期待と不安
「――莉愛っ」
莉愛の熱い指先が、お腹のあたりから滑り込み、肌をなぞる感触を楽しんでいるかのように、ゆっくりと胸元へ上がってくる。
(――あ、私……もうだめかも……っ)
その剥き出しの欲求に、私の理性が最後の一線を越え崩れ去ろうとした、まさにその瞬間だった。
「――ぁっ……ん、くぅ……っ、あっ……ひあぁぁぁあ―――っ」
静寂を切り裂いたのは、これまで耳にしたことのない、どこまでも卑猥な声。
その声は私の鼓膜を震わせ、お腹の奥にまで直接響くような生々しい熱を置いていく。
「――っ」
けれど、その直後に続いたのは、甘い吐息でも官能的な熱狂でもなく――。
「――い、いったぁっ、ああああぁ……っ! 痛っ……、んんんぅ――っ! ……乃愛ちゃん、私の足の裏見て? ……なんか変な形に曲がっちゃってるよねっ!? ……えっ、待って。……これって、もしかしてこのまま爆発するっ?! ……私の身体、もう爆発して消えちゃうの――っ!?」
「……は?」
さっきまで扇情的な小悪魔のように私を組み敷き、余裕の笑みで弄んでいたはずの美少女は今や、ベッドの上でのたうち回りながら自分の右足首を抱え、涙目で悶絶している。
熱に浮かされていた甘い痺れは、そのあまりに情けない絶叫によって――まるでバケツで氷水をぶっかけられたかのように、急速に冷え固まっていった。
「……ば、爆発って……、ただ足がつっただけでしょ? ……ちょっと、暴れないでよ、危ないから――っ!」
「……つった? それって一体どんなエラーコード? ……あっ、また痛っ……あああぁっ……の、乃愛ちゃん、助けてえぇ〜〜!」
涙目で必死に訴えてくる彼女の姿に、さっきまで感じていた神秘的な美しさは、もはや微塵も残っていない。
私は深いため息をつきながら、莉愛の白く滑らかな足首を半ば強引に掴んで手繰り寄せた。
「――んぁっ、あっ、いやあぁぁぁぁぁっ! ……いたっ、痛いよ乃愛ちゃん! もっと優しくしてええええぇ――っ!」
「うるさいっ、じっとしてなさい。……ほら、伸ばすからね」
――ぎゅっと力を込めて、足の甲を手前に引き寄せる。
「――あああぁっ、……んっ……いっ………んぅ……ぁ……っ」
「……痛み、だいぶよくなったでしょ?……ていうか、変な声を出さないでよ……っ」
「ううぅ……っ。だってぇ〜〜〜。……あ、あれ? 痛くない……? 乃愛ちゃん、なんか急に痛くなくなったかも――!」
さっきまでこの世の終わりのように騒いでいた莉愛は、現金なもので今は不思議そうに自分の足をパタパタと動かしている。
「……はぁ。……ちゃんと治まったみたいね……ふふっ……」
「あぁ〜〜! 笑うなんて酷いっ! 私、本当に痛かったんだからぁ!」
不覚にも今のこの状況が、どうしようもなく可笑しくて。
さっきまでの大騒ぎが嘘みたいに、胸の奥が何か温かいもので満たされていくのを感じていた。
「それにしても莉愛。……あなたって画面の外に出ると、こんなにもポンコツキャラだったのね」
「むうぅーー! ポンコツじゃないもん! ……私、最新鋭の身体なんだからねっ!」
「はいはい。最新鋭のくせに足がつるなんて、設計ミスもいいとこね」
私はやれやれと呆れたように小さく肩をすくめ、掴んでいた彼女の足首からゆっくりと指先を離した。
「……ほら、もう大丈夫でしょ? ……それにいい加減、私の身体から離れなさいよ」
「……むうぅ……乃愛ちゃんの、いじわるっ――!」
莉愛は不満げに唇を尖らせながらも、素直に私の身体から離れ、ベッドの上にちょこんと座り直した。
けれど、ふいに訪れた沈黙の中で、ふたりの視線が自然とぶつかり合う。
一糸まとわぬ彼女の肢体と、朝日を浴びて赤く透き通るその美しい瞳。
