第四章 豹変
「豹変」という言葉がある。
前回と同じ始まり方じゃねえか、とどこかで誰かに言われた気がする。二章続けて国語便覧をめくりだす語り手というのはそのなんというか、我ながらどうかしているとは思う。とはいえ、こういう単語をどどんと持ち出したのにはちゃんと理由があるので、まあそういうツッコミは置いといてしばらくお付き合い願いたい。
世間では「豹変」を、たいてい悪い意味で使う。
昨日まで腰の低かった人が、昇進して肩書きがついたとたん、ふんぞり返って手のひらを返す。そういう様子を「あいつ、出世した途端に豹変しやがって」などと言う。つまり、人ががらりと、それも悪いほうへ節操もなく変わる、まあだいたいそういう感じの言葉として使われている。
ところがどっこい――前回も「ところがどっこい」と言った気がするがそれも置いといて――本来の「豹変」は、むしろ大変に立派なことなのである。出典は易経。いわく「君子は豹変す」。豹の毛は季節の変わり目、すっぱりと抜け替わって、斑だった紋がくっきりと冴えわたる。そんな豹のように、すぐれた人物は己の過ちを認めるや、ためらわずはっきり良いほうへばっと自分を作り変える。そういう、惚れ惚れするほどの変わりっぷりを指す言葉なのだ。
悪い意味で覚えていた方に言っておくと、まあ別に大丈夫。世間の十中八九はそっち側で使われてるから。
で、なぜこんな話から始めたかというと、だ。
真奈は、がらりと変わった。
本人が「私、今日から変わります!」と宣言したわけではない。稽古場の真ん中で、いつものように明るく返事をして、いつものようにぴょこぴょこ動いて、いつものように台本を握っていただけなのに、ある瞬間変わった。
本人は実は、中身の入っていない唐揚げのことを考えていただけなのだが。
・
撮影から、三日が経っていた。
演劇学科の稽古場は、今日もたいへん健全に汗臭かった。床には色とりどりのビニールテープで立ち位置が示され、壁際には黒い箱馬(はこうま、というのは、椅子にも台にも壁にもなる、便利な木の箱のことだ)が積まれ、隅には誰かが飲みかけのペットボトルを置き忘れている。青春というものを成分分析したら、汗、涙、ほこり、コンビニの袋におにぎり、そして置き忘れられたペットボトルでだいたい八割くらいは出来ている気がする。そんな事言ったらなんか青春方面から怒られそうだが。
その日、真奈たち演劇学科の稽古では、授業内発表用の短い戯曲を扱っていた。
タイトルは『雨宿り横丁』。
下町の小さな商店街を舞台に、雨の日に集まった人々が、勘違いと早合点でわちゃわちゃする軽い喜劇である。真奈の役は惣菜屋の看板娘の千代ちゃん。元気で明るく、よく笑い、客の忘れ物を手に追いかけて路地へ飛び出していく、まあ端的に言っていつもの真奈の役どころだった。
だったのだが、ちょっとだけおいしいトコがある役だったりする。
終劇近く、千代がこっそり惚れていた幼なじみが別の娘と結婚すると知り、それでも笑って「おめでとう」と言う場面がある。
喜劇の中のほんの短い陰。
台本の台詞は、たった三行。
「よかったじゃない。あんた、昔からあの子のこと好きだったもんね」
「おめでとう。ほんとに」
「・・・雨、やまないね」
・
「ちょっと止めて」
「「はい!」」
演出役の三年生、大瀧が手を叩いた。少し色の入った黒縁眼鏡に黒いTシャツ、黒いパンツの黒ずくめ。あまり夜道で出会いたくないタイプの先輩である。
「小夏、そこはもうちょっとこう、長い事隠したままこじらせてた恋を失った瞬間なんだからさ、そういう風情をちゃんとだしてくれ。うーん、もう一段視線は下げて、もうすこし台詞はゆっくり」
「わかりました」
