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第四章 作戦会議

 読者のみなさまには、ここで少し肩の力を抜いていただきたい。

 第二章、第三章と、何やら得体の知れない才能だの、自分の知らない自分の顔だの、妙にヒリヒリした空気が続いていたが、ここらで息抜きの時間である。物語というものには緩急が必要。ずっと張り詰めていては、書いている作者の僕のほうも疲れてしまうし、読んでいるほうだって肩が凝ってかなわんというものだ。


 ここで、再びこう言わせていただこう。



 ――カラスがだいたい3羽くらい、ねぐらから飛んでったと思いねぇ。 (・ω・)



 あっあっごめん。いやごめんて、やめて、石投げないで。まってまって。

 ほらほらえっとその、こうゆるっと一息、一息つかないと。ね、ね?


 一息ついたところでですね、えーこれからはですね、もはや「共犯者」となった二人の、あまりにも真剣で、ゆえにあまりにも間抜けな作戦会議の記録なんである。


 ・


 前回の撮影から二日後。

 秋山庄三郎と春日澄は、再び写真学科棟の小スタジオに陣取っていた。

 テーブルの上には、澄が持ち込んだ巨大なメイクボックスが鎮座している。中には色とりどりのパレットやら、筆やら、何に使うのかわからない、「謎」という漢字にも似た複雑な表面形状を持ったスポンジやらが、ぎっしり詰まっている。

「いい? 今日は徹底的にやるわ」

 澄は腕まくりをする勢いで、というか実際にグレーのカーディガンの袖をまくり上げながら宣言した。

「この前は私の見立ても甘かった。「中途半端に野暮ったくする」じゃ、あんたのその『何故かきれいに撮れちゃう謎のパワー』に抗いきれないこともよくわかったし」

「謎のパワー言うな。俺だってわざとやってるわけじゃないぞ。別に目からビームとか出してるわけでもねえし」

「だったらどうしてあんな風になるのよ。ホラーライティングでフィルム・ノワールって、意味わかんないでしょ」

「そんなんこっちが聞きたいよ。だいたい、お前がきれいすぎるから、何やっても絵になっちまうんだろ」

「げふッンん・・さらっとお世辞言っても許さないからね」

「お世辞じゃねえ。光学的な事実を述べているだけだ」

庄三郎は、パイプ椅子にふんぞり返りながらそんなことをブツクサとほざく。


 いつの間にか、二人の間の敬語はさっぱり消え去っている。二人とも、お互いにあんたお前呼ばわりである。

 澄の、「良く設計された、匠の監理施工による容姿および対人印象演出」の仮面も、今はもう庄三郎の前では、機能してないしさせてないようだ。どうせカメラを通せばすべて、何やら謎の美しさを伴った独自の澄の姿に変わってしまうので、今更、どんな被覆用猫皮をそちらに向けても、全く意味がないと思ったのかもしれない。

 結果として、澄は素の、少し勝気で姉御肌な部分を隠さなくなっていた。庄三郎も「だるそうに斜に構えた写科生のふり」みたいなのはやめて、やはり素の、ずぼらの横着者として相対していた。まあ、こっちは授業をサボって暗室(元)で腹を掻いて寝てたあたりで、ハナからずぼらの横着者以外の何物でもない。


「で、今日はどうすんだよ。その大掛かりな道具で」

「力技よ。キャンバスそのものを歪めるのよ」

 澄はメイクボックスから、一番暗い色のファンデーションを取り出した。

「まず肌の色を極端に暗くする。健康的な小麦色じゃなくて、肝臓が悪そうな土気色を狙うわ。それから眉。コンシーラーで全部潰して、本来の位置より五ミリくらい上に、極太のへの字眉を描く」

「・・・それ、お見合い写真として出せる、ギリギリのラインを超えてねえか?」

「出せる出せないは後で考えるの! とにかく今は、あんたのカメラで撮っても『絶対に美人には見えない』っていうメソッドの確立と実績とバトルプルーフが必要なの!」

 澄は真剣だった。真剣すぎて、既になんかどっかネジが飛んでいる気がする。きっととても大切なネジなのだが。

 それから三十分、小スタジオの鏡の前で澄の格闘が続いた。スポンジで肌を叩き、筆を走らせ、時折「違う、これじゃただのモード系になっちゃう」などと呟きながら、自らの顔面をキャンバスにして、破壊と創造を何度も何度も繰り返す。輪廻が巡り過ぎて、そろそろ円環の(ことわり)が見えてきそうなところで手を止めた。


 やがて、振り返った澄の顔を見て、庄三郎は思わず息を呑んだ。

「・・・どう?」

「えーと・・・すごいな」

 そこには、土気色の肌に極太のへの字眉、過剰なシャドウで頬がこけ、唇は血色の悪い紫で彩られた、何とも形容しがたい生き物が厳在していた。確かに春日澄の骨格なのだが、パーツの配置と色彩が全く素晴らしくかつ圧倒的に狂っている。

