第5話 佐々崎洸太という男
二年生――佐々崎洸太は『陽キャ』である。
いつでも陽気で、コミュニケーション能力が高く、廊下を歩けば自然と声をかけられる。
整った顔立ちと、爽やかな笑顔、そしてちょっと天然なところもある。
だからこそ、特に女子生徒からの人気が高い。
長い茶髪は校則ギリギリのラインで、着崩れた制服も相まってそれらを指摘する教師や風紀委員と毎週のように小競り合いをしていた。
『女好きの陽キャ』という印象が最も大きく、普段の言動などから、いつか女子生徒関係で問題を起こすのではないかと職員室では危惧されている。
しかし、当の本人はどこ吹く風で……。
ただ一つだけ、佐々崎洸太について確かなことがある。
それは。
苦しみ、悩み、傷ついている者を絶対に見捨てない――ということだ。
× × ×
後輩である水篠波留からの依頼を受けた翌日の朝。
佐々崎洸太は廊下を歩きながら、頭の中で情報を整理していた。
波留の依頼内容はシンプルだ。
幼馴染の同級生――永瀬凛が、クラスメイトにハブられているかもしれない。
波留との交流もほぼなくなり、陸上部も休部してしまっている。
そして波留自身、彼女を助けたいが、さまざまな葛藤があって踏み込めずにいた。
内容自体はシンプルだが、根っこはシンプルではない。
先日の吉川美香の案件と少し似ているが、今回の場合は部活ではなくクラスだ。
部活とは異なり、クラスというのは学校生活において大半を過ごす場所。
毎日顔を合わせて、一年間もの間同じ空間で時間を共にする。
自宅よりも過ごす時間が長く、家族よりも顔を合わせる時間が長い。
部活は場合によっては休部、退部という選択肢があるが……。
同じことをクラスでやろうとすると、自分の現在や将来に大きく関わってしまう。
だからこそ、余計に溜め込みやすく、周囲に助けを求めることが難しい。
そして『クラス』での孤立というのは、表からも見えにくい。
本人自身が隠そうとすることが多く、周囲が気付いても見て見ぬふりをすることもある。
確証なしに動けば、かえって状況を悪化させることもある。
なんにしても、まずは情報を集めることだ。
どこから糸を引けば、永瀬凛に辿り着けるか。
洸太は歩きながら、頭の中で人脈の地図を広げる。
凛が所属しているのは一年三組。
接点のある同級生。
それらの生徒と繋がっている二年生。
その辺りから攻めるのが自然かもしれない。
「あっ、洸太くーん!」
ふと、後ろから声がかかった。
クラスメイトの女子生徒が手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。
「おはよう洸太くん!」
「おはよっす!」
洸太は自然に笑顔を作った。
「ねぇねぇ、昨日のドラマ観た? あの展開やばくなかった!?」
「見たっす! いやー、あそこで終わるかって感じっすよね! 続きが待ち遠しいっす……」
「だよね!」
なんてことのない会話をしながら、洸太は頭の片隅で別のことを考えていた。
この子は一年生と接点があるだろうか。
妹や弟はいるかのだろうか。
一年三組に知り合いはいるのだろうか。
笑顔の裏で、静かに考えを巡らせていた。
いかに自然に相手から情報を引き出せるのかどうか。
そしてそれを、どう活かせるのか。
佐々崎洸太にとって『会話』とは、特別な武器だった。
「あっ、やべっ。そういえば数学の宿題忘れてたっす……」
「……あ、私もだ!」
「ははっ、お揃いっすね~!」
あくまでも『日常』を装い、洸太は今日も会話を重ねていく。
× × ×
その日の昼休み。
洸太は購買で買ったパンを片手に、いつもと違う経路で校内を移動していた。
現在歩いているのは、一年生の教室が並ぶ棟だ。
洸太はいつも通りヘラヘラした表情で、目当ての教室の前をさりげなく通り過ぎる。
一年三組――永瀬凛のクラスだ。
教室を通り過ぎる一瞬、視線を教室内へと走らせた。
昼休みの教室は騒がしい。
友人同士で集まってお弁当を食べている子、廊下に出ていく子、机で参考書を開いている子。
そして――窓際の席に一人でいる女子生徒。
彼女はお弁当を食べているが、誰とも話していない。
スマートフォンを見ているわけでもなく、本を読んでいるわけでもなく、ただ静かにお弁当を食べている。
見た感じ、周りの子たちは彼女を無視しているわけではない。
でも、声をかけている子もいない。