「失恋したけど、でももうこじらせた恋に悩むこともないんだ、みたいな、心のどこかでホッとしてる感とかも少しあるといいと思うんだが・・・まあいい。もう一度!」
真奈は、この三行がどうにも苦手だった。
明るく言おうとすれば、隠した想いなどあるように見えない。悲しく言おうとすれば、急に「悲しい芝居をしています」という札を首から下げたようになる。演出家の注文は、言葉としてはわかる。だが、わかることとできることのあいだには、けっこう広めの川が流れているのだ。
真奈はその川のこちら側で、いつも元気よく手を振っていたわけである。
「・・・むずかしー」
そう小さな声でつぶやいて、真奈は左手に筒にして持っていた台本を握り直した。
言われたって、どうしたらいいのかわからない。
考える真奈の脳裏に、ふとこの間のやりとりの庄三郎の言葉が浮かぶ。
――「じゃあまた食いもんだ。哀しい食いもんのことを話せば出るかもだ。」
できねーよ。そう思わされた経験の反射が、脳裏から何かを引っ張り出した、というところかもしれない。一緒に、齧り付いてみたら歯ごたえが途轍もなく虚無だった若鶏の唐揚げを思い出したりもした。学食のオバチャンめ。
そんなことを真奈が考えている間に、稽古は再開されている。
相手役の男子が、照れくさそうに頭を掻く。
「俺、あいつと所帯持つことになった」
真奈は一瞬だけ目を伏せた。
その瞬間、稽古場の空気が、ふっと、少しだけ変わる。
大きな演技ではなかった。
肩を落としたわけでも、声を震わせたわけでもない。泣きそうな顔をしたわけでもない。むしろ顔はほとんど笑っていた。けれど、真奈の目の奥に、すっと静かなものが降りている。
まるで、急に遠くなった雨の音みたいに。
「よかったじゃない。あんた、昔からあの子のこと好きだったもんね」
声は明るい。いつもの真奈の、客席の前三列くらいまでを無条件に味方につける、あの明るさである。
なのに、その明るさの底に、薄い翳りがあった。
言葉の表面では祝っている。祝っているからこそ、その奥に、たったいま自分の何かを静かに諦めた女の子がいる。その響きが聞こえる。
「おめでとう。ほんとに」
ほんとに、のところで、真奈は少しだけ笑う。
その笑い方。嘘ではない。嘘ではないのに、全然本当でもない。誰かを祝福する気持ちと、自分を虚無に投げ捨てていく何かが、同じ口元に同居している。
「・・・雨、やまないね」
最後の台詞は小さかった。
だが、稽古場の端まで届いた。
届く声というのは、必ずしも大きい声ではない。このあたり、舞台というのはなかなか厄介だ。大声で叫んでも届かない台詞があったり、ぽつんと落としただけで客席の奥まで沁みる台詞があったりする。人間関係でも似たようなところがあるかもしれない。いや知らんけど。
真奈が台詞を終える。
数秒、誰も喋らなかった。
「・・・小夏」
大瀧が、眼鏡の奥でまばたきをする。
「お前、どうした?」
「えっ、私なんか間違えました!?」
真奈は一瞬でいつもの真奈に戻った。目を丸くして、台本と大瀧の顔を交互に見る。
その戻り方があまりに急だったので、さっきまでの静けさが幻だったのではないかと、こんどは稽古場のほぼ全員が三回ずつくらいまばたきをした。
「いや間違えてない。間違えてないけど・・・なんか、なんか、さっきまでとぜんぜん違うぞ」
「なんかって!? 説明がふわっとしてる!」
「小夏に言われたくないな」
同期の一人が、壁際でぽつりと。
「真奈、今の、すごく良かったよ」
「えっ? ほんと!?」
「うん。なんか化けた感じ」
化けた。
その言葉に、稽古場の何人かもうなずく。
「そうだな、今のは『化けた』って感じだった」
大瀧も繰り返し頷きながら、そう続けた。
豹変、とは誰も言わなかった。さすがに日常会話で「君、豹変したね」と言う人はあまりいない。だが、そこにあった感覚は、まさしくそれだったのである。
