第13話
将来の目標が決まったところで、遊んでばかりいるのはマズイんじゃないでしょうか的な疑問が頭に浮かんだ。いま考えれば音楽の専門学校だし、気分的には本気出して全力で遊ぶ、みたいな感覚なんだけどね。とにかく、まずは何かケジメを付けねばならぬ。勉強の鬼となる俺を退治しにやってくるイかれた桃太郎は誰なのか。小一時間ほど考え抜いた結果、1つの壺が浮かんできた。俺にはお馴染みとなっている、あの印象的なロゴ。
そう、2ちゃんねるだ。
2006年は夢と希望に溢れる年にしたい。ならば、今までの自分をここで一旦リセットして、新たな人生の幕開けと行こうじゃないか。来年の4月以降は気持ちを切り替えて、2ちゃんねらーをスッパリと辞め、音楽にしっかりと打ち込む。ひろゆき桃太郎なんかに負けていられないのだ。ひとしきり気持ちも固まった所で、とりあえずVIPへ。ブーン小説のまとめスレをチェックして楽しそうな小説を読みふける事にした。『もう倒されてるじゃん』という突っ込みはさておき、ドクオがポケモンマスターになったりブーンがタイムスリップしたりする小説を読みつつ冬休みを過ごし、気付けば2005年はあっという間に過ぎていった。
2006年。2月から高校は自由登校となり、最後の授業の余韻にも特に浸ることはなく、家の中で遊び倒していた。2ちゃんねるも相変わらずVIPと天国を行き来しながら、ネタレスを考える日々を送る。天国のコテが益々増えていくが、相変わらずの天国クオリティに驚かされるばかりである。そして、リアル卒業式を控えた3月初め。天国板に『豚長バイバイ式』というスレを立てた。
「私を知らない方もいると思いますが、豚長は天国を卒業します。約半年間、豚長として本当にお世話になりました。感謝してもしきれません。最後に、コテの皆様と田中の皆様へメッセージをお送りします。どうぞ最後までお楽しみ下さい。それでは、式を決行します」
まずはお世話になったそれぞれのコテ達へ、俺の想いを感謝の手紙のような形で丁寧に書き綴っていく。とは言え全員は覚えていないので、何人か書き込んだ後に『覚えてなくてごめん!』というレスと共に締め括った。その後、田中達へメッセージを打ち込んでいたのだが、お別れの文章を考えているうちに気持ちが高まっていき、気付けば目には涙を浮かべていた。
「おっさん達と別れるの凄い寂しい。俺みたいなコテが立てたスレも、腐ってしまったスレも、そんなの関係なくて、みんなどんどんネタを投下してくれる。こんなに親しみやすくて優しいおっさんがいる板、他にはないよ。楽しませてくれて、怒ってくれたりもして、時には考えさせられたりもした。俺、天国の住民になれて良かったです。本当に、今までありがとうございました。みんな、健康に気をつけてね!」
無い頭をフル回転させた、ボケ無しの渾身の一文である。コテや田中達から次々とレスが返ってくる。
「俺の名前無いんだけど、なんで?」
「結局『豚長』ってなんて読むのかわかんなかったわ」
「とか言いつつ別のコテ付けるんだろ?マジでキモいわ失せろ」
「ぶっちゃけ豚長ってどんな奴かよくわかんないんだよね」
「まぁ、ガンガレ」
なんでこんな感想ばっかやねん!こっちは真剣やねんぞ!と思いつつ、改めて読み返してみるとチラシの裏へひっそり書くべき鳥肌ものの噴飯ものな文章なので、まぁ、致し方あるまい。
そして、いよいよ高校も卒業を迎える。ここでも俺はある決心をした。それは今までとは比べ物にならないくらい、これまでの人生の中で一番大きな決断だ。
まどかさんに、告白をしよう。