まるで、そこに透明な壁があるみたいに……。
洸太はひとまず、そのまま通り過ぎた。
立ち止まらず、視線も止めない。
ただ、頭の中に一瞬の情報を刻みつけた。
(……なるほどっすねぇ)
洸太が見た印象だけで言えば、孤立しているというより、永瀬凛が自分から周囲と距離を置いているようにも見えた。
なんというか……傷つくのを恐れて、先に壁を作っているような。
廊下の角を曲がったところで、洸太はスマートフォンを取り出す。
「さてさて……」
SNSを起動し、いくつかのアカウントを確認する。
洸太は普段から、様々なコミュニティのグループに顔を出している。
一年生が多いグループ、運動部が多いグループ、文化部系のグループなどなど……その範囲はかなり広い。
そこに流れてくる情報は、直接本人に聞くより正直なことが多い。
ましてや、現代は情報社会。
顔と名前を隠しながら、多くの人間がさまざまなことを発信できる時代だ。
もちろん、《《良くも悪くも》》……だが。
「……おっ、これは」
一年三組に関係するアカウントで、一定の期間から投稿がピタリと止まっている。
それまで楽しげな投稿が続いていたのに、妙に不自然なアカウントだった。
それだけで洸太は読めた。
このアカウントは、もしかすると――
「これは……確実にいるっすねぇ。裏から仕掛けてる人間が」
吉川美香の件とは異なり、今回の仕掛人は裏で動いている。
『誰が』扇動しているのかは、現時点ではハッキリと読めない。
洸太はスマートフォンをポケットに戻した。
一息ついたあと、パンをひとかじりして次の動きを考える。
目には目を、歯には歯を。
そして。
裏には『裏』を。
× × ×
午後の授業が終わって放課後。
洸太は昇降口で二年生の女子グループと鉢合わせた。
「あ、洸太くん! ちょうど良かった! せっかくだし一緒に帰らない?」
「お、いいっすよ~! 男一人で帰ってもつまらないっすからね!」
洸太は自然に輪へ加わる。
会話に出る話題は、テストのことや部活のこと、好きなアイドルのことなど……ごくごく普通の内容だ。
洸太は適度な相槌を打ちながら、タイミングを見計らって話の流れを引っ張った。
「そういえば、最近一年の子と関わる機会ってあるっすか? 友達の身内が一年にいるらしいんすけど、クラスの雰囲気が微妙って愚痴られたらしいんすよねー」
「えー、あんま詳しくないけど……雰囲気が微妙なクラスってあったっけ?」
「洸太くん、それって何組の話か分かるー?」
「えーっとたしか……三組とか五組とか、そのあたりだった気がするっすね」
「三組か五組かぁ……。その二択だったら三組かも? 確証はないけどね」
三組。
その単語を洸太は聞き逃さなかった。
「部活の後輩からね、なんか三組の雰囲気が最近ちょっと微妙って聞いたんだよね。別に私はそんなことなさそうに見えたんだけど」
「へぇ、そうなんすか? 微妙って、どんな感じで?」
「うーん、元々仲良かったグループがあったんだけど、ちょっと揉めちゃって一人の子が浮いた疑惑……? とかあって、その辺かららしいよ」
「ほー、なんかきっかけがあったんすかねぇ」
「や、全然分かんない。そもそもみんなが見てる前で揉めたわけじゃないらしいし、周りが勝手にそう言ってるだけかも?」
「そっかぁ。よく分かんねーけど、なんか大変っすね」
「まぁ、人間関係の揉め事なんて普通にあることだと思うけどねー」
洸太はそれ以上掘り下げることなく、話を終わらせた。
三組の仲良しグループが揉めて、一人が浮いた。
確証はなく今はただの断片に過ぎない情報だが、それで十分だった。
いつしかその断片が、一枚の大きな絵を完成させる。
なにかのきっかけで永瀬凛は友人グループと揉めて、孤立してしまった……と考えるのが現時点では有力だろう。
まずは、部で情報共有するとしよう。
× × ×
翌日、旧校舎三階。
放課後羅針部の部室には、五人の部員に加えて今回の依頼人──水篠波留が揃っていた。
本来であれば依頼人が同席する必要がないのだが、波留の強い意思でこの場所にいた。
幼馴染のつらい現状を聞くことになるかもしれない。
それを分かったうえで、同席することを選んだのだ。
「水篠の依頼を受けて、少し経ったわけだが……ひとまず現状を共有してくれ。コータ、頼む」
「っす」
洸太が壁から背を離し、波留を一瞥してから話し始めた。
