…。なんて考えていた矢先にパソコンの試験ですよ。授業兼担任を務める初老の吉川先生が内容を発表する。
「今回の試験はプレゼンテーションの発表ね。みんな自由に考えていいから。1週間後に発表ね。それまでに作っておくように。当日は1人ずつ前に出て発表!よろしく!」
えー、という声が上がる。その声とは裏腹に、俺は心の中で歓喜した。
エイベ糞の悪事をみんなに発表できる最高の場じゃないか!これしかない!
授業が始まってすぐ、俺はプレゼンテーション作成に取りかかった。まずはのまネコ問題のまとめサイトを開いて参考にする。適当にのまネコ画像を引っ張ってきて、前述した内容をしっかり書き込み、ついでにひろゆきの発言とその反応も書いておく。あとは文字のインだのアウトだの色付けすれば完成。題材が決まりきっているので、随分と早く出来上がってしまった。余った時間は無駄に凝った演出に割り当てた。『悪事を暴いたヒーロー扱いされてまどかさんからモテモテに!?』というラノベのタイトルみたいな妄想をしつつ、その日を楽しみに待っていた。
そして、発表当日。
「次は豚長くんだね。それじゃ、お願いします」
「はい!皆さん、今日プレゼンするのは大ヒット曲の恋のマイヤヒに関する、のまネコ問題についてです!」
あの時のクラスメイトの顔は今でも忘れられない。いま思い出しても、『は?何言ってんのこいつ??』という目が一斉に俺に向けられた事は間違いない。それでも絶対的自信があった俺は『まぁ見てろよ』と思いつつ、軽快にプレゼンを進めていった。
「まず、『のまのまイェイ!』というフレーズは元々FLASHで…」
「つまり、著作権がフリーだからエイベックスがパクって…」
「2ちゃん内ではエイベ糞と…」
みんなの表情がどんどん引きつっていく。俺を見る目が明らかに先程と違う。
「これをひろゆきは許さなかった!…」
「アスキーアートに著作権マークを付けて…」
あ、あれ?なんか、空気おかしくね?もしかして滑ってんの?
「これがあゆのロゴをパクった…」
「エイベ糞はインスパイアと呼び…」
クラス全員の顔が『うわっ…』という顔をしている。そりゃそうだ。キモヲタトーク全開でエイベックスを全力批判して、さらに歌姫である浜崎あゆみまでバカにしているのだ。これで引きつってない人がいたら間違いなく2ちゃんねらーである。それでも俺はめげない。最後に空気を変えるべく、俺は真っ直ぐな瞳でこう言った。
「このままではのまネコ問題は永久に不滅です!皆さん、力を貸して下さい!以上です!」
その場にいた全員、ドン引いた。
力のない拍手が教室中に響き渡る。全員のゴミを見る目が俺のハートに突き刺さる。吉川先生が全力の苦笑いで『素晴らしかったですね』とフォローする。まどかさんは目を合わそうとしない。気付いた時にはただのキモヲタ。授業終わりで三村と堀内から『おまえきめぇな』とニタニタされながら弄られまくった時には、もうどうしようもないと思った。以降、幸いにも特に目立った変わりは無かったが、女子の皆々様から少し敬遠されるようになった。まどかさんは俺に興味がないようで、相変わらず携帯を見つめていた。上村くんが言っていた『2ちゃんねらーを表立ってアピールしてはいけない』という事を今さらながら思い出し、隠れ2ちゃんねらーとして生きていく事を、深い深い胸の奥底で決心した。最終的にのまネコ問題は解決したと思う。祭りの終わりはいつも曖昧だ。それより俺の傷をさっさと曖昧にしてくれ。