小夏真奈が、変わった。
・
休憩時間、真奈は稽古場の廊下に出て、スマホを取り出した。
画面を開く、写真フォルダの中に新しく作ったアルバムがある。タイトルは「秋山くん写真」。たいへん直球である。パスワード保護とか、意味深な英字タイトルとか、そういう凝った隠し方は真奈の辞書にはない。
そこには、三日前に庄三郎が送ってくれた写真が入っていた。
オーディション応募用に選んだ、正面のバストアップと全身。
それから、真奈が「これもほしい!」と言ってもらった何枚か。
中身の入っていない唐揚げを恨んでいるはずなのに、なぜか道ならぬ恋に身を焦がす女みたいに写っていた一枚。
しっぽにあんこのないたい焼きを語っているだけなのに、裏切られた恋人を許せず、でもまだ忘れられない女みたいに写っていた一枚。
そして、世界の不条理を見つめる哲学者のような顔で、タコの入っていないたこ焼きについて語っている一枚。
被写体の心情が粉ものと揚げ物に偏りすぎている気がするが、写真の出来は妙にいい。写真芸術の神様も、ときどき食生活が雑ということらしい。
真奈はその中の一枚を開いた。
自分の顔なのに、自分だけでは絶対に見つけられなかった顔。
何度見ても、不思議な感じがする。こんな顔も自分の中にあったんだ、と思う。
それは宝箱を開けた時の嬉しさに少し似ていた。もっとも宝箱の中身が「衣だけの唐揚げへの怨念」だというのは、宝箱業界(があるのかどうか知らないが)としても想定外であろう。
「・・・あ」
真奈は、さっきの演技を思い出した。
よかったじゃない。
おめでとう。
雨、やまないね。
その三行を言う前に、自分は何を考えてた?
悲しい。悔しい。WSS。
そういう難しい感情を頭から順番に組み立てよう、等とはしていなかった。全く別のことを考えていたはず。
そう、あの唐揚げを単に思い出していたのだ。
見た目は完璧だった。こんがり揚がっていて、丸くて、いかにも中に鶏肉が入っていそうだった。なのに、かじったら空洞。そんなぁ。そして溢れる、怒りというよりも、取り残されたみたいな虚しさ。
真奈はスマホの中の自分を見つめる。
「・・・そっか」
ぽつりと呟く。
「なるほど、これでもいいんだ」
役作り。
そういう立派な言葉を、真奈は神聖視していた。
役の感情を考える。そしてその気持ちになりきって、その役になりきって、イタコのように役を自分に降ろす。そこから台詞が、表情が、演技が立ち現れる。かの「おそろしい子」のように。
また写真の中の自分を見る。
さっきの真奈は、だが役の気持ちになりきって出た真奈ではなかった。
必ずしも役の気持ちではなく、でも、表現したい表情が自分に出た時の気持ちの方を、身体の中に引っ張る。
言葉にしてしまうとなんかややこしい。が、実際のところ、真奈の脳内ではもっと雑に処理されていた。つまり、
「衣だけ唐揚げメソッド・・・?」
演劇史に手法として残らないことを祈るばかりである。
・
その日の稽古が終わると、真奈はさっそく庄三郎にメッセージを送った。
『秋山くん!!』
『今日の稽古でね、すごく褒められた!!』
『この前撮ってもらった写真、役作りに使ったの!』
『あの写真を見ると、自分の中のいろんな顔を引っ張り出せるんだよ!』
『ほんとに助かったんだ! ありがとう!!』
矢継ぎ早に五連投。
受け取った庄三郎は、写真学科棟の廊下でスマホの画面を確認して、しばらく無言になった。
窓の外では夕方の光がクラブハウス棟の壁を黄色くしている。そういう光を見ると、庄三郎はつい写真のことを考える。人間より壁のほうが、やっぱりどう考えても気楽に付き合える相手である。壁はメッセージを五連投してこないし。全文の語尾に!マークがついてたりもしないし。