「昼休み、一年三組の中をさりげなく観察したっす。んで、凛ちゃんは一人で過ごしてました。孤立というより……透明になってる、って言ったほうが正しいかもっすねぇ」
「と、透明……ですか? 凛が……?」
「うん。別に無視されてるとか、陰口を言われてる感じじゃないから分かりづらいっすけど……。でも、誰も彼女に関わろうとしてなかったんすよねぇ」
波留は俯き、ギュッと手を握る。
幼馴染がそんな状況になっているのに、自分はなにも知らなかった。
いや、あれこれ理由をつけて知ろうとしていなかった。
自分がもっと早く行動していれば――
「水篠」
名前を呼ばれたことで、波留はハッとして顔を上げる。
岳が真剣な表情でまっすぐ波留を見ていた。
「気持ちは分かるが、落ち込むのはあとだ。お前は永瀬のことをなんとかしたいからここにいるんだろ?」
「それは……はい」
「俺たちは言ったはずだ。お前を一人で悩ませることはしない、と。今は少しずつ情報を整理して、なにができるかを考えよう」
「……はい!」
表情に明るさを取り戻した波留を見て、岳は頷いた。
波留からすれば、岳たちのことをよく知っているわけではない。
でも、心強い存在であることには違いなかった。
波留は軽く自分の頬を叩いて「よし」と気合を入れる。
「話を折ってごめんなさい! 続けてください!」
「ひゅー、岳先輩もかっけーこと言うっすねぇ」
「そうだろ? それでコータ、SNSはどうだ?」
「そっちも確認したっす。凛ちゃんのアカウントは見つけたんすけど……投稿は二ヶ月前くらいで止まってました。それまではクラスメイトとの楽しそうな投稿をしてたんすけどね」
「水篠、『二ヶ月前』にピンとくるものはあるか?」
波留は少し考える素振りを見せたあと、ゆっくりと頷いた。
「凛の様子が変わったのは……そこくらいからなんです」
「なーるほど。それと、三組で結構前に揉め事があったらしいっす。元々仲良かったグループがあったんすけど、そのせいでそこから一人が浮いた……って」
「揉め事? それは事実だって断定できるか?」
「いや、そこまでは。あくまで人づてに聞いただけなんで断定はできないっすね。ただ……なにもないところから、そういう噂が突然出てくるとも思えない。永瀬さんの周りでなにかがあった可能性は、高いと思うっすね」
「その点についてなら、わたくしからも報告がありますわ」
涼音の落ち着いた声が、二人の会話に割って入った。
一同の視線が、部屋の隅へ向く。
涼音は端末を操作しながら、姿勢を崩すことなく口を開いた。
「スズネ、なにか分かったのか?」
「ええ。洸太さんの調査と並行して、わたくしのほうでも一年三組の人間関係について調べていましたの」
「人間関係、ですか?」
波留が首をかしげる。
「クラスという集団には、どうしても小さなグループがいくつかできますわ。誰と誰が親しく、誰が中心にいて、誰がその周囲にいるのか。今回はそこから辿ってみましたの」
「へー、それでなんか見つかったんすか?」
「もちろん。こちらをご覧ください」
涼音は席から立ち上がり、端末をテーブルの上に置いた。
一同も身を乗り出し、画面をのぞき込む。
そこには、SNSのとあるアカウントが表示されていた。
「これは一年三組クラスの中心人物――田中里奈さんと思われる女子生徒のアカウントですわ。投稿や画像の内容を見てみてください」
「自己啓発系の前向きな言葉、友人との楽しそうな写真、勉強の記録……。誰が見ても感じの良いアカウントって感じだな」
岳の言葉に、涼音は頷く。
誰かを元気付けるような言葉。
友人と笑い合っている日常の写真。
将来の夢、なにげない呟き。
見ていて不快になる要素ははなく、むしろ好印象を抱く投稿が目立つアカウントだ。
「水篠、セナ、田中里奈のことは知ってるか?」
「は、はい。成績優秀の生徒で、人当たりも良いから先生からも頼られている……って話です。同じクラスじゃないので詳しくはないですけど……中心人物というのは間違ってないと思います」
「あたしも話したことあるけど、いい人だったよー? ザ・優等生って感じ!」
「お二人の言う通り、わたくしもこのアカウントを見ている限りは模範的な優等生だと思っていました。ですが――」
涼音は端末を操作し、別のアカウントを表示させた。
アイコンは真っ黒で、自己紹介欄も適当。
謎のアカウントを前に、岳たちは眉をひそめて涼音の言葉を待つ。