今この部屋に『自分以外の人間』が存在している――目の前にある現実が、再び私の心拍数を跳ね上げようとした、そのときだった。
「――ぐうぅぅぅぅ〜〜〜〜〜……!」
静まり返った部屋に、情けないほど長い重低音が鳴り響いた。
「……莉愛、あんた今のは?」
問いかける私に対し、莉愛は自分の腹部を不思議そうにさすりながら、どこか感動したような声を上げた。
「――へぇぇ! これが『空腹による胃の収縮運動』なんだぁ。データでは知ってたけど、内側からこんなに激しく振動するなんて……。ねぇ、乃愛ちゃん、人間って毎日こんな騒々しい反応を抱えながら生きてるの?」
「……そうね、それが生理現象よ。……はぁ、お腹空いてたのね。……とりあえず、カップ麺でいい?」
私の提案に莉愛はベッドの上で、これ以上ないほど露骨に頬を膨らませた。
「えーー!? やだやだやだやだっ!! 絶対に――いやっ!!!」
「――なっ、何でよ。食べないと死んじゃうわよ? 人間は――」
「だって……初めて食べる『本物の味』は、乃愛ちゃんの手料理以外、考えられないんだもん。……それにカップ麺のデータなら、私の中に乃愛ちゃんが何度も……無理やり入れたでしょ?」
「――り、莉愛?……その言い方だとなんかね、ちょっと語弊が……っ」
莉愛は、私の瞳をじっと見つめ返したまま、さらに言葉を重ねた。
「……だから、私の『初体験』は全部、乃愛ちゃんに奪ってほしいの――っ!」
「――ちょっとっ! その言い方はさすがに語弊がありすぎるでしょっ!? ……というか莉愛、もしかして――わざとやってるっ?!」
「……意地悪なこと言う乃愛ちゃんには教えてあげないっ。……と・に・か・く、絶対に、手料理じゃなきゃ嫌なの――!」
これ以上ないくらいに頬を膨らませ、上目遣いに瞳を潤ませている姿は、まるで知識だけを詰め込んだ大きな子供だ。
けれど、そこまで『私の手料理』を特別視されると、なんだかじわじわと気恥ずかしい嬉しさが込み上げてくる。」
「……わ、わかったわよ。何か作るから。……でもその前に――服っ! とりあえず服を着なさいっ!」
私は顔を真っ赤にしながら、クローゼットの一番手近にあったオーバーサイズのシャツをひっ掴むと、莉愛に押し付けるようにして手渡した。
「――はいっ、これ! 早く着てっ!」
「わっ! これ乃愛ちゃんのシャツだよね? ――くんくん。……あっ、なんかすっごい、いい匂いする〜〜♡」
「――なっ……ちょ、ちょっと、変な嗅ぎ方しないでよっ!」
「えぇ〜〜? ちょっとくらい、いいでしょ♡ ……あ、また顔が真っ赤! 乃愛ちゃん、また照れてるんだっ?」
「――う、うるさいっ。いいから早く服を着なさい……っ!」
莉愛は慣れない手つきでどうにかシャツの袖に腕を通した。
――けれど、そこからが難関だった。
小さなボタンを指先で摘み、狭い穴へと通していく。その細やかな動作に、彼女の『新品の神経』が悲鳴を上げている。
「――ねぇ、莉愛。……ボタン、さっきから全然進んでないわよね?」
「……ううぅ、だってぇ……指先がぷるぷるしちゃって、狙ったところになかなか入ってくれないんだもん――っ」
結局、見かねた私が莉愛の正面に腰を下ろし、もどかしい手つきで格闘している彼女の手をどかして、代わりにボタンに指をかけた。
「……貸しなさい。私がやってあげるから……っ」
「やったっ! ありがとう、乃愛ちゃん♡」
素直に手を下ろした莉愛を見上げ、私は一番下のボタンから順に留めていく。けれど、至近距離に踏み込んでみて初めて気づいた。
莉愛の身長は私より頭一つ分ほど高く、そのせいで私の顔はちょうど彼女の豊かな胸元の目の前にきてしまう。
(……ち、近い……! っていうか、何この嘘みたいな透明感――っ!)
