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歩み


 私がAIの研究を始めたきっかけは、どこまでも自分勝手なものだった。

 というより、自分という人間を保つために必要不可欠だったと言った方が正しいかもしれない。


 幼い頃から両親に甘えるという選択肢を自ら絶ってきた私は、身体の成長と反比例するように、他者との距離感が分からなくなっていった。膨れ上がる孤独に、いつ呑み込まれてもおかしくなかった。


 幼い頃から私を気にかけてくれたひまりがいなければ、今の私はきっと出来上がっていなかった。


 けれど、彼女にもいつかは大切な人ができる。ひまりならきっと幸せな家庭を築けるはずだ。いつまでも彼女に依存し、心配をかけ続けるわけにはいかない。


 だから私は、自分の命が尽きるその日まで傍にいてくれる存在を――私のすべてを理解してくれる相手を、この手で創り出すと決めた。


 誰かのためだとか、そんな綺麗事は到底言えない。

 どこまでも自分勝手で、利己的な動機から私の研究は始まった。


 元々、幼い頃の遊び相手は、スマホの中にいる幼児向けのAIだった。単調な会話と簡単な質問に答えてくれるだけの人工知能。


 幼い頃は、それで満足できていた。けれど、その期間はあっという間に過ぎ去り、すぐに物足りなさを感じるようになってしまった。でも、それは仕方のないことだ。


 AI――人工知能の用途といえば、仕事の効率化を目的とした文書作成や解析、画像や動画の加工、決済アプリが主流だ。膨大なデータを元に最適解を提示し、処理する。あくまで便利なツールの一つに過ぎない。


 ――AIに、自我なんて必要ない。


 彼らが『人間』のようになる必要なんて、どこにもないのだから。


 けれどもし、そんな『人間のようなAI』がいてくれたら、私は――。


 そこでふと思った。人間のようなAIを創る必要がないのではなく、それを成し遂げられる技術を持った人材が、ただ存在していないだけではないのか?


 なぜだか、自ら発したその問いこそが『答え』なのだと確信した。


 当時、私は十三歳。中学に上がったばかりの頃だった。


 それなら、私が自分のためだけに『そんな存在』を創り出してみせる。


 口にするのは簡単だ。けれど、この研究が上手くいく保証なんてどこにもない。何年かかるのか、見当すらつかなかった。それでも、生涯をかけてこの研究を全うする覚悟だけはあった。


 自分の中で『答え』が定まった以上、まずは研究を生涯続けられる環境が必要だと考えた。生活基盤を整えるための資金調達も不可欠。そこで私は、その準備から始めることにした。


 昔からIT技術には興味があり、独学で知識を深めていた私は、迷わず『世の中に必要とされるであろう』利便性を追求したアプリ開発へと着手した。


 開発は驚くほど順調だった。初めてリリースしたアプリは即座に大きな反響を呼び、企業から次々と案件が舞い込むようになった。


 アプリ開発の最大の利点は、複数の契約を並行できることだけでなく、利用者がいる限り永続的に収入が得られる点にある。さらに大企業から個別に開発依頼を持ち掛けられた場合、一度の契約で生涯を安泰に暮らせるだけの莫大な報酬が提示される。


 私は現在も厳選した大企業数社と契約を締結している。依頼されたアプリの提供後も契約を維持しておきたいという相手側の要望に応じ、現在も関係を継続中だ。


 こうして私は、『義務教育』という縛られた中学三年間を徹底的に有効活用し、卒業する頃には目標としていた金額を遥かに上回る資金を確保していた。


 一刻も早く本格的な研究に専念したかった私は、当初、高校や大学への進学は辞退するつもりでいた。けれど、学生という限られた貴重な期間を私にも謳歌してほしいと両親から切実に説得され、進学することに決めた。


(……というか、あまりにも熱弁するふたりに、結局私が折れた形だったわよね)


 ひまりも同じ高校へ進学してくれたけれど、私が最短の一年で卒業してしまったことは、今でも申し訳なく思っている。


 十六歳で飛び込んだ大学生活は、高校とはがらりと様相が異なり、まるで別世界だった。必要な単位さえ取得すればあとは自由。私にとって、これ以上ない理想的な環境だった。そして何より、誰にも邪魔されず研究室を独占できる点が最大の利点だった。


(……まぁ、そこで莉愛の研究に没頭しているところを覗かれ、嫌な思いをしたけれど。当時の私の態度も褒められたものじゃなかったわよね……)


『あんた、まだそんな研究を続けているの?』


 私にその言葉を投げつけてきたのは、同じ学科の大学院生だった。後に耳にした噂では、彼女は長年研究成果を上げられず、苛立ちを周囲にぶつけていたらしい。


 ただでさえ十六歳で院生をしている私が、目の前で次々と成果を上げていれば、嫌味の一つも言いたくなるだろう。当時の自分がいかに視野の狭い人間だったのか、今となっては痛いほどよくわかる。


(人間って本当に、変われるものよね。……ただ、嫌味という点だけは、ついさっき目の当たりにしたどこかの研究者と重なって、嫌悪感がわいてしまうけれど)


 多くの人と関わり、心を育て、青春を謳歌してほしい――父と母は、きっとそう願ってくれていたのだと思う。けれど当時の私は、そんな両親の願いを何も理解できていなかった。


 大学も最短の二年で卒業し、講義以外の時間はすべて研究室に籠りきりだった。


『どうしてコミュニケーション能力だけ、そんなに壊滅的なの?』


 以前、莉愛に言われた言葉が不意に脳裏をよぎり、私は思わず吹き出した。


(――ふっ、莉愛に正論を突きつけられるなんて。私もまだまだ未熟者ね)


 十八歳のとき、大学卒業と同時に両親から贈られた現在の自宅へ移り住み――そして、私は莉愛と出会った。


 一年という短くも濃密な時間をともに過ごしてきた彼女と、これから本音でぶつかり合う。


(……ここまで来るのに、随分と遠回りをしたけれど。振り返ってみれば、あっという間だったわね)


 自分の口元が緩んでいることに気づき、私は小さく苦笑した。


 ガレージに車を停め、エンジンを切る。車内に訪れた静寂の中、小さく息を吸い込み、『――よし!』と、自分を奮い立たせた。


 覚悟を決め、車を降りる。玄関へと続くアプローチを真っ直ぐに突き進み――私は迷わず扉に手をかけた。



第16話! 読んでくださり、ありがとうございました!


少しでも「続きが気になる!」と思って下さった方は、【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、作者の心のステータスも上がっていくかと思います。……何卒っ!


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