「皆さん、こちらのアカウントの投稿に目を通してくださいまし」
涼音の言う通り、それぞれ投稿内容を確認していく。
そして確認すればするほど……表情が曇っていった。
それほど前に、投稿されている言葉が《《攻撃的》》だった。
「――そのアカウント、田中里奈さんの裏アカウントですの」
衝撃的な事実を涼音はさらりと述べる。
「えっ、マジっすか?」
「マジ、ですわ。直接的な言葉こそは使っていませんが……読み解けば明らかに特定の『誰か』を指している投稿が、ここ二カ月で二十数件ほど。内容は積極的な攻撃というより……存在を消そうとしている印象ですわね。無視する、関わらない、それをグループ全体に仄めかすような投稿ですの」
部屋に沈黙が訪れる。
波留は画面を見つめたまま、唇をかみしめた。
あのアカウントが指している『誰か』が、自分の幼馴染のことなのだとしたら……。
この二ヶ月、凛はずっとそんな目に遭っていたということになる。
「……涼音、どうやってそのアカウントの特定をしたのですか?」
「企業秘密、と言っておきますわ。ただ、内容や日付、投稿画像の影、細かい言葉遣いなど……《《さまざまな点》》を考慮したうえで、本人である可能性はかなり高いですわ」
「うわー。スズネさんこわー……」
「清那さん?」
「なんでもないですっ!!!」
清那がすっと目を逸らす。
味方だからこそこんなにも頼りになるが、もしも敵だったら……。
そう考えるだけでゾッとしてしまうほど、涼音の手腕は凄まじいものだった。
「あともう一点、気になることがありますわ」
「続けてくれ」
「永瀬凛さん、入学当初は田中里奈さんのグループの中にいたようですわね。笑顔で、他の子たちと肩を並べている写真も残っています。……でも、入学から二ヶ月ほど前から彼女たちの交流はなくなった」
「コータが聞いた情報と一致するな。つまり永瀬凛はその田中里奈となにかあって、関係が変わったってことか」
「ですわね。田中里奈さんは優等生として生徒や先生に慕われている以上……どちらの味方が増えるのかは、想像に難くありませんわ」
その言葉が静かに、でも重く部室に落ちた。
波留がかすかに肩を揺らす。
波留の感情に気付いた清那が、さりげなく波留の隣に移動した。
言葉はかけず……ただ、そこにいるだけ。
それだけで、波留の強ばった表情が少しだけ和らいだ。
「……にしても、表と裏でずいぶんと矛盾したアカウントだな」
岳が端末の画面を見ながら言った。
「そうね、私も同じことを思っていたわ」
「だろ?」
「ガクさん、ミナトさん、矛盾ってなにー?」
首をかしげる清那に岳が続ける。
「表のアカウントでは、普段の日常のほかに人権や差別とかに関する啓発っぽい投稿をしてるだろ? 人間の心を守ることの大切さを訴える投稿ってのを発信しているわけだ。で、それと比べて裏のアカウントを見てみろ」
岳の言葉を受けて、全員が思考を巡らせた。
表では正義を語り、裏では特定の誰かの存在を消そうとしている。
遠回しな言葉を使っているだけで、やっていることは明らかだ
「表面上では正義の味方を演じ、その裏で真逆のことをやっている……そういう人間である可能性がかなり高い」
「揺さぶるとしたらそこかしら」
「だな。この矛盾をどう使うかが次の課題だ」
「つっても、直接暴露……ってのはオレたちのやり方じゃねーっすしね。受けている『依頼』ともかけ離れてるし」
岳が頷いた。
今回ラシンが受けている依頼は、水篠波留が再び永瀬凛の手を取れるように手助けをすること。
それ以外の行動は、依頼人の希望と異なる。
理想は、田中里奈自身が自分の過ちに気が付き、自分自身の意思で己を顧みられるように仕向けること。
そのために必要なピースを岳は考える。
「ミナト」
岳は湊へと視線を向ける。
「なにかしら?」
「近々、《《ある学校行事》》があるよな?」
湊は少し間を置いてから、小さく口元を緩める。
岳がなにを言いたいのか、言葉の続きを聞かなくても分かった。
「……あぁそういうこと。了解よ、岳。その件は私に任せてちょうだい」
「頼んだ」
「えっ、なになに!? なんで二人で納得してるの!? あたしも知りたい~!」
「ちゃんと形になったら教えますよ、清那」
「えー! 助けてハルちゃ~ん!! 二人があたしに隠し事するよ~!」
「えっ、えっ……?」
