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第六章 加工

 現代の魔法使いは、杖ではなくマウスとスタイラスペンを握る。

 読者のみなさまもご存知の通り、今の世の中、写真なんてものはいくらでも「いじる」ことができる。肌荒れを消すのは朝飯前、目を大きくし、顎を削り、足の長さを伸ばす。ネットとSNSの海にはそうやって錬成された、得体の知れないサイボーグのような美女たちが溢れ返っているわけだが、秋山庄三郎がこれからやろうとしているのは、その真逆。

 美の素材を捧げ供し奉り、デジタルの魔道と技術の粋をもって「ブス」を錬成するのだ。

 |鋼の錬金ブス師《BUSUNINAL ALCHEMIST》である。


 写真学科の小スタジオの隅、さすがに場所柄、きっちりと色校正(キャリブレーション)されているカラーマネジメントモニターの前で、庄三郎はペンタブレットにスタイラスペンを走らせていた。

 画面に映っているのは、先ほど撮影した春日澄の「七割ブス」写真。

 庄三郎は息を詰め、画面上の澄の顔に微細な修正を加えていく。

 ここで重要なことを述べておくと、この時、庄三郎の指先に、あの忌まわしい「血の呪い」は一切干渉してこなかった。

 カメラのシャッターを切る瞬間、彼の指は被写体の魅力を強制的に引き出そうと暴走した。だが、デジタルデータとなったピクセルを操作するこの作業においては、秋山庄太郎の霊圧は全く感じられない。

 考えてみれば当然の話である。生前の秋山庄太郎は、暗室での覆い焼きや焼き込みといったアナログな調整こそ神業の域で行っただろうが、パソコンの画面上で女の子の姿を弄るような真似はしなかった。そもそも彼の時代には、デジタルレタッチなどこの世に存在していない。秋山庄太郎がPhotoshopの魔法の杖(自動選択ツール)を触ったことなど一度もない。トーンカーブを引いたこともなければ、スタンプツールで肌を均したこともない。彼の写真術はあくまで「光と影」の物理世界に根ざしたものだ。

 だから、マウスとペンを握る庄三郎の手は、完全に自由だった。

「・・・よし。このあたりをもう数ピクセルだけ下げて」

 庄三郎は独りごちながら、澄の右目の目尻をほんのわずかに下げ、逆に左目のハイライトをわずかにずらした。

 「なんの意思もないのに、勝手に正解へ動く」あの、シャッターを切る時の「感覚がない感覚」とは違う。自分自身の意志で、自分の技術を使って、1ピクセル単位で「絵を造っている」確かな手応えを感じる。


「どう? どんな感じ?」

 背後から、澄がモニターを覗き込んできた。

「いま大詰めだ。単にパーツを崩すだけじゃダメだからな。『加工でブスにしました』ってバレたら意味がない。あくまで自然に」

 庄三郎が目指したのは、一見きれいな女性なのに、なぜか見た人間が本能的に「嫌な感じ」を抱く写真である。

 元の春日澄の造形()が良すぎるため、完全な不細工にすることはもちろん不可能だ。だから庄三郎はそうではない方向を狙った。「造形は整っているが、性格がねじ曲がっていそうな、一緒にいると息が詰まりそうな、英気が吸われそうな女」をでっち上げることにしたのだ。

 頬のシャドウを不健康に落とす。口角の微妙な歪みで冷笑的なニュアンスを作る。肌のトーンからは温かみを奪い去り、なにか精神的な不健康さでも持っていそうなトーンすら加えた。

 それは、技術と才能がない人間には到底不可能な、極めて高度なマイナス方向へのレタッチといえる。庄三郎自身の確かな目と腕の証明でもあった。


「・・・できた。我ながら、いい仕上がりだ。爺ちゃんには悲しい目をされそうだが、」

 庄三郎がスタイラスペンを置く、澄はモニターの前に身を乗り出した。

 画面の中には、見事なまでに「出来のいいブス」が鎮座していた。

 それは完璧に春日澄である。その美しさも含め、どう見ても確かに春日澄がそこにある。しかし、それはもとの春日澄には無いものも、どろっと含んでいた。冷たくて傲慢で、神経質そうで、関わったらなんだか面倒なことになりそうな気配が、澄の姿全体から立ち上っている。

 澄は数秒間その写真を見つめると、深く頷いた。

「うん、これなら大丈夫。さすがね。これを見たら向こうの家だって、『ちょっとうちの嫁には・・・』ってなるに決まってるわ」

 澄は満足そうに微笑んだ。彼女にとっては、これが素晴らしい正解の写真なのだ。意図した通り「ブスの自分」を、他人の目に押し付けることができる。


 だが、なんと哀しい写真だろうか。


「よし、じゃあこいつを書き出して、データで渡すよ。プリントと装丁もしたほうがいいか?」

「ええ、お願い」


 かくして、お見合い破談のための「ちゃんとした写真」は、ようやっと、ほんとにようやっと、完成を見たのである。


 取引は成立し、澄のUSBメモリにでっち上げられたブスが吸い込まれていく。

「加工前の元の写真とか、他の写真は要るかい? 残してあるけど」

「要らないわよ。いまのとこ!」


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