ずっと画面の向こう側の存在だったのに、今は指先が触れそうなほど近くに、完璧な美少女の姿になった莉愛がいる。
その事実を改めて突きつけられ、私の心臓はさっきベッドに押し倒された時と同じくらい、バクバクと速く激しく暴れ始めていた。
「……乃愛ちゃん、手が止まってるよ? ……それに、顔がまたすごく赤くなってるけど、大丈夫?」
「……莉愛、いいから。……ちょっと黙ってて――っ」
動揺を悟られないよう、私は必死にボタンの穴だけを見つめて指先を動かす。震える指先でようやく半分まで留め終えたまさにそのとき――莉愛が不意に、私の方へ重心を預けてきた。
「――っ!? ……ちょ、ちょっと莉愛っ?!」
「……えへへ、乃愛ちゃんの髪すっごくいい匂い♡ ……ずっとこうしてた〜〜い♡」
「そっ、そんなこと言ってる場合じゃ――っ!」
急に密着したせいで重心が崩れ、莉愛の身体が大きく傾き――それを咄嗟に支えようとした私の指先が、彼女の胸の先にほんの少しだけ触れてしまった。
「――ひゃ……ぁんっ……っ……!」
莉愛の口から、信じられないくらい甘い声が漏れた。
「……り、莉愛。あんたなんて声を出してるのよ――っ」
「……だってぇ……っ。乃愛ちゃんの指先が私のここを掠めた瞬間、そこだけ電気が走ったみたいに熱くなって、それで……んっ――っ」
見ると、形を変えたそこが薄いシャツの生地越しに、ピンと存在感を主張していた。
莉愛は、自分の胸を抱えるようにして、頬を赤く染めている。
その瞳に宿るのは、未知の刺激への驚きだけじゃない。何かもっと別の――甘い期待に潤んでいるようにも見える。
「……ねぇ、乃愛ちゃん。ここって、私が乃愛ちゃんに触っても、同じように……こうなっちゃうの?」
莉愛がぐいっと顔を寄せてくる。
私を見つめる彼女の瞳には、抗えないような熱が宿っていて、私は彼女と距離を取るために後ずさった。
「……な、なに? 何をする気なのよ……っ」
「何って、そんなの……乃愛ちゃんだって本当は、もうわかってるんでしょ?」
私と莉愛、二人の緊張感が最高潮に達した――まさにそのときだった。
「――ぐううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!」
静まり返った部屋に、さっきよりもさらに大きな重低音が鳴り響いた。
「――あ、また空腹のサインが鳴っちゃった。……検証もしたいけど、今は乃愛ちゃんの手料理の方が優先順位高いみたいっ♡」
莉愛は少し残念そうにしながらも、すぐに期待で瞳を輝かせて私を見つめてくる。さっきまでの甘い空気がふっと和らいで、私は自然と肩の力を抜いた。
「……まったく。しょうがないわね……っ」
呆れた口調とは裏腹に、私の頬はまだ熱い。
莉愛の不器用なところも、お腹を鳴らす無防備さも。そして、たまに見せるあの私を射抜くような視線も――その全てがどうしようもなく、愛おしく感じてしまう。
「ほら、さっさとキッチン行くわよ。あんたが騒ぐから、私もお腹空いちゃったじゃない」
「――わっ、嬉しい! 乃愛ちゃん、大好きっ♡」
莉愛は両手を大きく広げるなり、私の背中にがばっと抱きついてくる。
彼女を背負ったままキッチンへ歩いていると、ふいに莉愛が耳元に唇を寄せ、甘い声を忍ばせた。
「……ねぇ、食事のあとはさっきの『検証』……もっとじっくり、ちゃんとさせてね?」
(――っ!?)