この先、もう一生会う事はないかもしれない。ここで気持ちを伝えなくていつ伝えるというのか。今まではストーカーよろしく心臓ドクドクあっちはビンビン状態で見ているだけだったが、どんな結果であれ、最後に一花咲かせなければならんのだ。だが、今まで告白なんかした事ないし、どうすりゃいいのか全くわからない。で、卒業式の前日に恋愛サロン板のまどかスレへ相談へ行くことになった。時期が時期なので俺みたいな人も多く、実に色々なアドバイスを貰った。それらを総合した結果、次のような段取りに決まった。
①さりげなく、まどかさんへ近づく。
②『今まで好きでした』とさらりと言い、そのまま俺の卒業アルバムを取りに戻る。
③再びまどかさんの前へ現れて『もし良かったら、お願いします』と言って最後のページにメッセージを書いてもらう。以上。
ねぇ、コイツ気持ち悪いんだけど誰かどうにかして。
あまり覚えていないが、多分まどかスレの知識が微塵も役に立ってないと思う。というより、なんか勘違いしたまま実行しようとしてる。頭の固い俺は一度心に決めてしまうと、釘を打ち込まれた板の如くプランを変更できないタチなのだ。頭の中でまどかさん告白への道のりを何度も何度もリハーサルする。脳内で毎回告白が成功しているから大丈夫、という謎の自信を付けて午前1時頃に眠りに就いた。
そして、運命の卒業式当日。今日で学校に行くのも最後かぁと思いつつ、人生初の告白に心臓がはち切れんほどバクバクしていた。式自体は滞りなく順調に過ぎていく。余談だが、卒業生の名前を読み上げる時、通常は担任の教師が手元の名簿を見ながら読み上げていく。しかし、我が吉川先生は後ろに手を組むフリースタイルで、我々クラスメイトのフルネームを順番に叫んでいった。クラスが全く変わらなかったお陰なのだが、その堂々たる叫びっぷりはお涙頂戴ものであった。
無事に式が終わり、吉川先生の話も感動ムードのまま終了。その後、自由時間が訪れた。さぁ、ここからが本番だ。と、意気込んだ所で三村と堀内に捕まった。三村が言う。
「豚長、お前とも今日で最後だな」
「そうだねぇ、淋しくなるねぇ」
心の中では『早く1人にさせてくれ』と願っていた。次に、堀内が口を開く。
「どーせお前とも会わなくなるしさ、最後にいつものゲームやんね?」
「いつもの?…あー、あれね!」
そのゲームというのは、□と■を積み重ねたり並べたりして先に4つ揃えたら勝ち、というもの。単純なのだが結構難しい。俺の勝率が1割にも満たないほど苦手なゲームなのだが、最後くらい勝って一矢報いたい。時間もかからないし。
「オッケー!本気でやる!」
「いいねぇー豚ちゃん!俺らも手ぇ抜かねーからな!」
堀内の目がわかりやすくギラギラする。イタズラ心が炸裂した時の目だ。三村も隣でニヤニヤしている。絶対勝ってやるからな!
──5分後、完敗した俺がいた。20手にも満たない散々な勝負であった。
「なんだよ相変わらずだなぁ」
三村が呆れたように笑いながら言う。そして、イタズラ好きな三村はこんな提案をした。
「せっかくだから罰ゲームしようぜ!なぁ、誰かと写真撮ってこいよ」
「どうせならやっぱ可愛い子がいいーっしょ」
堀内も賛同する。てか、なんか、嫌な予感がする。
「あんまり写真撮りたがらない奴の方がいいな」
「そーね、そっちのがおもしれーな!」
俺の勘が正しければ…。いや、流石にそれは恥ずかしすぎる、つーか、ガチで無理だ。
「じゃあ…まどかさんはどうよ!」
「いーじゃんいーじゃん!卒業式だし、この雰囲気だったら撮ってくれるっしょ!」
おーしっとまざーふぁくさのばびっちおーまいごっどふぁっきんじーざすあばばばばばばばば
「いやいやいや無理だって!それは無理だって!別の人に変えてよ!」
流石の俺も必死で抵抗。
「なんだよ、恥ずかしいのか?」
ニタニタ顔になった三村が言う。こういう俺の反応も楽しいらしい。
「罰ゲームになんねーじゃん?大丈夫だって、まどかさん優しいから!」
堀内も当たり前のように後押しをする。優しいけどさぁ、けどさぁ!