この時期になると、いよいよ俺の卒業後の進路を決めなければいけない。親と揉めに揉めた結果、東京の某音楽専門学校へ入学する事が決定。もののけ姫の一件で勘違いしたまま、本気で歌手を目指そうと決めてしまったのだ。ちなみに、これに関しては全く後悔していないし、むしろ親に大感謝である。俺の学校レベルがそこまで高くないせいか、大学へ進むクラスメイトもAO入試がほとんど。卒業までまったり楽しい雰囲気の中で過ごす事になった。俺の評価はこの際、気にしてはいけない。そして、恐らくのまネコ問題が絡んだお陰だと思うが、11月にVIPの『のんびり規制』がいきなり解除された。こうなるとVIPPERの血が黙っちゃいない。相変わらずエイベックスとの抗争は続いていたのだが、そんなのお構いなしとばかりに、トーナメント以前の古参VIPPER達が一斉に糞スレを乱立したのだ。
『規制解除キタコレwwwwwww』
『おまえら久しぶり!!!!!』
『箸がwwwwwww』
『1分以内で100行ったらおっぱいうpwwwwwっうぇwwwwwww』
『>>30からいきなりアメリカ人になるスレ』
『テラワロスwwwwwww』
『ここスレだけ全員ゴリラになウホッホホーイwwwwwww』
『やっぱりこれがVIPクオリティwwwwwっうぇwwwwwww』
懐かしい光景が目の前に広がる。スレの中でVIPPER達は思い思いに楽しんでいた。もちろん、新参エセVIPPERは何が起こったかわからず、こんなスレを立てる。
『これが貴方達の言う昔のVIPですか?』
『パートスレが立てられません!荒らしは止めて下さい!』
『★☆★忠告★☆★sage進行しないと荒らされる!★☆★荒らしに負けるな!★☆★』
こんなスレを立てられたらレスするしかないでしょう。
「新参ざまぁwwwwwww」
「身内ノリきめええええええwwwwwww」
「プギャプギャ━━━m9(^Д^≡^Д^)9m━━━━!!」
「VIPPER舐めたら痛い目に合うおwwwwwww」
「俺 達 が 正 義 だ」
「さっさと巣に帰れwwwwwっうぇwwwwwww」
いやー、笑いが止まらん。悪徳商法にハマってる人の目を覚ませたら、こんな感じの爽快感なんだろうな。平井堅のPOP STARという曲を改変した『VIP STAR』というめちゃくちゃクオリティ高いものまで作り出し、徐々に本来のVIPが復活していった。気付けば天国とVIPを兼任するようになり、毎日ネタスレで楽しむ日々を送っていった。
天国ではコテがますます増えていき、もはや全員把握できないぐらいまで膨れ上がっていた。ここで印象的だったコテを上げていきたいと思う。一番仲良くネタスレで遊んでいたのが『ウコンマ』というコテ。俺が立てたスレに高確率でレスをしてくれたただけでなく、豚長にちなんで豚いじりをしてくれた。ネタクオリティも高くお笑いに貪欲なコテであった。次に『大谷まこと』という小学生コテ。ネタじゃなく、マジな小学生。どこで2ちゃんねるを知ったかわからんが、発言から立ち振る舞いまで『クソ餓鬼』という言葉が似合うコテはこいつだけだ。名前をコロコロ変えるのだが、『大谷まこと』の後ろにエクスペンデンスみたいな名前を付け足しただけで何も変わらない。良い大人になっていることを祈るばかりである。『ジョア』というコテは変なAAを使うのだが、最初は全く面白くないコテだった。だが時が経つにつれ、AAの目を変えたり身体から剣を出したりとスレ毎に使い分けるようになり、最終的に最古参として君臨するまで息が長いコテとなった。俺の中ではなかなか印象深いコテだ。『鮎』という女性コテもいた。俺と変わらないぐらいの年齢だったので話が合い、彼女が立ち上げた謎のサイトで少しだけ交流したりした。だからと言ってリアルな関係になる訳なかったのだが、俺の中では天国一面白いねーちゃんだ。後は本当に覚えていないからこんなもんで。
2005年も終わりかける頃、あと3ヶ月もしないうちに東京へ出て一人暮らしをしながら音楽専門学校に通える、という事実にワクワクしていた。同時に、このまま2ちゃんねるにハマり続けていいのだろうか、という疑問も少なからず頭の中に浮かんでいた。