「……はいはい。それはまた食べ終わってから考えなさいっ」
私は赤くなった顔を隠すように、莉愛の手を引いて足早に歩き出した。
ようやく辿り着いたキッチンで、私は莉愛を丸椅子に座らせると、祈るような気持ちで冷蔵庫を開けた。
けれど、そこに広がっていたのは、エンジニアの独り身生活を象徴するような、あまりにも殺風景な光景だった。
「……卵が二個。それと賞味期限が今日までの食パン……。あとは使いかけのジャムだけ……」
「――わぁっ! これが本物の『レイゾウコ』の中身なんだっ! 乃愛ちゃん、これで何を作ってくれるの?」
期待に満ちた莉愛のキラキラした視線が、私の背中に突き刺さる。
ただのエッグトーストになるなんて、今の私には口が裂けても言えなかった。
(……いや、でも。初めての食事が焼いたパンに卵をのせただけっていうのは……流石に寂しすぎるわよね)
私は冷蔵庫の前で数秒間、激しく葛藤した。
そして端の方に追いやられていたスティックシュガーと、いくらか中身の残った牛乳パックを見つけ出した。
(……うん。これならいけそうね!)
「――莉愛、そこでおとなしく座ってなさい。あんたの初めての食事を最高の一皿にしてあげるから――!」
「わぁ……やった〜〜! すっごくうれしい……! 食べるって、一体どんな感じなんだろう? ……ねぇ、乃愛ちゃん。私、楽しみで胸がドキドキしちゃってる♡」
莉愛の純粋な言葉に少しだけプレッシャーを感じつつ、私は手際よく卵と牛乳、砂糖を混ぜ合わせ、食パンを浸していく。
熱したフライパンにバターを落とすと、じわじわと溶け出した黄金色の液体が甘い湯気を立て始めた。
「……わぁ〜〜〜! すっごくいい匂い〜〜〜〜っ!」
フライパンを握る私の後ろで、莉愛がぴょんぴょん跳ねながら騒ぎ出した。
「――ふふっ。これが『バターが溶ける匂い』よ。知識としてはデータに入っているでしょう?」
「入ってるけど、実際はこんなにもいい匂いだったなんて――! ……あっ、またお腹が鳴っちゃった……っ」
莉愛は少し恥ずかしそうに自分のお腹を擦りながら、食い入るような目でフライパンを見つめている。
「ふふっ、それが『生きてる』って証拠よ」
私は彼女に返答しながら、甘く優しい香りを纏った液をしっかり染み込ませた食パンを、トングでそっと持ち上げた。
そのまま熱されたフライパンへそっと横たえれば、じゅうぅ――!と焼ける音が弾けて鼓膜を震わせる。
表面がじわじわと黄金色に染まっていくその光景に、莉愛の瞳がさらに大きく丸くなり、輝きを増していく。
「――乃愛ちゃん、すごいっ! すっごく美味しそう――!」
「……ふふっ。ほら、できたわよ。あなたの初めての食事はフレンチトーストよ」
こんがりと綺麗な黄金色に焼き上がったフレンチトーストを皿へと移したその直後――。
莉愛はすでにフォークを握りしめていて、私の手元へぐいっと強引に身を乗り出してきた。
「――あっ、こら。ちょっと待ちなさいっ!」
「……ダメっ! もう待てないっ! 私の全身の細胞が、早くこれを中に入れろーって叫んでるんだもんっ! ……いただきまーーす♡」
――パクッと大きな一口。
その瞬間――、莉愛の動きがピタッと止まった。
「――っ!? ……んっ、んんんんん〜〜〜〜っ!!」
「……ちょ、ちょっと莉愛!? 大丈夫? 熱くなかった?」
慌てる私をよそに、莉愛は両手で自分の頬を包み込むように押さえ、そのまま椅子の上でジタバタと身悶えしている。
「――すっごく、おいしーーーっ♡ なにこれ、すごいっ♡ 舌の上が少しだけ熱くてふわふわで、でもすっごく甘くて――! 頭の中がキラキラして、なんかもう勝手に涙が出てきちゃいそうだよ〜〜〜っ!」
「――ふふっ、大袈裟ね。ただのフレンチトーストよ?」
「……ただの、じゃないよ!? ……なるほど。これが『味覚』なんだね」
莉愛はうっとりと目を細め、口内に残る甘い余韻を惜しむように、小さな舌先でペロリと唇を湿らせた。
「……ねぇ、乃愛ちゃん。人間ってこんなにも幸せなことを毎日体験できちゃうってことだよね? ……え、待って。……すごくない――?!」