「なんかあったら俺らのせいにしていいぜ」
「そーだよ、まどかさんと喋れるんだぜ!?」
「いや、でも、だけどさぁ…」
俺がここまで抵抗するのも珍しい。当たり前なんだけど。すると、見かねた三村が言い出した。
「じゃあ、俺がここに呼んでこようか?」
そのシチュエーションを即座に想像する。あたふたする豚。いじられる豚。ドン引きするまどかさん。不機嫌な顔をするまどかさん。俺に冷たい目で
「いや、大丈夫!俺から行くからここで見てて!」
そうだ。これは神が与えし最高のチャンスだ。あのまどかさんと、無条件で写真を撮ることができるのだ。何かあれば三村と堀内の名前を出せばいい。本人達も了承済みだ。俺は2人が見守るなか、決死の覚悟でまどかさんの方へ歩みを進めた。自分の心臓が遠くにいる気がして、鼓動がどこから聞こえるかわからなくなってくる。 まどかさんは偶然にも1人。机でニコニコしながら携帯を見つめている。きっと友達とメールをしているのだろう。ハァハァと肩を上下させながら、まどかさんの前に立った。そして。
「ま、まどかさんっ!」
「ふゃい!?」
まん丸の目が俺の瞳に突き刺さる。ぎゃんかわ。落ち着けと思いながら、俺は言葉を続けた。
「いっ、いいい、いっ、いちまいっ!いちまいで、いちまいでいいから!いいい一緒にっ!一緒に、しゃしゃしゃ、写真をぉっ!!」
「え、あ、や、ごごご、ごめん!ちょっと用があって…」
刹那、物凄い勢いでクラスの友達の元へ走り去り、なにかヒソヒソと喋っていた。まどかさんは眉間にしわを寄せこちらをチラ見している。
俺の頭は真っ白になり、それ以来の事は覚えていない。だから書けない。棚の奥深くに眠っている卒業アルバムの裏が真っ白なんだから、相当なショックだったんだろう。ちなみに、三村達は俺の元へ駆け付けてこんな風に話していた。
「お前、最高にキモくて良かったわ!尋常じゃない汗かいて鼻息フーフーしてさ、いい卒業記念になったぜ!」
「豚はがんばったよ!俺は何があってもぜってー断るけどね。お前、根性あるな!」
あまりの失態故の慰めの言葉だと思う。その日の夜、県内のレストランでクラスの卒業パーティーを行なったのだが、まどかさんは出席していなかった。話を聞くと陸上部主催の卒業パーティーへ出席したのだと言う。完全に誤解を解くチャンスを失ってしまった。会場でハンバーグをモソモソ食いながらこっそり、まどかスレに『撃沈したわ…』と涙ながらに報告。その場で大量の慰めを受けた。ちなみに、相当落ち込んでいたのか何なのか、三村より家にあったという大量のCDと本人曰く要らないらしい大量の小銭を俺にプレゼントしてくれた。現在は会う事が無くなってしまったのだが、以前たまたま会った時に可愛らしい女性と仲良くしていたので、恐らく幸せに暮らしているんだと思う。堀内も全く会わないのだが、フェイスブックで良きパパとなっている姿を見る事ができるので良しとしよう。
さて、辞めると言った2ちゃんねる。これだけ続けたものを簡単に辞められる訳がなく、卒業式の1週間後にはVIPPERとしてバカみたいに楽しんでいた。いま考えてみても、なんて意志が弱い腐った豚なんだろうと思う。ひろゆき桃太郎に退治されるの早すぎやしませんか。まどかさんからなかなか卒業できないまま、都内への引越し予定日が近づいていった。




