経緯
――え? これって、一体どういう状況――!?
「そうだよね。まずは、この状況を説明しないと乃愛ちゃん困っちゃうよね」
「……ひまり、私まだ何も言ってないわよ?」
「ふふっ、でも『その通り』だったでしょ?」
「――それは、そうだけれど……」
図星を突かれつつも、私は視線を逸らさず、ひまりの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「ふふっ。乃愛ちゃんは本当にわかりやすくてかわいいね。……だから昨日、央理ちゃんのことを聞かれたとき、莉愛ちゃんと何か関係があるんだろうなってすぐにわかったよ?」
「――え?」
「私、ふたりが帰ったあと、央理ちゃんに連絡を入れて、今日ここに来てもらう約束をしておいたの。それでいろいろと問い詰めていたら、あっという間に乃愛ちゃんとの待ち合わせ時間になっちゃって……。だから私、慌てて連絡を入れたんだよ?」
ひまりは顔色一つ変えず、昨日の会話からの推察と、冴島がここにいる経緯を淡々と告げた。
彼女の異常なまでの落ち着きように、背筋がぞくりと冷える。
けれど、いつまでも呆気にとられているわけにはいかない。私は硬直しかけた思考を無理やり引き剥がし、意を決して切り出した。
「……経緯は、わかったわ。それで、莉愛の身体は一体どうなっているの?」
「乃愛ちゃんは……いつだって、莉愛ちゃんのことを第一に考えているんだね」
「――え? だってそれは……それを聞きたくて、私はここに……」
ひまりは小さく息を吐くと、冴島に向かってそっと微笑んだ。
「……央理ちゃん。……乃愛ちゃんへの説明、お願いしてもいいかな?」
ひまりの言葉を受けた冴島は即座に席を立ち、私たちの目の前の椅子へと移動してきた。
席についた冴島は、ひまりにちらりと視線を向けたあと、私へと向き直り、咳払いを一つした。
「――簡潔に話す。まず、お前が莉愛と呼んでいるAIの身体は、私がひまちゃ……ひまりの単細胞を無断で使用して生成した人体だ。つまり、『違法行為』によって生み出された『法的には存在を許されていない人間』にあたる」
冴島は一度小さく息を吐き、自信に満ちた瞳でさらに言葉を重ねた。
「――だが、私がこれまで培ってきた研究技術のすべてを注ぎ込んだ、完璧な生体であり、最高傑作といえる。容姿については、あいつから提供されたデータに基づく。身体の提供を強要するだけでなく、容姿の指定までするあいつの傲慢さは気に食わなかったが、こちらの条件にも合致したため提案に乗った。身体機能については本物の人間と遜色ないはずだ。断定を避けるのは、あいつが初期データ以外をよこしていないのが理由だが……本人から『もうこれ以上関わるな』と釘を刺されてしまい、どうしたものかと考えているところだ」
話し方だけでなく、『お前』という挑発的な呼び方や、『ひまりの単細胞を無断使用した』というふざけた内容に加え、莉愛のことを『存在を許されていない人間』と呼ぶ身勝手な定義付け――。
いろいろと突っ込んでやりたいところは山ほどあるけれど、私が何よりも気がかりになったのは、莉愛との接触についてだった。
「お話いただき、ありがとうございます。それでもまだ、気になることは多々ありますけれど。……莉愛とは、今日会ったのですか?」
「他に何を聞く必要がある? あいつとは数時間前に会った。……というより、あいつに呼び出されたと言った方が正確だな」
(――ダメ。これ以上この女と話していたら、手を出してしまいそうだわ……)
私は拳をぎゅっと握り締めてから、穏やかな作り笑顔を冴島へと向けた。
「そうですか。では最後に一つだけ。ひまりの単細胞から生成されたと仰っていましたが……莉愛の身体は、ひまりのクローンにあたるのでしょうか?」
「クローンではない。元のベースはひまりの単細胞だが、細胞分裂と培養を繰り返した結果の集合体だ。遺伝子的には、そうだな……従姉妹と例えるのが一番近しいかもしれんな」
「そうですか。ありがとうございました」
(――ダメ。どう頑張っても、この女とは分かり合える気がしないわ……)
作り笑顔も限界を迎えようとしていた、そのときだった。
「ふたりの話し合いは、もう終わったのかな?」
ずっと変わらぬ笑顔のまま、隣で会話を耳にしていたひまりが静かに口を開いた。私と冴島は反射的にスッと姿勢を正し、小さく頷く。