「いつものことなんで気にしなくていいっすよ、波留ちゃん」
清那の明るさにより、部室に笑いが起きた。
波留もつられて、小さく笑った。
先ほどまでの重い空気が、わずかにほどけていく。
「コータ、田中里奈と永瀬凛の間になにがあったのかをもう少し掘り下げてくれ。動機がわかれば、方針がより固まる」
「ういっす!」
「スズネ、お前も引き続き頼む」
「ええ」
岳は全員を見渡した。
一人ずつ、確かめるように視線を向けていく。
「んじゃ、各自そんな感じで頼む。くれぐれも急がないで――」
「と、渡海先輩!」
岳が締めようとしたところで、波留が恐る恐る手を挙げた。
「どうした?」
「わ、私もなにかお手伝いできることありますか……!? みなさんばかりに負担を押し付けてしまって――」
「水篠」
岳は静かに、でもはっきりと波留の名前を呼んだ。
「お前が今やるべきことは『待つ』ことだ。永瀬に一番近いお前が焦って動いたら、逆に永瀬を追い詰めることになるかもしれない。それだけは絶対に避けたい」
「それは……」
「それに言ったはずだ。最後に答えを決めて、動くのはお前自身だと。それこそがお前に……水篠波留にしかできない役目だ」
「先輩……」
波留は悔しさやもどかしさをこらえながら、唇を引き結んだ。
それを見た洸太は立ち上がり、軽い調子で口を開く。
「波留ちゃん」
洸太が声をかけたことで、波留が顔を上げる。
「オレたちを信じて待っててくださいっす。必ず、波留ちゃんの出番まで繋ぎますから」
「そうそう! てきざいてきしょ? ってやつだよハルちゃん!」
「そういうことですわ。わたくしたちは、自分の役目を果たしているだけですの」
「岳に……私たちにお任せください。そのために私たちラシンはいるのですから」
「そういうことだ、水篠。頼りになる連中だろ?」
「みなさん……」
波留は少し目を伏せてから、うなずいた。
「……はい。お願いします」
「お任せあれっすよ!!」
洸太は明るく笑って、グッと親指を上げた。
× × ×
その夜、洸太は自室でスマートフォンを眺めていた。
画面には、涼音が見つけた田中里奈の裏アカウントが表示されている。
投稿を読めば読むほど、腹が立った。
表では正義を語り、裏では特定の誰かの存在を消そうとしている。
遠回しな言葉を使っているだけで、やっていることは明らかだ。
「……なんなんすかね、ホント」
スマートフォンを握る手に力がこもる。
洸太はこういう卑怯なことが心底嫌いだった。
直接言えないなら言うな、と思う。
陰でこそこそやるなら最初からやるな、と思う。
そう思ってしまうが、感情のままに動いたらより事態を悪化させてしまう可能性が高い。
それが、ラシンを通して学んだこと。
――まだ洸太がラシンに入部する前、大きな後悔をしたことがある。
高校一年生のとき、仲の良かった友達が不良グループに騙され、問題を起こしてしまったことがあった。
追い詰められていく友達を見捨てられなかった洸太は、迷わず友達をかばうことにした。
友達の罪を、被ったのだ。
そのせいで洸太自身も不良グループに目をつけられて、しばらく酷い目に遭った。
殴られ、蹴られ……痛い思いもした。怖い思いもした。
それでも、洸太は決して友達の名前を出さなかった。
自分がすべてやったことだ、と。
そんな洸太に救われた友達が、巡り巡って放課後羅針部の扉を開き――
依頼を受けた渡海岳が、洸太を救った。
あのとき、ボロボロだった自分にかけた岳の言葉を、洸太は今でも覚えている。
真っ直ぐに洸太を見て、言ったのだ。
――『お前はお前が守りたかったものを全力で守った。それは誰にでもできることじゃない。今までよく頑張ったな、佐々崎洸太』
その言葉で、なにかが報われた気がした。
ずっと自分一人で抱えてきたから。
誰にも相談なんてできなかったから。
だからこそ、洸太は今ここにいる。
あのときの岳みたいに、立ち止まっている誰かの助けになりたくて。
「……ははっ、懐かしいっすねぇ」
洸太はスマートフォンを置いて、天井を見上げた。
永瀬凛は……水篠波留は今、どんな気持ちで過ごしているのだろう。
早くなんとかしたい。でも、焦ってはいけない。
洸太は深呼吸を一つして、目を閉じた。
苦しみ、悩み、傷ついている者を絶対に見捨てない。
それだけは、絶対に。
その決意を胸に、佐々崎洸太は渡海岳とともに歩むことを決めたのだ。