「これならいけるでしょ」

 澄は得意げに鼻を鳴らした。への字眉がくにっと動いて、ますます奇妙な表情になる。ブツブツなところは全く無いのだが、集合体恐怖症の人が見たらゾッとする感覚のようなものを生じさせそうだ。

「よし、撮ってみよう」

 庄三郎はいつもの、大きな眼玉のようなレンズを付けたカメラを構えた。これならどう転んでも「きれい」にはならないだろう。勝利を確信しながら、シャッターを切る。


 バシャリッ。


 モニターを確認する。

「・・・」

「どう? ひどい顔に写ってる?」

 澄が、くにくにと眉をうごめかしながら小走りで近寄ってきて、モニターを覗き込んだ。

「・・・」

「・・・」

 二人は沈黙した。

 なんと、モニターに写るのは、前衛的(アバンギャルド)な美しさを放つ一枚の写真だった。

 土気色の肌は、退廃的なアンニュイさを演出していた。極太のへの字眉は、社会に対する反逆と強い意志を感じさせ、紫の唇は毒のある妖艶さを醸し出していた。全体として「パリコレのランウェイを歩くトップモデルの、最も攻めたメイク」あたりに見えた。ジョジョの奇妙な冒険に出てきそう。

「んーーー。パリコレかな?」

 庄三郎がちょっとのんきに言った。内心の「もうどうにでもな~れ」が滲んでいる。

「なんでよぉおおっ!」

 澄が毒づきながら頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「なんで!なんでこうなるの!? 私、あんなに頑張ってブスを作ったのに! なんでこんな、アーティスティックでエキゾチックな魅力が出ちゃってるのよ!」

「俺に怒んなよ。カメラが勝手にやったんだって」

「あんたがシャッター押したんでしょ!」

「お前のポテンシャルが無駄に高いからだろ、うん。ほら、もっとダサい表情しようぜ」

「してるわよ! これ以上どうしろって言うのよ!」

 澄はしゃがみ込んだまま、極太のへの字眉をくにっと寄せ、紫の唇を尖らせて庄三郎を睨みつける。

 その顔は間抜けだった。あまりにも。一生懸命で、必死で、それはなんというか、やっぱりチャーミングだった。くにくにっ。

「・・・ぶっ」

 庄三郎はこらえきれずに吹き出す。

「ぶははははっ! なんだその顔、くはっ、はははははは!」

「笑うなあっ! こっちは真剣に人生賭けてブスやってんの!」

「いや、無理だろ、その眉毛で怒られても・・・ぶっ!」

 庄三郎がお腹を抱えて笑うのを見て、澄は最初はぷんぷん怒っていたが、やがて耐えきれなくなったのか、自分もぷっ、と吹き出した。

「もう、最悪。なんで私、こんなことやってるんだろ」

 小スタジオの中に、二人の笑い声が響く。

 その笑い顔は、春日澄が「誰かに見せるため巧緻に制作した、可愛らしいきちんとした笑顔」ではもちろん、無かった。


 ・


 その後も、二人の作戦会議(というか実験)は続いた。

 澄が「今度は前髪を全部上げて、顔の余白を強調する!」とやると、結果は「何か東洋の神秘的なものを感じさせるアジアンビューティー」になった。まあさもあらん。そもそもおでこちゃんは、ある種の人達にとっては抗し難い究極の魅力を持つ、完成された美のスタイルである。高木さんの山本先生にとってとか。

「じゃあ、目を半開きにして、口も半開きにする!」をやると、結果は「気怠い休日の朝、ベッドで微睡む無防備な少女」になるのだった。何それ誘ってる?いやんえっち。

 何をどうやっても、庄三郎のシャッターは澄の隠れた(隠れてない)魅力を引き出してしまう。

 そのたびに二人は「違う!」「俺のせいじゃない!」とギャーギャー言い合い、最後には笑い転げた。


 カメラのメモリーカードには、膨大な数の「ボツ写真」が溜まっていった。

 二人にとっては、どれも「ブスに撮ることに失敗した」記録であり、笑い話の種でしかない。


 だが、作者としてここは正直に書かなければならない。

 ものの勢いとは恐ろしいものである。「失敗続きで大笑いし合っている」という楽しいコメディの裏側で、彼らはちょっと気になるものをさらっと生産していた。

 無数の試行錯誤の中に、庄三郎が無自覚に撮ってしまった「本気の一枚」が、いつのまにかこっそり紛れ込んでいる。

 それは、春日澄という女の子の、彼女自身すら知らない美しさを捉えた写真。後に彼女の人生に、なにか不可逆な影響を与えることになるかもしれない爆弾である。

 爆弾は、和やかな笑い声とともに、しれっと製造され、メモリーカードの中にこっそりと蓄積されるのだった。


 それを、このときの二人は、まだ何も知らなかったのである。自爆、誘爆、御用心ってやつである。


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