『役作り?』
とりあえず、それだけ返した。
すぐに既読がついた。
『うん!』
『あの写真見ると、あ、私こういう顔できるんだってなるから』
『それで、その顔の時にした話、思い出しながら台詞言うと、なんか出る!』
『大瀧先輩に「化けた」って言われた!』
『すごいよ秋山くんの写真!』
庄三郎は廊下の壁にもたれた。そしてとりあえず「大瀧先輩is誰?」とか思った。
まあそれはともかく、褒められているようだ。だが手放しで「よかったな」とは、すぐには返せなかった。
写真を見て、役に入れる。
写真を見て、自分の中の何かを引っ張り出せる。
それは役者にとって、すばらしい道具なのかもしれない。しかし庄三郎は、春日澄が「あの」写真を見た時の顔を、ちらと思い出す。
真奈の反応は澄とはぜんぜん違う。喜んで、楽しんでいる。そしてあるいは糧にしている。
『役に立ったならよかった』
庄三郎はしばらく考えて、そう返した。
真奈からすぐに返事が来る。
『それでね、また撮ってほしい!』
庄三郎はスマホを見たまま微妙に固まる。
『また?』
『うん!』
『撮られるたびに、新しい自分が見つかるみたいで、すっごく楽しくて!』
『秋山くん、またお願いしてもいい?』
断る理由は特にない。真奈の新しい表情を探し、そして撮る、この間のあの撮影は楽しいものだった。もっと撮れば、真奈の役作りの手助けとなる写真がもっと増えるわけだ。
だがふと、澄の顔が浮かぶ。
撮れすぎじゃない?
あの小声が、耳の奥に響く。
『・・・まあ、撮らせてもらうよ。暇が合えば』
少しためらって、結局、庄三郎はそう返した。
・
そんなこんなを澄が知ったのは、その日の夕方だった。
学食の、いつもの窓際の席、真奈が夏のパンケーキセットを前にして、フォークに手を伸ばしながら話している。ここの学食は、午後3時を過ぎると、学生の腹をリーズナブルに満たす存在であらん、という開店当初の天命を放り出して謎にカフェタイムを始める。この時間はうどんも冷やし中華も唐揚げ定食も売っていない。
「それでね、今日ほんとにすごかったんだよ! 大瀧先輩がね、『小夏、化けた』って!」
「よかったじゃない」
カフェモカのチョコソースを、ストローの端でつんつんしながら澄は微笑んだ。
その微笑みは、いつもの春日澄だった。首の角度も、口角も、目の柔らかさも申し分ない。それを見て「この子いま、なんか少し座りが悪い心地です」と見抜ける人間は、たぶん占い師か競馬の場立ち予想師をやって食っていけると思われる。
「うん! それでね、秋山くんの撮ってくれた写真、何回も見直しちゃった。みんな並べてノート作ろうかな」
澄のストローが、ほんの少しだけ止まった。
「ノート?」
「そう。こないだ撮ってもらった写真のいい感じのやつペタペタって貼ってね。横に、唐揚げの話してた時に撮ったやつ! とかとかメモっておくの。こういうこと考えると、わたしこういう顔するんだなって。つまり出したい顔を出すコツが」
真奈は嬉しそうに続ける。
なんだか、新しい筆箱を買ってもらった小学生が、これで字がきれいに書ける気がする、と言っているような感じである。
「それでね、また撮ってもらうつもり!」
澄の胸の中で、何かがどこかにひっかかって、そのままピン!と弾ける音がした。
「真奈」
澄の声は穏やかである。
「また?」
「うん! なんか、撮られるたびに新しい自分が見つかるみたいで、すっごく楽しいんだもん!」
真奈は本当に楽しそうに笑う。
澄にとって、庄三郎の写真は恐怖と救済が混ざったものだった。自分の知らない自分が、あまりに美しく写っている。見れば救われる。けれど、見続ければ自分がどこかへ持っていかれる気がする。
だから澄は踏みとどまった。
踏みとどまったのだ、と自分に言い聞かせている。