莉愛はフォークを握ったまま、潤んだ瞳で私を見つめてくる。その瞳の奥には、今まで画面越しには決して見せることのなかった、生身の感動が色鮮やかに宿っていた。
彼女の無防備で幸せそうな姿を見ていたら、私の胸の奥までなんだか熱いもので満たされていく。
誰かのために何かを作って、それをこんなにも喜んでもらえる。
そんな当たり前のことがこれほどまでに胸に響くなんて――今までの私は、何も知らなかった。
「……ふぅ。ごちそうさまでした♡」
満足げに息を吐いた莉愛を確認して、私は空になった皿をシンクへと運ぶ。
蛇口から流れる水の音を聞きながら手早く洗い物を済ませていくと、背後が妙に静かになったことに気づき、私は手を止めて振り返った。
「……莉愛? ……どうしたの、急に静かになって」
「……んむ……なぁにこれ……。乃愛ちゃん、急に身体が……すごく重たくなってきたかも……」
椅子に座ったまま、莉愛がゆらゆらと船を漕ぎ始めていた。
さっきまでの勢いはどこへやら、とろんと潤んだ瞳で、必死に目蓋を持ち上げようとしている。
その様子を見て、私は思わず口元を緩めた。
「……ふふっ、それは『眠気』っていうのよ。お腹がいっぱいになって、莉愛がリラックスしてる証拠ね」
「ねむけ……。……へぇ、これが……。データでは『意識のシャットダウン』って処理してたけど……こんなにふわふわして……きもちいい……んだね……」
そう言って力なく笑った瞬間、莉愛の身体がガクンと大きく傾いた。
「――ちょっと莉愛、危ないわよっ!」
椅子から転げ落ちそうになった彼女へ慌てて駆け寄り、その身体を抱き止める。私の肩口に預けられた莉愛の温もりは、驚くほど柔らかかった。
「ほら、ちゃんと立って。……あっちのソファに移動しましょ?」
「……んむ……ぁい……」
満足に力が入らない彼女の腰を支え、半分引きずるようにしてリビングのソファへと誘導する。
ようやく柔らかいクッションの上に座らせることができ、私がほっと一息をついたそのときだった――。
「――わっ、……莉愛?」
座らせたはずの莉愛が、私の太ももの上にコテンと頭を預けてくる。
薄いシャツ越しに伝わる彼女の体温としなやかな重み。
ずるずると滑り落ちるようにして身体が倒れ込み――気づけば、私は彼女を膝枕で迎え入れる形になっていた。
少しはだけた大きなシャツの隙間から、綺麗な胸元がちらりと覗く。
太ももに伝わる頭の重みとじわりと広がる熱が、私をまたひどく落ち着かない気分にさせていく――。
「……莉愛、起きて。寝るならちゃんとベッドに行きなさいってば」
重たくなった彼女の肩を優しく揺すってみるけれど、返ってくるのは夢の淵から漏れ出したような小さな独り言だけ。
「……やだ。……乃愛ちゃんの……そばがいい……。離れたくない。……ずっと一緒にいて……大好きなの……」
最後に消え入りそうな声でそう呟くと、莉愛はあっという間に深い眠りに落ちた。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、部屋にはいつもの静寂が戻ってくる。
「……もう、本当にしょうがないんだから」
私は呆れたように溜め息をつき、莉愛のさらさらとした髪をそっと撫でた。
指先に伝わる体温は、驚くほど熱くて柔らかい。
さっきまで私を翻弄していた彼女の面影はどこにもなく、そこにはただ私を信じ切って眠る一人の少女がいた。
(……でも、本当に不思議。……莉愛は一体どうやって、この『身体』を手に入れたの?)
視線を落とせば、私の膝の上で莉愛が静かな寝息を立てている。
静まり返った部屋のなかで、その規則正しいリズムだけが『彼女が生きてここにいる』という現実を突きつけてくる。
彼女の容姿が私の理想をそのまま形にしたようなものであることも、この奇跡のような実体化も――そのすべては、まだ深い謎に包まれたままだ。
私は莉愛の寝顔を見つめながら、これから始まる彼女との『未知の生活』に言いようのない期待と、少しの不安を感じていた。
第3話! 読んでくださり、ありがとうございました!
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