「ふたりは、なんだか似た者同士だね?」
『――だっ、誰が――っ!』
同時に声を上げ、弾かれたように席を立った私たちを見て、ひまりは嬉しそうに目を細め、ふわりと微笑んだ。
「――ほら、やっぱり」
ひまりにそう言われ、私たちは互いに視線を交わしてから、静かに腰掛け直した。その様子を満足げに見守っていたひまりが、さらに言葉を続ける。
「いますぐ、仲良くしてとは言わないけれど、ふたりはこれから先も、関わっていくしかないよね?」
『……それは……っ』
ひまりの言葉に、私と冴島の声が再び重なる。
「……というより、私と莉愛ちゃんも含めた四人で協力し合っていかなきゃ。……ふふっ、秘密を共有するのって、なんだかドキドキしちゃうね♡」
「ひまちゃんがそう言ってくれるのなら、私は全面的に従うよ。心配はいらない。それに身体の状態に万が一のことがあれば、私が責任を持って対処する。だから戸籍の件については、今すぐ無理に取得する必要はないと考えているわ」
私と話していたときとは打って変わり、表情から声色、態度に至るまでまるで別人のような振る舞い。その変貌ぶりに隠しきれない嫌悪が表情に出てしまっていたのか、気づいた冴島が私を鋭く睨みつけてきた。
(……なんなのよ、その露骨な態度は。……ひまりの前でもやってみなさいよ)
心の中で毒づきながら、私は二人のやり取りを冷ややかに見守った。
「央理ちゃんがそう言ってくれるなら、私も同じ意見かな。……じゃあ、みんなで協力すれば、なんとかなりそうってことだよね?」
「……ええ、その通りよ」
(……あんたの顔、一体どれが本物なのよ。よくもまぁ、そんなにコロコロと態度を変えられるものね――っ)
「乃愛ちゃん、とりあえずだけど……よかったね♡」
ひまりが笑顔で微笑みかけてくる。けれど……私は笑顔になど、なれなかった。強張った表情のまま彼女を見つめ、静かに口を開いた。
「……ひまり、協力してくれてありがとう。でも私……莉愛のこと、ちゃんと分かってあげられていなかったのかもしれない。……だから本人と直接面と向かって話し――」
私が言い切る前に、ひまりが被せるように言葉を重ねた。
「――乃愛ちゃんは……莉愛ちゃんのこと、どう思ってるの?」
「……え?」
「……私は、乃愛ちゃんの彼女になりたいと思ってる。……なれる可能性って、あるのかな?」
ひまりは迷いのない真っ直ぐな瞳で私を見つめている。逃げ場のない問いを突きつけられ、私もまた同じだけの強さで視線を返した。
「……私は、莉愛を愛しているわ。……きっと、彼女と初めて言葉を交わしたあの日から――ずっと。……だから、ひまりの気持ちには応えられない。……ごめんなさい」
「……そっか。じゃあ、本当に莉愛ちゃんのこと、みんなで守っていかなきゃだね――っ」
今まで声色一つ変えなかったひまりの声が、微かに震えていたような気がした。けれどそれは、私が引き起こした結果だ。中途半端な優しさで誤魔化して、彼女を傷つけるべきじゃない。
重い空気が漂い、次にどう動くべきか逡巡していたそのときだった――。
「今日はもうこれ以上、話すことはない。お前はさっさと帰って、あいつと話し合った結果を報告しろ。ひまちゃんも、それでいいかしら?」
「……うん。ありがとう、央理ちゃん。……乃愛ちゃんも、ちゃんと答えてくれてありがとう」
ひまりが私に向けてくれているその笑顔は、きっと無理をしているものだ。
いつも優しく微笑んでくれていた彼女の笑顔を、奪ってしまった。
その事実に、胸の奥がずきりと疼いた。
「……分かりました。また連絡します。……ひまり、あなたがこれからも大切な存在であることは変わらない。それだけは忘れないでほしい……」
私が席を立つと、冴島は『さっさと行け』と言わんばかりに、片手を振ってみせた。
彼女に感謝するのはなんだか納得がいかないけれど、この空間において間違いなく冴島という存在は救いだった。
ひまりの家を出て車に乗り込み、エンジンをかける。
私は自宅で待つ莉愛と本音でぶつかり合う覚悟を決め、アクセルをそっと踏み込んだ――。
第15話! 読んでくださり、ありがとうございました!
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