だが真奈は違う。
怖がっていない。怯えてなどいない。逃げようともしていない。
両手を広げて、楽しい、と。
「楽しい、かぁ」
澄の語尾は、ほんの少しだけ下がった。
「うん楽しい! すみちゃんも見たでしょあの写真。私じゃないみたいだけど、でも私なんだよ。すごいよね」
「そうね」
澄は笑った。
うまく笑えたと思う。
少なくとも真奈は、その笑顔の裏側にある何かには気づかなかった。
・
その日の夜、庄三郎は、ひとつ片付けねばと思っていたことを片付けることにした。
藤堂嶺への報告である。
なにしろ「撮ったら見せてよ」と言われていたのだ。撮り方を教わった手前、見せないのも義理が悪い。庄三郎は、撮った中から中々いい感じのヤツを何枚か選び、メールに添付して送ってから、電話をかける。
「あ、藤堂さん、秋山です。先日のアドバイス頂いたオーディション用の写真、撮れたんで、何枚か送ったんですけど」
『おー、秋山くん。お疲れさま。どれどれ・・・』
受話口の向こうで、嶺が画像を開く気配。
そしてしばらく黙った。
「藤堂さん?」
『・・・ねえ、秋山くん』
「はい」
『これ、この子がその子? この写真?』
「え、そうですけど」
『春日さんの友達の、演劇科の子、だよね。オーディション用の応募写真、撮るって話だったよね』
「ええ。そうです、そうです」
嶺の声のトーンが、途中から少し変わった。世間話をしていた人がふっと仕事の顔になった、みたいなヤツである。
『そうか・・・いいねこの子。あとこの写真』
「は?」
『素材としていい。この、何枚目だ、この物憂げなやつ。それからその次の、目だけ笑ってないやつ。これは普通じゃできない顔だ。単に撮られてる顔じゃないな。秋山くんが引きずり出したのか、あるいはこぼれ出たのか』
「はあ」
『キャスティングオーディション用の写真としては、ちょっといい顔すぎるかな・・・うん、いやこの最後のあたりの、明るくて元気そうな表情のやつとかは応募用に良いんじゃないか。いかにも可愛く撮れてるよ』
庄三郎には、嶺がそんなふうにとんとんと語りたてる理由が、半分くらいしかわからなかった。残りの半分は、たぶんわかりたくなかった。
『ねえ、秋山くん。この子、名前なんていうの』
「小夏真奈、っていいます。演劇学科の二年で」
『小夏真奈、ね。小夏真奈』
嶺はその名前を、口の中で転がすように繰り返す。なにやらその名前を手帳に書きつけでもした音が、電話越しに聞こえた気がする。
もっとも、嶺はそれ以上のことは何も言わなかった。
『いや、いい仕事したね秋山くん。いいよ。これはいい』
そんなことだけ言って、そのあと嶺は仕事をする人から気のいい兄貴に戻る。そして世間話を少しして、電話は切れた。
庄三郎はスマホを置き、「・・・なんかえらく褒められたな」とひとりごちる。
褒められたことは、まあ悪い気はしない。悪い気はしないのだが、なにか部屋の扉が一枚、自分の知らないうちに開いていたような、そんな、すぅすぅする感じもした。
机に座り直し、つけっぱなしのパソコンの画面に視線を走らせる。
表示されているフォルダ名は「小夏真奈_宣材」。
その隣に、別のフォルダ、「春日澄_本物」。
庄三郎が自分でそう付けたわけではない。いや、付けたのは庄三郎なのだが、整理の時に仮で付けた名前がそのまま残ってしまったものだ。こういう仮の名は、たまにあとから妙な強度を持ったりする。
春日澄の、本物の写真。
その隣に、真奈の新しいフォルダ。
庄三郎は、その並びをしばらく見つめた。
どちらも、ただ写真を撮っただけだ。
マウスを動かす。真奈のフォルダを開く。
白い背景の前で笑う真奈。
唐揚げの空洞を恨む真奈。
パソコンのファンだけが、小さい音を立て続けている。




